普及に向けた課題と対策とは
強みはAIと低消費電力。クアルコム新責任者が語る「Snapdragon搭載PCが選ばれる理由」

クアルコムが2023年に発表したコンピューティングデバイス向けのAI対応チップセット「Snapdragon Xシリーズ」が、マイクロソフトによるCopilot+PCの普及拡大とともに知名度を上げてきた。クアルコムが2024年に発表したSnapdragon Xシリーズのチップセットを搭載するコンシューマー向けPCも、2025年内には85種類を超えるモデルが日本の国内市場に揃う見込みだ。
このたびクアルコムの日本法人が、国内のクライアントPC事業の統括本部長として、井田晶也氏を新たに迎えた。AI PCの市場が拡大する中、Windows 10のサポートが終わる10月以降に向けてPCの買い換え・買い増し需要が高まることも予想されている。クアルコムの日本法人が開催した記者説明会において、井田氏がクライアントPC事業の現状と今後への展望を語った。
広がるPC向けSnapdragonの認知
井田氏はアメリカの州立アリゾナ大学芸術学部を卒業後、クリエイターとして作曲とサウンドエンジニアリングに長く携わってきた。その後、デジタルエンターテインメントの企業を設立を経てインテル株式会社、株式会社サードウェーブでもクライアントPCの業界発展に貢献してきた。異色のキャリアの持ち主と言っていいだろう。
2024年5月からはクアルコムCDMAテクノロジーズで、クライアントPC事業全般を統括する役割を担っている。井田氏はクアルコムの一員に加わることを決めた理由を「スマートフォンなどモバイルの領域で名を馳せるSnapdragonのブランドを、クライアントPC市場においてもさらに認知拡大することにやりがいを感じたから」であると説いた。
井田氏は具体的な数値については触れなかったが、日本のPC市場におけるSnapdragonのマーケットシェアはまだ数パーセント前後であるという。井田氏は「これを数年後には2桁に延ばす」という目標を掲げている。
クアルコムは1985年にアメリカ西海岸のサンディエゴで設立され、今年創立40周年を迎えた。移動体通信向けの技術、および半導体の設計開発の領域で業界をリードしてきた大企業だが、AIに関する技術の研究開発も今から18年前の2007年からプロジェクトを立ち上げて本格的に乗り出している。

同社のAI技術が依って立つ視座は、チップセットを搭載するエッジデバイスがオフラインのままでも優れたパフォーマンスを発揮できることだ。駆動時に消費する電力の効率化、あるいは発熱を低く抑えるための技術にも、クアルコムは強みを持っている。
背景には、モバイル向けSnapdragonシリーズにより培ってきた豊富なノウハウがある。つまり、コンピューティング向けのSnapdragon Xシリーズを搭載するパソコンは、クラウドとオンデバイス両方のAI処理に優れ、しかも内蔵バッテリーで長時間連続駆動ができる「強み」が打ち出せるというわけだ。
アプリ互換性の課題も解消されている
クアルコムのコンピューティングデバイス向けチップセットは、2023年10月にSnapdragon Xシリーズとしてデビューした。以後、トップエンドのSnapdragon X Eliteから、2025年1月に発表したローエンドのSnapdragon Xまで一気にラインナップを拡充した。

