【連載】佐野正弘のITインサイト 第108回

4Kディスプレイを止めた「Xperia 1 VI」から見える、ソニーのスマホ事業生き残り戦略

ゴールデンウィーク明けから連日、スマートフォンの新製品発表が相次いでいるが、本日5月15日に新機種を発表したのがソニーである。ここ数年来、毎年この時期にフラッグシップモデルの「Xperia 1」シリーズを発表しているソニーだが、今年も同様にフラッグシップモデルの最新機種「Xperia 1 VI」と、ミドルクラスの新機種「Xperia 10 VI」の2機種を発表している。

ディスプレイが変化したフラグシップ機「Xperia 1 VI」

だがその内容を見ると、2023年に発売され、カメラの数が減少し位置付けも大きく変わった「Xperia 5 V」と同様、非常に大きな変化を遂げており多くの物議を醸しそうだ。Xperia 5 Vにデザインが近づいたXperia 10 VIも大きく変わっている部分が多いのだが、より議論を呼びそうなのはXperia 1 VIの変化であろう。

ソニーの新機種の1つ「Xperia 10 VI」。カメラが3眼ではなく2眼になるなど、コンセプトが劇的に変わった「Xperia 5 V」に近いデザインとなっている

といっても、Xperia 1シリーズはカメラや音楽、ゲームなど特定分野に強いこだわりを持つ人に向けたフラッグシップという位置付けで、Xperia 5 Vのように方向性そのものが大きく変わったわけではない。それゆえ、特に同社が力を入れているカメラに関しては、継続して強化がなされている。

広角カメラのイメージセンサーに画素数が4,800万画素で、2層トランジスタ画素積層型の「Exmor T for mobile」を採用している点は前機種の「Xperia 1 V」と変わらないのだが、望遠カメラが強化。Xperia 1 Vが焦点距離85mm~125mmまでの可変ズームであったが、Xperia 1 VIはそれが85mm~170mmにまで伸び、光学7倍ズームまでの撮影に対応できるようになった。

さらに望遠カメラの活用によって、新たにテレマクロ撮影にも対応。マニュアルフォーカスでの操作となることから、オートフォーカスでの撮影に慣れている人にはやや戸惑う部分もあるが、一般的なスマートフォンのマクロカメラと違って歪みなくボケ感のある表現も可能で、従来にない表現ができるのが大きな特徴になるようだ。

望遠カメラを活用したテレマクロ撮影にも対応。フォーカスは手動で合わせる仕組みだが、その分従来のマクロカメラではできない表現なども可能になっているという

同様にオーディオ性能に関しても、新しいスピーカーを搭載して単体でも迫力あるサウンドが楽しめるなど、こちらも継続しての強化がなされている。ではどこが大きく変わっているのかというと、それはディスプレイである。

これまでXperia 1シリーズのディスプレイといえば、アスペクト比が21:9で4K画質というのが大きな特徴となっており、映画の視聴に適しているのはもちろんのこと、専用アプリの「Cinematography Pro」を用いて、映画クオリティの映像を撮影できることをアピールポイントとして打ち出してきた経緯がある。だがXperia 1 VIではそのディスプレイが大きく変わっており、ある意味 “普通” になっているのだ。

Xperia 1 VIを正面から見たところ。ディスプレイは6.5インチだが比率は21:9から19.5:9に、解像度も4KからFHD+に変更されている

実際、Xperia 1 VIのディスプレイを確認すると、6.5インチでアスペクト比が19.5:9、解像度がFHD+の有機ELディスプレイを採用している。比率が変わっているだけに本体サイズも従来よりやや横幅が長くなっており、手にした時の感覚もXperiaシリーズらしくない、一般的なスマートフォンを持っている印象を受ける。

