【連載】佐野正弘のITインサイト 第131回

KDDIが進める「Starlink」とスマホの直接通信、沖縄・久米島で見たその実力とは

Space Exploration Technologies(スペースX)の低軌道衛星群「Starlink」を用いた通信サービス。日本でも2022年から提供を開始しているが、山間部や離島など光ファイバーの敷設が難しい場所にブロードバンド回線を敷設したり、災害からの復旧活動に役立てられたりするなど、2年のうちに活用範囲は大きく広がっている。

そのStarlinkの次の取り組みとして注目されているのが、衛星とスマートフォンとの直接通信である。

KDDIが取り組む「Starlink」とスマホの直接通信

現在のStarlinkのサービスを利用するには、衛星通信用としては小さいとはいえ、地上にそれなりのサイズのアンテナを設置する必要があるのだが、スマートフォンと直接通信ができればそうしたアンテナも必要なく、場所を選ぶことなく通話や通信ができるようになる。

実はStarlinkとスマートフォンとの直接通信は、既に使われている。2024年10月に米国で大型のハリケーンが上陸し、大きな被害をもたらしたことを受け、スペースXと提携先である米T-モバイルは、米国連邦通信委員会の直接承認を受けて被災地でStarlinkと、スマートフォンとの直接通信によるSMSの送受信サービスを提供。通常のSMSの送受信に加え、ブロードキャストタイプの緊急通報の送信にも活用された実績があるのだ。

衛星通信のStarlinkは災害時の活用が積極的に進められており、2024年10月に米国でハリケーンが発生した際には、米T-モバイルがStarlinkとスマートフォンとの直接通信によるSMSの送受信を提供していた

そして日本でもStarlinkと提携し、直接通信サービスを提供しようとしているKDDIが、最近大きな動きを見せている。KDDIはT-モバイルと同様、Starlinkとスマートフォンとの直接通信でパートナーシップを結んでいる携帯電話会社の1つであり、2023年にStarlinkとの直接通信サービス提供を打ち出していたが、先日10月23日、KDDIは沖縄県の久米島で、Starlinkとスマートフォンとの直接通信の実証実験を実施したのである。

KDDIは2024年10月23日、沖縄県久米島でStarlinkの衛星とスマートフォンとの直接通信の実証実験を実施している

そもそも衛星とスマートフォンが直接通信するには、クリアすべき課題がいくつかあり、1つは直接通信に対応した衛星を打ち上げることだ。KDDIの取締役執行役員常務CDOの松田浩路氏によると、従来のサービスに用いているStarlinkの衛星は地上から約550mの高さに打ち上げられているが、スマートフォンと直接通信するにはよりスマートフォンに近い場所、要は低い場所に衛星を打ち上げる必要がある。それゆえ直接通信対応の衛星は、地上から約340kmの高さに打ち上げられているのだという。

Starlinkとスマートフォンとの直接通信の仕組み。使用する衛星は従来のStarlinkの衛星とは違い、約340kmとより低い高度に打ち上げられたものを使用する

この衛星は2024年1月に打ち上げを開始して以降、9月には200機を超えており、年末には300機以上が打ち上げられる予定とのこと。低軌道衛星は静止軌道衛星と違って地上から見ると常に移動している形となるため、常時通信できる環境を構築するには多数の衛星を打ち上げる必要がある。

だがスペースXは、高度なロケット打ち上げ技術を持っており、既存のStarlinkの衛星は7,000機近く打ち上げられている。そうしたことを考えると、直接通信対応の衛星数は今後急速に増えることが予想される。

そしてもう1つ、クリアすべき課題は制度整備だ。上空にある衛星から射出される電波を地上のスマートフォンで受けるには、既存の無線システムに影響を与えないかたちで、どの周波数帯を使って通信を実現するかという制度整備が世界レベルで必要になってくる。

だが松田氏によると、この点に関しても2023年の世界無線通信会議(WRC)で既存の周波数帯を衛星通信で共用するための検討に向け、国際的な制度化の道を切り開くことに成功しているとのこと。その制度化に向けてはKDDIも尽力しているそうで、国内でも2024年内のサービス化実現に向けた取り組みを進めている最中だという。そして検証を進める上で必要なデータを揃えるためにも、今回はKDDIとスペースXが共同で実証を進めているのだそうだ。

