マルチバースはあります(?)

Googleの量子プロセッサー「Willow」、高性能なのは「多数の並行宇宙で計算しているから」?

Image:Bruce Rolff / Shutterstock.com

Google量子AI研究所が新しい量子プロセッサー「Willow」を発表したことは昨日お伝えしたが、このWillowを発表するGoogleのブログ記事で、同研究所のハルトムート・ネヴェン所長が、このプロセッサーの高性能さに関して、「世界最速のスーパーコンピューターでも10杼年以上かかる計算を5分未満で実行できる」のは「別の宇宙の計算パワーも利用するから」だと主張をしていることが世間をザワつかせている。

ネヴェン氏はスーパーコンピューターとWillowの計算能力の比較に関し「物理学で知られている時間スケールを超えており、宇宙の年齢をはるかに超えている。これは、量子計算が多数の並行宇宙で行われているという考えに信憑性を与え、(著名量子物理学者の)デイヴィッド・ドイッチュが最初に予測した、われわれが多元宇宙に住んでいるという考えと一致している」と述べた。多くの人々はこの主張についてはスルーしていたが、ネヴェン氏の発言に信憑性があると唱える者も一部で表れている。

多元宇宙論は、近年「マルチバース」という言葉の浸透とともに、特にSFエンタメ界隈でもてはやされている。ネヴェン氏が言うように、量子計算理論の先駆者として名高いデイヴィッド・ドイッチュ氏も真剣に研究する分野であり、著書『世界の究極理論は存在するか』で多元宇宙について詳述している。とはいえ、これは現在のところ理論物理学上の仮定の域を出ない話だ。

GoogleがWillowの性能の指標として示した「スーパーコンピューターで10杼年かかる」という話は、あくまで量子性能を測定するために、Google自身が数年前に作成したベンチマークに基づく例えであり、Willowプロセッサーが別の宇宙に存在するWillowプロセッサーとチャネリングして計算を手伝ってもらっているわけではない。単に既存の計算能力の測定基準に対する性能を比較しただけの話と思っておくのが妥当だろう。その比較対象もGoogleが自ら作成したものであり、潜在的なバイアスを含んでいる可能性があることが一部から指摘されている。

量子コンピューターは、常に情報の値が0か1かで決まっているデジタルコンピューターとは違い、量子重ね合わせや量子もつれといった、われわれ一般人にはやや理解するのが難しい特性を持つ「量子ビット」を利用する。ざっくり言えば量子重ね合わせは、ある量子ビットが0と1の両方の状態を維持することと説明され、量子もつれは、量子ビットが別のある量子ビットと重ね合わせ状態にある場合に、片方の量子ビットの状態が変わると、もう片方の量子ビットの値も即座に変わる相関関係を示すことだと説明される。この相関関係に置いて両者の距離は関係ない。量子コンピューターは、このような量子力学を使用して、現在従来のコンピュータでは解決できない非常に複雑な問題を計算する。

とはいえWillowについて注目すべきは、その計算速度よりも、従来の量子コンピューターでは使用する量子ビットを増やすほど誤りが派生しやすくなってしまっていた弱点を、誤り訂正の仕組みを工夫することで改善し、量子コンピューティングの信頼性を高めるとともに、現実世界のアプリケーションにおける実用化に、より一層近づけられたと考えられるところだろう。

量子コンピューターは、やがて現在の技術では解けない難しい計算問題を解き明かせるようになり、その結果、宇宙をより深く理解するのにも役立つようになる可能性がある。もしかすると将来的には、量子コンピューターの力によって別の宇宙の存在を発見する日が来るのかもしれない。

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