【連載】佐野正弘のITインサイト 第144回

契約拡大に向け企業向けにもAIチャットを提供、楽天モバイルの新たな武器となるか

携帯電話事業に参入して以降、低価格の料金プランによるお得さで攻勢をかけてきたものの、長らく顧客獲得に苦戦してきた楽天モバイル。だが2024年には契約数が急拡大しており、MVNOとしてのサービスも含めれば800万契約を超えるなど好調ぶりを見せている。

楽天モバイルが法人向けAIサービス「Rakuten AI for Business」提供開始

その好調を支えているのは、1つに個人向けサービスで提供を始めた割引施策だ。およそ1年前となる2024年2月に「最強家族プログラム」を開始して以降、主としてファミリー層を狙った割引施策を相次いで提供。それが好評を得て家族契約の獲得につながったことが、契約を伸ばす大きな要因となっている。

そしてもう1つ、楽天モバイルの好調を支えているのが法人向けサービスだ。同社はおよそ2年前となる2023年1月に法人向け料金プランの提供を開始し、料金の安さや「Rakuten Link」による国内通話の無料通話などを武器として法人需要を積極開拓。楽天グループの取引先企業などに向けた営業を強化し、累計で1万8千もの企業の契約を獲得したことも、契約数の伸びに大きく貢献しているようだ。

法人契約の伸びも楽天モバイルの躍進を支えており、2年間の累計では1万8千社の契約を獲得しているという

それだけに楽天モバイルは2025年、その法人需要開拓をより積極的に進める方針のようで、その武器として活用を打ち出したのがAIである。実際楽天モバイルは昨日1月29日、法人向けAIサービス「Rakuten AI for Business」の提供開始を打ち出している。

これはいわゆる生成AIの技術を活用し、利用者の質問にAIが答えるチャット型のサービス。楽天モバイルは2024年10月にも、同社の料金プラン「Rakuten最強プラン」を契約しているコンシューマーに対し、Rakuten Linkから利用できるAIチャットサービス「Rakuten Link AI」を提供しており、今回のサービスはその法人向けというべきものいえそうだ。

モバイル回線獲得の新たな武器として、楽天モバイルは1月29日、法人向けAIチャットサービス「Rakuten AI for Business」の提供開始を発表している

とはいえ法人向けのサービスだけあって、Rakuten AI for BusinessはRakuten Link AIといくつか異なる要素もある。1つ目はスマートフォンだけでなくパソコンでも利用できることで、テキストでのやり取りだけでなく画像などのファイルを添付し、それに関する回答を得ることも可能だ。

2つ目は企業が重視するセキュリティに重点を置いていること。入力した情報が無断でAIの学習に利用されないようにするのはもちろんのこと、社内の機密情報となるワードの送信をブロックできる「NGワード登録」機能などが用意されているという。

そして3つ目は、実は楽天モバイルの回線契約がなくても利用できることだ。Rakuten AI for Businessは1ライセンス当たり月額1,100円での利用が可能とされており、入力と出力の合計で10万文字の利用が可能とされているが、Rakuten Link AIのように楽天モバイルの回線契約者でなければ利用できないという制約はない。

Rakuten AI for Businessは月額1,100円10万文字の利用が可能だが、実は楽天モバイルの契約をしていなくても利用はできる

なのであればなぜ、楽天モバイルがRakuten AI for Businessを提供する必要があったのだろうか。同社の代表取締役共同CEOである鈴木和洋氏は、「楽天モバイルのネットワークと一緒に、これ(Rakuten AI for Business)を契約する提案をしていきたいと考えている。高速で低価格、高品質のネットワークサービスを使う上で、Rakuten AI for Businessが初めて大きな価値を生むものだと考えている」と答えている。

鈴木氏の回答からは、楽天モバイルはRakuten AI for Businessを、企業に楽天モバイルの回線契約を獲得するための商材の1つと位置づけている様子を見て取ることができるだろう。生成AIの利活用があまり進んでいない企業にRakuten AI for Businessをアピールして契約を獲得し、そこからさらに楽天モバイルの回線契約にもつなげたいというのが楽天モバイルの狙いといえそうだ。

では楽天モバイルは、Rakuten AI for Businessでどういった企業の獲得を狙っているのかというと、それは中小企業だろう。実際Rakuten AI for Businessのサービス内容からも、中小企業を強く意識している様子を見て取ることができる。

その1つが導入や利用のハードルの低さで、月額料金が低価格かつ契約するだけですぐ利用できるので、企業側が特別な設備を導入する必要はない。加えて、AIチャットで思うように指示するのが難しいとされる「プロンプト」と呼ばれる指示文章も、職種別の業務に最適化された「プロンプトテンプレート」を活用し、簡単に入力できるようにしている。

Rakuten AI for BusinessはAIに指示を出す「プロンプト」の入力を職種別、目的別にやりやすくする「プロンプトテンプレート」を提供、AIに関する知識がなくても利用しやすくすることに力が入れられている

そしてもう1つはサポート体制の充実で、Rakuten AI for Businessでは導入や活用に関するコンサルティングやセミナーなども実施するとのこと。楽天グループ内ではRakuten AI for Businessに近い仕組みのAIチャットを導入しているそうで、既に8,000人超の社員が毎日それを活用していることから、社内のノウハウを生かしたサポート体制にも力を入れているようだ。

楽天グループのAI活用のノウハウを活用し、コンサルティングやセミナーなども実施することで、企業の利活用を促進する姿勢も打ち出している

従来、社内のシステムにAIチャットを本格導入するとなれば、AIと社内のデータを連携するため大がかりなシステム改修が必要で、それが企業の導入ハードルを上げる要因の1つとなっていた。それだけにRakuten AI for Businessは、投資にコストがかけられず、AIに関する知識も余り持ち合わせていない中小企業でも導入しやすいように導入のハードルを引き下げ、すそ野を広げることに重点を置いていることが分かる。

ただ企業向けサービスは、一般的に大企業を狙った方が、収益性が高くビジネス効率が良いとされている。にもかかわらず楽天モバイルが中小企業を狙うのは、楽天グループ全体で楽天市場や「楽天トラベル」などのサービスで中小企業との取引が非常に多く、そのポテンシャルを生かして契約を獲得するためではないかと考えられる。

楽天グループ全体でも、2024年よりAIに注力する戦略を打ち出しているだけに、楽天モバイルがAIに重点を置いた法人サービスを提供することが順当な戦略であることに間違いない。ただ、現在企業のAIサービス利用用途は、メールやレポートの文面を考えたり、アイデア出しをしたり、データの分析をしたり…といった用途が主なので、利用も必然的にパソコンが主となってくる。

それゆえ、単純な検索やおしゃべりが主となるコンシューマー向けAIチャットとは違って、サービスとモバイル回線との相性があまり良いとは思えない点が気になる。Rakuten AI for Businessが真に楽天モバイルの契約拡大に向けた武器となるかどうかは、やや見極めが必要になりそうだ。

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