【連載】佐野正弘のITインサイト 第109回

「arrows」が復活。新生FCNTは変わらぬ個性と、レノボの調達力で勝ち抜けるか

スマートフォンメーカーの新製品ラッシュが続いた5月だが、各社の新製品にかなりの異変が起きているというのは、これまで本連載でも触れてきた通りだ。その要因は、円安と政府による値引き規制により国内でのスマートフォン価格が軒並み高騰し、販売が大きく落ち込んでいることだ。

復活を遂げた新生「FCNT合同会社」が新機種を発表

その影響を少なからず受け、2023年に経営破綻に至ったFCNTだが、その後同社の支援に名乗りを上げたのが中国のレノボ・グループ。同社は事業の主軸だったプロダクト事業とサービス事業を旧FCNTから承継し、新たに「FCNT合同会社」を設立している。

その新生FCNTが、いよいよ復活に向け新たな動きを見せているようだ。実際5月16日に、同社は新しい戦略方針と新製品の発表イベントを実施しており、今後の方針とスマートフォン新製品を打ち出している。

レノボ・グループでFCNTの事業譲渡を検討したメンバーの1人であり、なおかつFCNTに派遣され同社の執行役員 副社長に就任したという桑山泰明氏は、新しいFCNTが今後注力するポイントとして「優しいテクノロジー」を挙げている。FCNTはシニア向けの「らくらくスマートフォン」を長らく手掛けてきた実績があるほか、2023年発売の「arrows N」ではサステナビリティへの注力を前面に打ち出すなど、技術を活用して人や自然に優しい取り組みを進めてきた実績がある。

そうしたFCNTの特徴は、機種の価値がスペックで図られる傾向が強いスマートフォンの世界では地味に見えるのだが、一方で幅広い層のユーザーを対象とするスマートフォンの世界だからこそ重要な意味を持つ、ともいえる。そうした特徴を持つ製品を提供するメーカー自体が稀有な存在なだけに、レノボ・グループの傘下となってもその特徴を生かした製品開発を進めていく方針のようだ。

ただ一方で、レノボ・グループの傘下になることで大きく変わるのがその “規模” である。米モトローラ・モビリティを傘下に持ち、世界規模で事業展開しているレノボ・グループは、規模のメリットを生かしてスマートフォン製造に必要な半導体などを大量に、安く仕入れられる。それだけに、FCNTの経営が行き詰まった最大の要因でもある部材調達に関しては、大きなメリットが生まれることになるだろう。

新生FCNTは、従来FCNTが持っていた独自性や技術はそのままに、レノボ・グループの資金力や調達力を生かした製品開発が進めている

従来までのFCNTの特徴はそのままに、レノボ・グループの規模を生かすという戦略は、今回発表された新機種からも見て取ることができる。FCNTは今回、新たに2つの新機種を発表しており、そのうち1つが「arrows We2」となる。

これは、国内メーカー製の低価格モデルとして人気を博した前機種「arrows We」の後継に当たるもの。arrows Weは総出荷台数280万台と、日本のAndroidスマートフォンで歴代最多の出荷台数を誇った大人気モデル。だが、価格が2万円台と非常に安かっただけに、後の円安で利益が出せなくなりFCNTを苦しめた一因になったとも見られるモデルだ。

新生FCNTの新機種の1つ「arrows We2」は、低価格で人気となった「arrows We」の後継となるローエンドモデルだ

それだけに、arrows We2はレノボ・グループ傘下になったからこそ投入できたモデルと見ることもできよう。実際、arrows We2にはレノボ・グループによる調達力が存分に生かされており、チップセットにはMediaTek製の「Dimensity 7025」を採用している。

