【連載】佐野正弘のITインサイト 第138回
総務省が再びスマホ値引きを規制。ターゲットは「実質36円スマホ」
2023年末に、いわゆる「1円スマホ」の販売手法が規制されたことで、スマートフォンを大幅に値引くことは一層難しくなっている。だがその規制直後から、ソフトバンクが新しい値引き手法を編み出しており、1円スマホより条件は厳しくなっているが、現在も激安販売を継続している。
それはスマートフォンを長期間の分割払いで購入し、1~2年など一定期間経過後に返却することで、分割払いの残りの支払いを不要にするいわゆる「端末購入プログラム」を活用したもの。従来の端末購入プログラムは、スマートフォンを4年間の分割払いで購入し、2年経過後に返却するというのが一般的だったが、ソフトバンクはその返却期間を1年に縮めた新しい端末購入プログラムを提供したのだ。
端末購入プログラムでスマートフォンを返却すると、残りの支払いが不要になるのは、返却されたスマートフォンを中古市場に売却してその分を補うため。そして中古市場では、新しいスマートフォンの方が高値で買い取ってもらえる傾向にあることから、返却時期を早めることで端末の買取価格を高めることにより、1年間の分割払い料金が月3円など、激安にする仕組みを実現したのである。
ただ、そのためには買取価格を引き下げないよう、端末の価値を維持して返却してもらう必要があるし、高額な端末の場合、買取価格だけで残りの支払い額を補えないケースもあるだろう。それゆえこの仕組みで高額な端末を値引く際には、端末補償プログラムへの加入が必須となるケースが増えているほか、返却の際に別途料金が求められるケースもある。実際の支払額は3~4万円程度となることが多いようで、1円スマホの時ほど激安になるわけではない。
ソフトバンクの動きを受け、値引き規制に動いた総務省
それでも非常に高額な最新ハイエンドスマートフォンを数万円程度で利用できるとあって、この施策は一定の支持を獲得しているようだ。だが案の定、ソフトバンクのこうした動きを快く思っていなかったのが総務省である。
総務省は、携帯大手3社による市場寡占を解消するための公正競争環境整備に力を入れており、中でも非常に力を注いでいるのがスマートフォンの大幅値引き販売を阻止することだ。大幅値引きは企業体力のある企業にしかできず、MVNOなど小規模の事業者には太刀打ちできないことから、競争を阻害する主因として大幅値引きに度重なる規制を加えてきた経緯がある。
それだけに、1円スマホの規制後にソフトバンクが新たな大幅値引き手法を打ち出したことを、総務省は快く思っていなかったのだろう。実際総務省は2024年、携帯電話の市場競争について議論する有識者会議「競争ルールの検証に関するWG」でこの問題に関する議論を進めており、問題視したのが、端末購入プログラムの買取予想価格である。
先にも触れたように、端末購入プログラムで返却されたスマートフォンは中古市場に売却するのだが、その買取予想価格の算出はこれまで統一基準があるわけではなく、各社の裁量で決められてきた。それゆえあえて買取予想価格を高く見積もれば、実質的な割引額を増やして大幅値引きが可能になる。
そして総務省は、一部事業者が買取価格をあえて他社よりも高くし、端末購入プログラムで激安を実現する要因になっていると指摘。そこで総務省は、予想価格に際が生じないよう端末価格を統一化することを打ち出しており、その基準として中古携帯ショップの団体であるリユースモバイルジャパン(RMJ)の買取平均額を用いることとしている。
一方で、新機種は買取価格が存在しないことから、買取予想価格を設定する「最新の先行同型機種の残価率を参照」するとされている。例えば、今後登場するであろう「iPhone 17(仮)」であれば、現行のiPhone 16の買取額平均を参考に設定する、といった具合になることが想定される。
これらの議論の内容は、先のWGの報告書、ならびに2024年12月5日に打ち出された「電気通信事業法第27条の3等の運用に関するガイドライン」の改正で、実際に反映されることとなった。この改正によって携帯各社は、端末購入プログラムの端末買取予想額を自由に決められなくなったわけだ。
だが、このガイドライン改正に対して意見募集がなされた際、ソフトバンクはRMJの平均買取価格を用いることに異を唱えている。その理由としてソフトバンクは、通信会社と中古端末事業者は競合関係にあるため、RMJのデータに恣意性が含まれる懸念があることなどを挙げている。
そうしたRMJのデータが用いられることが、「事業者の販売価格に影響を与えることは極めて問題」と強く批判。一方でソフトバンクは、平均買取価格としてフリマ市場の取引価格を用いることが妥当としている。だが総務省側の回答は、「頂いた御意見については、必要に応じて今後の政策検討の参考とします」としているのみで、実際のガイドラインにその意見を取り入れた様子も見られない。
そうしたことから、一連のガイドライン改正によって今後、端末購入プログラムを用いた大幅値引き手法も封じられる公算が高まった。その結果としてスマートフォン市場は2025年、より一層冷え込むことになりそうなのだが、大幅値引きの規制はある意味、携帯3社のシェアを大きく下げることが目的でもあるだけに、その目的を達成するまで総務省が方針を変える可能性は低いだろう。
ただ実は、総務省は今回のガイドライン改正で、スマートフォンの値引き規制を一部緩和している。それは5G向けのミリ波に対応したスマートフォンの値引き上限を、定価の50%を超えない範囲で、現状の4万円から5万5,000円に引き上げるというものだ(いずれも税抜)。
主として30GHz以上と非常に周波数が高いミリ波は、電波が遠くに飛びにくく広範囲をカバーするのが難しいため、対応するスマートフォンがごく一部に限られていることから整備しても利用がされないという悪循環が続いている。そこで総務省は、ミリ波対応端末の値引き上限を緩和することで端末の普及を進めようという狙いがあるわけだ。
だが正直なところ、ミリ波対応スマートフォンは現状高額なハイエンドモデルの一部に限られており、そうした機種は定価が20万円近くに設定されている。それゆえ値引き額を1万5,000円増やしたところで、到底買いやすくはならず実効性は低いと言わざるを得ない。しかもこの規制緩和は恒久的なものではなく、ミリ波対応端末の普及率が50%を超えたら終了するのが妥当とされており、値引きに消極的な様子を見て取ることもできる。
メーカーだけでなく、携帯電話会社も対応に消極的となっているミリ波の普及を真に進めたいのであれば、対応端末を1円で販売できるくらいの大幅値引きを認め、なおかつ国が補助金を出すくらいの措置が不可欠だ。だが実は、先のWGにおけるミリ波対応端末の値引き規制の議論で、スマートフォン値引き自体に反対する有識者が声を荒げて反対する場面も何度か見ることができ、そうした声に配慮したことで、非常に中途半端な緩和策になってしまったのではないだろうか。
これら一連の動きを見ていると、携帯3社のシェアを引き下げるという大義名分の下に総務省がスマートフォン値引き規制を進めた結果、あまりに規制ありきの姿勢が硬直化してしまい、ミリ波普及のような産業育成施策を国として進められなくなってしまった感もある。モバイル通信を国の主力産業として育てていきたいのなら、やはり総務省はスマートフォン値引き規制、ひいては公正競争に関する議論のあり方を一度完全にリセットし、ゼロからやり直すべきだろう。