衛星・スマートフォンの直接通信に向けた制度整備も2023年以降積極的に進められており、今回の実証実験を経て日本での制度整備も進められる予定だ

今回、Starlinkとの通信に用いた周波数帯は、モバイル通信で多く用いられている2GHz帯。今回はその2GHz帯のうち、KDDIが免許を保有する帯域の一部を使用して通信しているとのこと。それゆえ実はStarlinkと直接通信するのに特別なスマートフォンは必要なく、多くのスマートフォンで対応することが可能だという。

ただ、現時点で衛星との直接通信ができるのは、Googleのスマートフォン向けOSの最新版「Android 15」で新たに搭載された、「サテライトモード」に対応している機種に限られるとのこと。ちなみにサテライトモードとは、スマートフォンが地上の基地局と通信ができず、圏外になった場合に衛星と通信する仕組みである。

松田氏によると、実証実験の時点ではまだ打ち上がっている衛星の数が少なく、通信容量が少ないことからサテライトモードに対応した機種のみが対象になっているとのことだ。

使用する周波数帯はスマートフォンで一般的に使われている2GHz帯なので、多くのスマートフォンで対応可能だというが、衛星数が少ない現時点ではAndroid 15の「サテライトモード」への対応が必要になる

また現時点で、Starlinkとの直接通信で利用できるのはSMSの送受信のみで、こちらも衛星の数が少ないが故の通信容量の少なさからきている制約でもある。それゆえ実証実験でも、2つのスマートフォンを用いて衛星に接続した後、SMSを実際にやり取りすることで実際に通信ができるかどうかを確認するかたちが取られていた。

では実際のところ、衛星とスマートフォンとの直接通信はどのようなかたちで実現しているのだろうか。先にも触れたように、現時点では直接通信対応の衛星はまだ数が少ないことから、衛星が上空を通過するタイミングでないと通信ができない。当日は15時から16時の1時間に15機の衛星が上空を通過することから、このタイミングで実証実験が進められている。

通信するには衛星が久米島上空を通過している必要がある。写真はARで衛星の動きを確認しているところ

そして衛星が上空を通過すると、スマートフォンのアンテナピクトが圏外マークから、サテライトモードを表す衛星マークへと変化。事業者名も「SpaceX-au」へと切り替わる。

衛星に接続すると、アンテナピクトの事業者名が「SpaceX-au」へと切り替わる

この状態になったら通信が可能になるので、後は衛星と直接接続した2台のスマートフォンを用い、SMSで互いにメッセージの送受信を実施。タイミングによってはいくらか遅れが生じることもあるようだが、問題なくメッセージのやり取りができる様子を確認できた。衛星通信経由でSOSメッセージを送信する機能はアップルの「iPhone」シリーズに搭載されているが、相応の手間と時間がかかることを考慮すると、今回のStarlinkとスマートフォンとの直接通信がより実用的な環境を実現しようとしていることは間違いない。

衛星に接続した2台のスマートフォンの画面をディスプレイに表示しているところ。実際にSMSでメッセージのやり取りができていることが分かる

ただもちろん、実用化に向けてはまだ課題が少なからずある。制度面での対応、そして直接通信可能な衛星を増やして常時通信できる環境を整えることはもちろんなのだが、それに加えてサテライトモードに対応したスマートフォンを増やすことも、現時点の環境では求められることになる。

松田氏によると、Android 15へのアップデートで既存のAndroidスマートフォンの多くが対応できる可能性があるというが、より幅広いユーザーに利用してもらう上ではiPhoneへの対応も欠かせないだろう。ただ松田氏は、対応に向けてアップルと協議を進めていると答えており、今後の対応に向けた取り組み自体は進められているようだ。

松田氏がStarlinkとの取り組みについて、「我々は世界中の皆さんと一緒にソーシャルインパクト、社会貢献、社会価値をしっかり作っていくのが思い」と話しているように、衛星との直接通信は単なる利便性にとどまらない価値を提供するものであることは確かだ。具体的なサービスのあり方などはまだ検討している最中だというが、非常に価値のある取り組みでもあるだけに、サービスの早期実現に大いに期待したいところだ。

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