このチップセットは、シャープが発表したローエンドモデルの新機種「AQUOS wish4」が採用している、同じメディアテック製の「Dimensity 700」より高い性能を持つとされている。低価格モデルにそれだけ性能の高いチップセットを搭載し、競争力を高められることこそが、レノボ・グループの調達力の強さを示している。

arrows We2のチップセットには、MediaTek製の「Dimensity 7025」が採用。ミドルクラス並みの性能を持つとしている

それでいてarrows We2は、従来のFCNT製スマートフォンの特徴でもあった、米国国防総省の調達基準であるMIL規格の23項目に対応し、なおかつ1.5mの高さからコンクリートに落としても画面が割れにくいなどの堅牢性はしっかり維持。加えて、こちらも従来FCNT製スマートフォンの特徴となっていた、電源キーの指紋センサーを使ってスクロールやズームなどの操作ができる「Exlider」にもしっかり対応させている。

低価格ながらもarrowsシリーズならではの堅牢性はしっかり維持されており、ハンドソープで洗うことなどももちろん可能だ

こうした機能・性能の追加は、当然コスト増要因となる。それゆえ、レノボ・グループの調達力で端末全体の低コスト化が進められたことが、ローエンド端末にFCNTらしい個性を追加できた要因になっていることが分かる。

一方で、よりFCNTらしい個性を打ち出しているのが、もう1つの新機種である「arrows We2 Plus」だ。こちらはミドルクラスに位置するモデルながら、チップセットにクアルコム製のミドルハイクラス向けとなる「Snapdragon 7s Gen 2」を搭載するなど、やはりレノボ・グループの調達力を生かして高い性能を実現したモデルとなっている。だが、それだけにとどまらない特徴を備えているのがFCNTらしいポイントとなる。

それは世界で初めて、スマートフォンに自律神経測定機能を搭載したこと。背面カメラの下にある脈波センサーに指を当てることでバイタルデータを読み取り、京都大学の名誉教授である森谷敏夫氏の監修の下、FCNTが独自開発したアルゴリズムで自律神経の活性度を測定するというものになる。

ミドルクラスの新機種「arrows We2 Plus」。レノボ・グループの調達力を生かした高い性能に加え、カメラの下にあるセンサーを活用した自律神経測定機能など、FCNTらしい特色が盛り込まれたミドルクラスのモデルだ

自律神経は原因のはっきりしない不調など、健康の様々な部分に影響してくるもの。それだけにFCNTはスマートフォンでの健康管理を考える上で、自律神経に着目してこの機能を開発したのだという。実際に使ってみると、測定にやや時間を要するなどより洗練が必要と感じる部分もあるが、日々の健康管理や生活習慣などに重点を置き、独自の技術を用いて新たな特徴を打ち出す姿勢に、FCNTらしさを非常に強く感じるのも確かだ。

実際に自律神経を測定しているところ。センサー部分に指を当てて3分程度待つ必要があり、やや時間がかかる

FCNTは、ある意味でガジェットファンに刺さらない地味な部分での魅力を多く持ち、携帯電話会社とのパイプも太かったことから、国内では密かに多くの利用者を抱えているメーカーでもあった。それだけに、レノボ・グループの力で復活を果たしながらも、FCNTらしい特徴が失われなかったことには大きな意味があったといえ、もう1つのブランドである「らくらく」に関しても今後何らの動きがあることを期待したいところではある。

ただFCNTが復活したといっても、国内スマートフォン市場の環境がかつてないほど厳しい環境にあることは変わっていない。arrows We2のようなローエンドモデルで利益を出すには、一層数を売る必要があるだろう。また、メーカー各社の5月の新製品発表を見ても、メーカー各社が最も売れ筋となるミドル~ミドルハイクラス向けに製品を集中させていることから、arrows We2 Plusの販売を拡大させるにはそれら競合と戦っていく必要もある。


そして、いくらレノボ・グループが調達力に優れているといっても、スマートフォンの出荷台数で世界トップ3に入るサムスン電子やXiaomiなどと比べれば規模は小さいだけに、規模の力だけで勝ち抜けるとも考えにくい。両機種の発売予定時期は8月中旬とやや先になるようだが、事業を維持継続するためには製品力だけでなく、その販売戦略も今後大きく問われることになりそうだ。

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