もちろん、ソニーのテレビ「BRAVIA」の技術を取り入れて画質を向上させている点や、画質設定をクリエイターモードにすることで、ソニーの映画撮影用デジタルビデオカメラ「CineAlta」の色調を再現できる点などは、従来と変わっていない。また、ディスプレイの変更によって1~120Hzまでの可変リフレッシュレートにも対応するなど、進化している部分もある。

21:9比率4Kディスプレイを止めた背景とは

だが、21:9比率の4KディスプレイというXperia 1の大きな特徴の1つをなくしてしまったことは、とりわけXperiaシリーズのファンから疑問の声が挙がること間違いないだろう。にもかかわらず、なぜソニーがXperia 1 VIでディスプレイに大きな変更を加えるに至ったのか。ソニー側の説明によると、現在のスマートフォン利用者のニーズに応えることがその大きな理由になっているという。

ニーズの1つはバッテリーの持ち時間だ。4Kという高い画質でリフレッシュレートが固定だった従来のディスプレイでは消費電力が大きく、多くのスマートフォンユーザーが求めるバッテリーの持続時間で不利な部分があったという。

そこで解像度を落とし、リフレッシュレートを可変にできるディスプレイを採用することで、バッテリー消費を減らすことに力を入れたとのこと。実際Xperia 1 VIは、Xperia 1 Vと同じ5000mAhのバッテリーを搭載しながらも、36時間以上の動画再生ができるなど大幅にバッテリーの持続時間を伸ばしている。

ディスプレイの変更によって、バッテリー容量は変わっていないながらも持続時間は大幅に向上。「2日持ち」をうたうなど、バッテリーの持ちには自信を見せているようだ

そして、もう1つのニーズがコンテンツだ。先にも触れたように、Xperia 1シリーズは映画の視聴や、映画感覚での撮影ができることに強くこだわってきたが、スマートフォンとSNSが普及した現在、スマートフォンに向けた動画コンテンツの視聴が急速に増えていることは確かだ。

そうした動画は16:9など、スマートフォンの画面比率に合わせた動画が主流を占めているし、スマートフォンで視聴しやすいよう縦画面向けに制作されたものも多い。またスマートフォン向け動画の人気が高まっていることで、クリエイター側もスマートフォンに向けたコンテンツ制作に適したデバイスを求める傾向が強くなっているという。映画に特化したXpeia 1シリーズのディスプレイが、スマートフォン向け動画が全盛の現状にそぐわなくなってきていることも、変更に至った大きな要因の1つとなっているようだ。

とはいえXperia 1シリーズは、特定分野に強いこだわりを持つ人をターゲットとしてきた部分が強く、それだけ強固なファンを抱えていると考えられる。そうしたファンの反発が生じる可能性があってもなお、ディスプレイを変えて現実路線を取るに至ったのには、やはりスマートフォン市場が非常に厳しい状況にあることも、少なからず影響しているのではないだろうか。

ソニーは、2014年に当時スマートフォン事業を担っていたソニーモバイルコミュニケーションズが大幅な赤字を出して以降、国内外で事業を大幅に縮小して高価格帯のモデルに集中。確実に利益を出せる体制を整えることにより、国内の同業が2023年に相次いで撤退・経営破綻する中にあっても生き残り続けることができている。

だが、スマートフォン市場は世界的に縮小傾向にあるし、ソニーの主戦場となっている国内市場は円安と政府の値引き規制によるダブルパンチで、スマートフォンの価格が大幅に高騰、一層市場が縮小しているのが実情だ。それだけに、フラッグシップのXpeira 1シリーズであってもコア層を狙う “深く狭く” の戦略では、利益を出すのが難しくなってきており、一般消費者にも分かりやすいセールスポイントを増やしてより幅広い層に売る必要が出てきたのではないかと考えられる。

ただそのことが、これまでXperiaシリーズを支えてきた従来のファン離れにつながってしまえば、販売を伸ばすのも難しくなってくるだろう。それだけに、ソニーには消費者と非常に難しいコミュニケーションが求められているのも確かで、かなり悩ましい状況が続くことになりそうだ。

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