中核には独自開発の高性能・低消費電力のCPU「Oryon(オライオン)」がある。さらに、どのチップセットもマイクロソフトによるCopilot+ PCの要件を満たす45TOPSのNPU性能を達成したことから、2024年に続々と発表・発売されたWindowsベースの “AIパソコン” であるCopilot+ PCの普及が進むほどに、「Snapdragonを搭載するPC」の認知が広がった。
一方、ARMアーキテクチャを採用するSnapdragon Xシリーズでは、インテルのプロセッサー向けに開発されたアプリケーションとの互換性に課題があるとも指摘されてきた。井田氏も「Snapdragon搭載PCに関して、これまでアプリケーションが動作しないのではないかという懸念の声が多く伝わっている」と認めている。
だが、実際にはエコシステムの改善・拡大が着実に進んでおり「2024年にはSnapdragon搭載PCでネイティブに動作するアプリが3倍に増加し、93%のユーザーにネイティブ体験が届いている。また50タイトル以上のアプリケーションがチップセットのNPUを活用するAI対応機能を実装した」ことも、井田氏は語気を強めながら説明した。
だが、現状ではまだ日本など世界各国・地域のデベロッパーが開発する、ローカルベースのアプリケーションや周辺機器のドライバーソフトウェア等が、Snapdragon搭載PCとの互換性確保のために時間を要している。井田氏は「日本のユーザーが不便を強いられていることは承知している。若干対応が遅れている部分は、現在もデベロッパーの皆様と連携しながら対応に向けて前向きに進めている」と語った。
そのうえでクアルコムとして、今後はSnapdragon搭載PCの互換性に関わる調査情報を、ウェブサイト等で積極的に公開することを井田氏は宣言した。その中には「まだ動作しないアプリケーション」に関する情報開示も含まれる。

強みはオンデバイスAIと低消費電力
クアルコムの日本法人において、井田氏が率いるチームの大きなミッションのひとつは、Snapdragonを搭載するPCの販売台数を伸ばし、普及を広げることだ。
井田氏が掲げる「数年内にシェアを2ケタ台に伸ばす」という目標を達成するためには、コンシューマーPC市場に向けたSnapdragonシリーズのより積極的なアピールが欠かせない。一方で、法人クライアント向けの導入を促進するためには、各企業固有のニーズに寄り添いながら、カスタマイゼーションを含む丁寧な対応が必要になる。

Snapdragon Xシリーズの展開が始まってから、一般コンシューマーからは「AI対応を含むパフォーマンスの高さ」と「低消費電力」に関わる良いフィードバックがクアルコムに返ってきているという。Snapdragon Xシリーズは、パフォーマンスとバッテリー持続時間の両立ができるチップセットであることから、「電源ケーブルに接続しなくても、内蔵バッテリーで高いパフォーマンスを発揮・維持できることや、一度の満充電から1日中バッテリーが持つこと」が、モバイルPCを必要とするビジネスパーソンや大学生の期待にフィットしているようだ。
クアルコムは2023年に、Snapdragonのチップセット搭載するスマホとPCなど、異種スマートデバイスどうしのスムーズなタスク切り替えを実現する「Snapdragon Seamless」というソフトウェア技術を発表している。
Snapdragon Seamless Experienceは「異なるメーカーのデバイス間」をまたいで、ユーザーに利便性を提供するコンセプトに立脚している。ゆえに、これまではメーカー独自のエコシステムとバッティングすることがあった。
今ではユーザーのニーズや時代の趨勢も変わりつつあり、「Snapdragonを搭載する他社製品にもスムーズにつながる」ことが、ひいては各社デバイスのユーザー体験を底上げする、という柔軟な価値観がメーカーの間にも生まれているという。井田氏は「近日中に、Snapdragon Seamless Experienceに対応するコンシューマ向けデバイスとそのユーザー体験がお見せできるかもしれない」と、含みを持たせながらコメントした。

また、クアルコム本社が毎年行ってきたSnapdragonの発表イベント「Snapdragon Summit 2025」が、今年は9月23日から25日までの期間にハワイで開催される予定だ。この機会に現行のものからさらに進化した、新しい独自開発のOryon CPUが発表を控えていることも井田氏は明らかにした。
Snapdragon Xシリーズのトップエンドのチップセットもアップデートされるのだろうか。モバイル向けの次期Snapdragonや、ワイヤレスオーディオ、オートモーティブやXR/ARデバイス向けのチップセットに関する発表とともに注目したい。

国内の販売展開ついては大手家電量販店と連携して「Snapdragon搭載PC」を集めた特設販売エリアをつくった。夏以降の反響を見ながら目標達成に向けてあらゆる手を尽くしていきたい、と井田氏は今後に向けて意気込みを語った。