【連載】佐野正弘のITインサイト 第116回
価格高騰で売れないフラグシップの一方、急増するミドルクラス。“夏スマホ”事情を総括
円安と政府主導の値引き規制によって、日本のスマートフォン市場がかつてないほど非常に厳しい状況にある2024年。だが今年はゴールデンウィーク明けの5月頭から、8月までに投入が発表されたスマートフォンの数は非常に多い印象を受ける。
相次いで投入されるスマートフォン新製品
実際、この記事が掲載される7月11日までに、国内での発売が発表されたスマートフォンを数えてみると、筆者が把握する限りではあるが、なんと約23機種にのぼる(携帯電話会社向けの兄弟モデルなども含む)。それに加えて米国時間の8月13日には、Googleが従来より2ヵ月前倒しでPixelシリーズの新機種を発表予定とされており、普段スマートフォンのレビュー記事を執筆している筆者も、正直なところあまりの数の多さに仕事が追い付かない状況だ。
だがそれら新機種の傾向を見ると、やはり非常に厳しい市場環境を強く反映した内容となっていることは間違いない。中でも最も大きな影響を受けているのが、各社が持つ技術を集結させた、最も性能の高いフラグシップモデルだ。
従来日本では、端末値引き規制が現在ほど厳しくなかったこともあり、フラッグシップモデルが販売の主流を占めていた。だが政府による値引き規制の強化に加え、記録的な円安が今なお進行している状況で、それがスマートフォンの価格を大幅に押し上げている。
それゆえフラッグシップモデルは価格高騰が著しく、もはや一般消費者が手にするのは困難なレベルに達している。具体的な例として、サムスン電子が7月10日に発表した折りたたみスマートフォンの新機種「Galaxy Z Flip6」の価格を確認すると、最も安い256GBのモデルで15万9,000円。「Galaxy Z Fold6」は256GBモデルで24万9,800円、最も高い1TBモデルに至っては30万3,800円と(いずれもSIMフリーモデルの価格)、ついに30万を超える水準に達してしまった。
30万円あればテレビやPC、白物家電であっても相当良いものが購入できる。そうした状況を考えると、もはやフラッグシップのスマートフォンはぜいたく品の領域に達してしまったと言っていいくらい値上がりしてしまったといえよう。
それだけにメーカー側も、値段が上がり続けるフラグシップモデルには苦心している様子で、とりわけ事業規模が小さい下位のメーカーほどその傾向が強い。そうしたメーカーのフラグシップモデル新機種を見ると、従来の個性や特徴を失ってでも、値上がりを抑えて多くの消費者に購入してもらえることを重視する傾向にあるようだ。
実際ソニーは、最新のフラッグシップモデル「Xperia 1 VI」で、従来の「Xperia 1」シリーズの特徴だった21:9比率の4K解像度ディスプレイを止め、一般的なスマートフォンに近い19.5:9比率のFHD+解像度ディスプレイに変更。これが多くの論議を呼んだというのは以前にも取り上げた通りだ。
またASUSの「Zenfone 11 Ultra」も、従来の特徴である6軸ジンバルモジュールを搭載した手ブレに強いカメラは維持しながらも、ハードウェアの多くの部分を同社のスマートフォン「ROG Phone 8」と共通化したことで、ディスプレイが6.78インチと大型化。その結果、ハイエンドスマートフォンとしての魅力は高まったものの、5.9インチの小型ディスプレイを採用していた「Zenfone 10」までの、アクションカメラとして使えるというASUSならではの個性と特徴は失われてしまった。
さらに言うならば、シャープは価格高騰でフラグシップモデル自体売れないと判断。今シーズンは最上位「AQUOS R」の “Pro” シリーズの投入を見送り、ミドルハイクラス相当の「AQUOS R9」とエントリークラスの「AQUOS wish4」に絞るという選択をするに至っている。
フラグシップ値上げにより増加するミドルクラスモデル
フラグシップモデルがそれだけ厳しい状況にある一方で、大幅に数が増えているのが5~10万円前後のミドル~ミドルハイクラスに位置するスマートフォンだ。先のシャープのように、これだけ市場環境が厳しい中ではベースの性能を抑えてでも、消費者が購入できる現実的な価格のモデルに力を入れる必要があると判断したとはいえ、先に挙げた23機種の中で、ミドル~ミドルハイクラスに類するスマートフォンは11機種と、ほぼ半数に達している。
ただ端末の価格が下がると、採用できる部材にコスト的な制約が出てくることから、ミドルクラスのモデルはフラグシップモデルと違い、差異化が難しく没個性化してしまうという問題も抱えることになる。今シーズンのミドルクラスのモデルを見るとデザインや、昨今注目されるAI関連の機能などで差異化を図る傾向にあるようだが、ベースとなるチップセットやカメラの性能は近しいものが増え、メーカー間の違いを出しにくくなりつつあるようにも感じている。
それだけに重要になってきているのが、販路の強化、より具体的に言えば国内で最大のスマートフォン販路とされるNTTドコモ、KDDI、ソフトバンクの大手3社に向けた端末供給である。実際モトローラ・モビリティは、2023年にソフトバンクに向けての端末供給を実現したことなどにより、出荷台数が前年対比で135%増えたとのこと。2024年もエントリークラスの「moto g64y 5G」、そしてミドルクラスの「motorola edge 50s Pro」を供給するなど、ソフトバンクとの関係をより強化し販売拡大につなげようとしている。
だがその携帯3社も、あまりにスマートフォンが売れないことから調達を控える傾向にあるのも気になるところだ。実際、ミドルクラスの新機種で大手3社から販売されるのは、Googleの「Pixel 8a」とソニーの「Xpeira 10 VI」くらいで、携帯大手からの販路拡大があまり期待できなくなりつつある様子がうかがえる。
一連の状況を考慮すると、今シーズンのスマートフォン新機種は投入数こそ非常に多いものの、市場に明るい兆しがなくメーカー側がとても苦悩している様子が透けて見える、というのが正直なところである。販売不振の主因は明らかに円安と政府の値引き規制であるだけに、同様の傾向が当分続いてしまうのではないか、というのが非常に気がかりだ。