【連載】佐野正弘のITインサイト 第147回
「お試し割」を提案したのに導入しない、楽天モバイルを取り巻く厳しい懐事情
2025年1月末、法人向けの新サービス「Rakuten AI for Business」を発表した楽天モバイル。さらなる攻めの姿勢を見せるべく、先日2月14日にも再び新たな発表を実施し、春商戦に向けたキャンペーンを打ち出している。
スマホデビュー&新生活を応援する「春の応援」キャンペーンを実施
このキャンペーン施策は主として学生を対象とした「学生応援キャンペーン」と、新社会人など若い世代をターゲットにした「新生活応援キャンペーン」の2つから成り立っている。前者は5~18歳の新規契約者に対して、後者は19歳から25歳までの他社から乗り換え契約した人に対して、それぞれ最大1万4,000ポイントを還元するもの。さまざまな条件の違いはあるが、いずれのキャンペーンも最大限付与されたポイントを利用すれば、データ通信量3GBまでであれば実質1年間は「Rakuten最強プラン」を無料で利用できるとしている。

書き入れ時となる春商戦に向け、新入学生や新社会人を対象としたキャンペーン施策は競合他社も実施しているもの。競合はむしろ2024年末頃からこうしたキャンペーンを実施しているだけに、楽天モバイルのキャンペーン提供タイミングが遅いとも感じてしまう。
それだけに、このキャンペーン自体は競争上欠かせないとはいえインパクトは弱いのだが、同日に楽天モバイルが発表会、そしてやはり同日に実施された楽天グループの決算説明会からは、楽天モバイルの今後の料金戦略に関して興味深い話を聞くことができた。それは “お試し割” に関する動向である。
以前の連載でも触れたが、お試し割は2024年12月末の電気通信事業法ガイドライン改正によって、新たなスマートフォンの大幅値引き規制やミリ波対応端末の割引強化などとともに解禁がなされた施策。1社につき1回まで、新規契約者1人当たり6か月間、合計で2万2,000円の割引が認められ、1カ月当たりにすれば割引額は楽天モバイルの「Rakuten最強プラン」(最大で月額3,278円)を上回る。
このお試し割は楽天モバイルの提案によって実現に至った施策でもあり、ガイドライン改正によって楽天モバイルがお試し割導入に動くものと見られていた。だが実際のところ、2025年2月の執筆時点に至っても楽天モバイルはお試し割を導入していない。

それは一体なぜなのか。先の発表会に登壇した、楽天モバイルの代表取締役共同CEOである鈴木和洋氏は、「今回発表したキャンペーンがお試し割を上回る内容になっているという自負があるが、お試し割に関しても引き続き検討はしていきたい」と回答。

また、楽天グループの代表取締役会長兼社長最高執行役員である三木谷浩史氏も、決算会見で「いろんな意味で、選択肢の1つとしては(お試し割による)無料期間を設けるのもありかなと思っているが、そうはいってもやはり、顧客にいくら(キャッシュ)バックしていいかという枠の中に入ってしまう。どちらが有効か、冷静に判断しながら考えていきたいと思っている」とコメント。両者ともに検討しているとは話すものの、導入に向けて前向きな判断をしている様子ではないことが分かる。

お試し割を提案したはずの楽天モバイルが一体なぜ、いざ解禁となった段階で導入に消極的になっているのか。そこにはお試し割を提案した時と、解禁された時とで楽天モバイルの状況が大きく変わったことが影響したと考えられる。
そもそも楽天モバイルが、総務省の有識者会議「競争ルールの検証に関するWG」でお試し割に類する施策を提案したのは2024年3月13日のこと。だがその少し前となる2024年2月21日に、楽天モバイルは家族契約による割引施策「最強家族プログラム」を提供している。
この最強家族プログラムが好評となって契約数を大きく伸ばしたことから、同社はさらに「最強青春プログラム」「最強こどもプログラム」「最強シニアプログラム」と、特定の年齢層を対象とした割引施策を2024年のうちに連発。これらがファミリー層に評価されて契約数を大きく伸ばし、2024年12月末時点ではMVNOの契約数を含め830万契約を達成している。
確かに2024年初頭まで、楽天モバイルは個人ユーザーの契約を大きく伸ばすことができていなかった。それだけに、2024年3月の有識者会議でお試し割を提案するに至ったと考えられるのだが、その後一連の割引施策が好調で契約数を伸ばしたことから、お試し割が解禁された2024年末時点ではお試し割をする必要がなくなったというのが正直なところではないだろうか。
そもそも楽天モバイルは、まだ経営が非常に厳しい状況にある。先の決算発表で楽天グループ自体が5年ぶりに黒字となり、楽天モバイルも目標とする黒字化に向け明るい兆しが出てきていることが明らかにされたが、それでも赤字であることに変わりはなく、売上を伸ばすのに苦心している。
とりわけ通信サービスに関しては、2024年に提供した一連の割引施策もあって契約数は増えたが、ARPU(1ユーザー当たりの平均売上高)を上げるのが難しくなっている。それゆえ楽天モバイルは2024年度3月期決算より、ARPUに通信料金だけでなく「モバイルエコシステム貢献額」、要は楽天モバイル契約者が「楽天市場」など楽天グループのサービスを利用して得た利益の貢献額を加えるという “荒業” を実施しているのだ。

これは、楽天モバイルが通信だけで大きく売り上げを伸ばすのが難しいと判断し、楽天グループ全体での売上を増やして楽天モバイルの黒字化を支援する戦略に転換したことを示している。それだけに現在楽天モバイルには、獲得したユーザーに楽天グループ内のサービス利用を促進することで、楽天グループ全体での売上を増やすことが強く求められるようになったといえる。
実際先の発表会でも、楽天グループのサービスを利用して「楽天ポイント」を獲得することで、楽天モバイルのサービスが実質的に “永年無料” で利用できることを積極的にアピールしていた。

その一方で鈴木氏は、楽天モバイルの料金が「我々は十分下がったとの認識を持っている」と話すほか、料金プランに関しても新たな料金プランの追加、そして現在のRakuten最強プランの見直しは、値上げや値下げも含め「今のところ検討していない」と回答している。2024年にNTTドコモの「ahamo」が通信量を30GBに増量するなど、昨今Rakuten最強プランに近い価格帯での競争が激化しているが、楽天モバイルとしては黒字化のためにも、料金プランは大きく変えずに収益を安定させたいというのが本音といえるだろう。
それだけに少なくとも当面の間、楽天モバイルがお試し割で積極的に競争を仕掛ける可能性は低いと考えられる。ここ最近は競合他社からも、インフレが進む中での料金引き下げに懸念を示す声が高まっているだけに、楽天モバイルが動かない限り2025年中に新たな料金競争が起きる可能性は低いだろう。
ただ一方で、多くの新規契約を欲しているのは楽天モバイルだけという状況にもある。それゆえ、もし一連の割引施策による顧客流入がストップしたとなれば、同社がお試し割の導入に大きく動く可能性もあるかもしれない。