だれかが困ることがないようにするガイドライン
生成AIを使った映像制作のルール、Netflixが公開。業界標準となるか

映像制作における生成AIの使用は、ともすれば議論を呼び、また批判がわき起こりやすいトピックだ。特に俳優や声優の肖像や声、演技といった直接的な部分を、すべてまたは部分的に本人の意思が及ばないところで生成することは、長らく続いた映画俳優組合・米テレビ・ラジオ芸術家連盟(SAG-AFTRA)のストライキを紹介するまでもなくご法度といえるだろう。
最近でも、たとえばNetflixはドキュメンタリー作品『ジェニファーのしたこと』の作品中で、資料写真として紹介された画像がAIによって生成されたものだったことが判明し、批判の矢面に立たされている。ただのスナップ写真であれば、いまや誰でもスマートフォンで撮影した直後に修正加工できるため、大した問題ではないかもしれない。だが、犯罪ドキュメンタリーで実在の人物の人となりを紹介する意味合いで示された写真がAIが生成したものとわかれば、視聴者はどうやってそのコンテンツが訴えんとすることを信じられるだろうか。
同じNetflixの作品でも、生成AIを使った映像を用いて成功した例もある。今年4月30日から配信を開始したSFドラマシリーズ『The Eternaut(エテルナウタ)』では、建物が破壊されるシーンの一部の映像を生成AIで制作したが、これが主流のVFXを使った制作方法に比べ非常に短期間で、なおかつ大幅なコスト削減をも実現できたという。
映像制作者としては、生成AIを使うことで、映像のクオリティを落とすことなく制作にかかる時間と費用を削減できるのなら、ぜひともその技術を使いたいと思うのは当然のことだ。では、具体的にどのような使い方が歓迎され、どのように使えばアウトなのかは、映像制作者としては明確化しておきたいところだ。
今週、Netflixが公開した「コンテンツ制作における生成AIの活用」というヘルプページは、まさにその疑問に簡潔に答えるものとなっている。
Netflixはこのガイドラインについて、生成AIは「ユーザーが新しく、独創的なメディア(動画、音声、テキスト、画像)を迅速に作り出しやすくする」「貴重なクリエイティブツール」だが、生成AIの技術進歩が非常に早いため、制作パートナーがこれらのツールを使用する際に守るべき決まりごとをはっきりさせておくことが重要だと考えた、と説明している。
またNetflixは、すべての制作パートナーに対し「グローバルな制作をサポートし、ベストプラクティスに準拠するために、すべての制作パートナーには、GenAIの使用目的をNetflix担当者と共有」するよう求めている。これは、次々と新しい生成AIツールが登場しては、次々と新機能も登場し、それらを使うことによる潜在的なリスクについての知識も共有しておく必要があることを思えば、制作側の足並みを揃えるためにも適切なことといえそうだ。
ヘルプページでは、まず生成AIの使用に関する原則として5項目が提示されている。
- 制作物は、所有権のない、または著作権で保護された素材の識別可能な特徴を複製または実質的に再現せず、著作権で保護された作品に侵害を及ぼさない。
- 使用される生成ツールは、生産データの入力または出力を保存、再利用、またはトレーニングに使わない
- 可能な限り、生成ツールは企業内のセキュアな環境で使用され、入力データを保護する
- 生成された素材は一時的なものであり、最終納品物の一部ではない
- 生成AIは、同意なしに新人出演者のパフォーマンスや、組合の対象となる仕事を置き換えたり、または生成するために使用してはならない
Netflixは、このルールにすべて従えるなら、生成AIの使用目的をNetflixの担当者に伝えるだけで問題ないかもしれないとしている。だが、いずれかひとつでも従えない点があったり、不明な点があれば、書面などでより詳細な打ち合わせと承認プロセスが必要になるため、Netflix側に問い合わせるよう求めている。
このガイドラインは、いわばNetflixを法的に保護するためのものでもあり、Netflixがプロフェッショナルな作品として受け入れるものに関してクリエイターに期待を定めるものでもある。Netflixは基本的には制作者が様々なアイデアのもとに生成AIを使うことには前向きなスタンスだという。一方では懸念もしており、制作者たちには、事前にどのようにそれを使うかについてNetflix経営陣や法務部門が知らされていなければ、そのせいで生じるリスクがどれほどのものかを念頭に置くよう強調している。
いまはまだ、生成AIが吐き出す画像のなかに不自然なところを発見し、生成AIが使われたことを見分けられる。しかし、今後の技術進歩によっては、いつか実写と生成の見分けがつかなくなる時が来るだろう。冒頭に述べたように、俳優や声優の肖像や声、演技を一部修正する場合でも、Netflixは法的書類の提出と組合の規則をすべて遵守するよう求めている。
動画ストリーミングサービスの分野でトップを走るNetflixが、他に先駆けてこのようなガイドラインを示したことで、今後はそれがほかのサービスでの生成AIの使用に関する規則でも標準的に扱われるようになる可能性がある。それは、映像制作における生成AIの経済的メリットと法的なリスクをバランスさせるためにも有益なことといえそうだ。