無機物でも学習が可能に
使い捨てオムツにも使われるハイドロゲル、『Pong』のプレイを“学習”することに成功
1972年に登場した卓球ゲーム『Pong』は最初期のアーケードゲームの1つであり、非常にシンプルだが一応の駆け引きある内容のためか、人工知能の研究などにもよく用いられている。
このゲームを非生物の材料であるハイドロゲルさえもパターンを「記憶」し、プレイを「学習」できたという論文が、学術雑誌「Cell Reports Physical Science」に掲載された。
英レディング大学生物化学部の研究者は、本論文により環境を学習し、適応できる新しいタイプの「スマート」素材の開発に、非常に興味深い可能性が開かれるとの展望を語っている。生体システムや高度なAIでもない無機物に、変化する環境に応じて適切な行動を学ばせられるというわけだ。
ハイドロゲルは水を大量に含む高分子物質の一種であり、大量の水を吸収しながらも溶けることなく形状を維持できる。その用途はソフトコンタクトレンズのほか、豊胸手術用のインプラント、使い捨ておむつ、脳波計や心電計の電極など多岐にわたっている。
今年4月、同研究者は共同執筆者として、ハイドロゲルが外部のペースメーカーに合わせてリズムを刻むことを「学習」できると示す論文を発表した。これまで、生きた細胞でしか達成できなかったことである。
この論文は、ハイドロゲルが化学エネルギーを機械的振動に変換する特性を利用し、ペースメーカーにより周期的な圧縮を加えた。ゲルの振動がペースメーカーの共振振動周期の「記憶」を保持し、ペースメーカーをオフにしても記憶は保持されていたとのことだ。
今回の最新研究は、それをベースにしつつ、人工培養した人間の脳細胞が『Pong』をプレイできたという研究にインスピレーションを得たものだという。そちらはシャーレ上にあり耳も目もない脳細胞の塊が、電気信号の刺激を与えられてリアルタイムで反応して返すことができ、AIよりも早く上達したというものだった。
脳細胞と電極シートを「画面を動くボールの位置情報を入力」と「ボールを動かすための出力(上下の2つのみ)」という2つの領域に分け、パドルがボールと上手く重なれば一貫した電気刺激を、外せばランダムな電気刺激を与えた。それにより前者が報酬となり、脳細胞はプレイを学習。これは、最も単純なニューラルネットワークでもある。
では、ハイドロゲルも脳の感覚フィードバックを模倣できるのか? 研究チームは、可能だと考えた。電気刺激を与えるとゲル内のイオン(荷電粒子)が水分子と共に一緒に移動し、一時的にハイドロゲルの形状が変化する。
そしてハイドロゲルが元の形状に戻る時間は、膨潤にかかる時間よりもずっと長い。つまりイオンの次の動きは、その前の動きに影響を受けるということだ。これは「ある種の記憶の発生のようなものだ」と説明している。
実験のしくみは至ってシンプルだ。まず特注の電極アレイを使って、ハイドロゲルを『PONG』の仮想環境に接続。ボールの位置は電気刺激によりハイドロゲルに与えられ、ゲル内のイオン分布に応じてパドルが動く。ゲームが進行するにつれ、研究者は、ハイドロゲルがパドルでボールを捉える頻度を測定した。
その結果、時間が経つにつれて正確性が向上し、ラリーが長引くほどボールを打てる頻度が高くなることが分かった。その最大値に達したのが、上記の脳細胞によるものが10分だったのに対し、ハイドロゲルは約20分だったの最大値に達した。研究者らは、この結果がハイドロゲルに新たな記憶機能が芽生えたとみている。
次のステップは、もっとラリーが続くようにパドルを動かす方法をハイドロゲルに「教える」ことかもしれない。
- Source: Cell Reports Physical Science
- via: Ars Technica