【連載】佐野正弘のITインサイト 第104回
円安の今、なぜNothingは日本市場に力を注ぎ始めたのか
透明で特徴的なデザインを取り入れるなど、独自色の強いスマートフォンやオーディオ機器を開発している英国のNothing Technology。同社は2021年にワイヤレスイヤホンの「Nothing ear (1)」で日本市場に参入して以降、2022年からは「Nothing Phone」シリーズを投入するなど、日本市場に向けても製品を積極的に投入してきた。
そして、従来のIT機器メーカーにはない独自性のあるデザインやプロモーションによって、日本でも根強いファンを獲得しつつあるようだ。そこで同社は、日本市場により力を入れる方針を打ち出しており、本日4月18日には、ここ日本でグローバルに向けた新製品発表イベントを実施した。
完全ワイヤレスイヤホン「Nothing ear」新機種、「ChatGPT」との連携を発表
そこで発表がなされたのは、完全ワイヤレスイヤホンの新機種「Nothing ear」「Nothing ear(a)」である。前者はNothing ear (1)や「Nothing ear (2)」などの後継に当たるモデルで、後者はより価格を抑えてカジュアルに利用できるエントリーモデルとういうべき位置付けのようだ。
そしてもう1つ、新たな発表がなされたのが、生成AIチャットサービスで話題の「ChatGPT」と、Nothing earシリーズやNothing Phoneシリーズを連携させる取り組みである。これは、ChatGPTのアプリをスマートフォンにインストールすることで利用できるもので、Nothing earシリーズであればイヤホン上の操作でChatGPTとの対話が可能になるという。
また、Nothing Phoneシリーズの場合、テキスト入力だけでなく音声や画像などを通じた活用もできるそうで、クリップボードやスクリーンショットの内容をChatGPTに送ることができるとのこと。ただしこれらはあくまで、ChatGPTのアプリと連携して実現するものとなるようで、利用できるサービスは、利用者が契約するChatGPTのプランによって変わってくるという。
それゆえ、Googleの「Pixel」シリーズやサムスン電子の「Galaxy」シリーズのように、デバイスと生成AIを深く結びつけたサービスを提供するわけではないようだ。Nothing Phoneシリーズで採用する、チップセットのAIに関する性能が高いわけではないことが影響していると考えられるが、同社ならではのアプローチで生成AIにも取り組もうとしていることは確かだろう。
実は予感があったNothingの日本市場注力姿勢
だが、同社をスマートフォンメーカーという視点で見た場合、今回の発表で注目されるのは、やはり日本で新製品発表イベントを実施し、日本市場に注力する姿勢を明確に示したことだろう。Nothing earとNothing ear(a)はいずれも今回が初披露となる製品で、グローバル向けの発表を日本で実施したこと自体、日本市場重視の姿勢を明確に示したといえる。
実は、Nothing Technologyが日本市場に向けて力を入れようとしている様子は、ここ最近の同社の傾向からも見て取ることができた。それは、2024年のスマートフォン新機種「Nothing Phone (2a)」に、FeliCaを搭載したことだ。
海外ではあまり用いられていないFeliCaをスマートフォンに搭載し、「おサイフケータイ」に対応することは、スマートフォンメーカーの日本市場に対する力の入れ具合を示すバロメーターの1つとなっている。これまで、Nothing Technologyが日本市場に投入してきた「Nothing Phone (1)」「Nothing Phone (2)」はいずれもFeliCaに非対応であったことから、Nothing Technologyはこれまで日本市場への注力度合いが低いものと見られていた。
だが、Nothing Phone (2a)の発売に際しては、CEOのカール・ペイ氏がSNSのX(旧Twitter)上でFeliCaに対応することを明言し、大きな話題となった。実際カール氏は今回の発表会において、FeliCaの搭載によってSNS上で非常に大きな反響を呼んだと話している。
そして今回の発表会ではもう1つ、日本市場への注力を示すもう1つの方針が明らかにされている。それは同社が日本にオフィスを設立し、黒住吉郎氏がマネージングディレクターに就任すると発表したことだ。
黒住氏は元々、ソニーで長年「Xperia」シリーズのスマートフォン開発に携わってきた人物。その後いくつかの携帯電話会社で端末関連の事業に携わるなど、日本のスマートフォン市場での経験が非常に豊富だ。その黒住氏を採用したことも、Nothing Technologyが日本市場開拓に本気で取り組もうという姿勢を示したといえよう。
では一体なぜ、同社が日本市場に力を入れようとしているのか。カール氏と黒住氏からその理由がいくつか挙げられているが、1つは主力製品の1つであるNothing earシリーズにおいて、日本が米国に次ぐ大きな市場となっていること。そしてもう1つは、Nothing TechnologyのWebサイトへのアクセス数が150万を超えており、世界で5番目に多く同社製品に対する関心が高いこと。すでに実績があり関心も高く、同社製品との親和性が非常に高い市場と判断したことで、力を入れるに至ったようだ。
加えていうならば、現在日本のスマートフォン市場は国内メーカーの撤退が相次いでおり、魅力的な端末の選択肢が大幅に減っていることから、新しいメーカーの参入余地は大きい。ただ一方で、現在の日本は円安が急速に進んでおり、海外で製造することが多いIT製品は価格高騰が著しく、販売も大きく落ち込んでいる。
それだけにある意味では、参入タイミングが非常に悪い時期とも言えるのだが、カール氏は「長い目でこのビジネスを考えている。為替の上下はあるが、長期的目線でポテンシャルがあると感じているからこそ進出した」と説明。長期的視野で日本市場に取り組む姿勢を示している。
また同社のスマートフォンを見るに、採用するチップセットは必ずしも最高性能ではなく、透明なデザインや背面の光るインターフェース「Glyph interface」など、デザイン面での付加価値に重きを置いていることから、価格も比較的抑えられている。それだけにカール氏は、「為替の問題によってむしろ、若い人がより安価で手頃、なおかつデザインや機能性に優れた製品を求めていると思う。むしろチャンスになるのではないか」とも説明、現在の状況をポジティブに捉えているようだ。
ただもう1つ、同社が日本市場で販売を拡大する上で課題となってくるのが販路、より具体的に言えば携帯電話会社へのスマートフォン供給である。Nothing Phoneシリーズの販路は、現在のところ家電量販店などのオープン市場が主だが、日本のスマートフォン市場はオープン市場が非常に小さく、販売数を増やすには大手携帯電話会社との取引を避けては通れないだろう。
この点について黒住氏は、今後携帯大手との取引を視野に入れていると話すが、体制が整わない状態でそれを始めてしまうと携帯電話会社、ひいては顧客にも迷惑がかかってしまうと説明。そのためにも「我々の体制を持たないといけない」と、まずは日本での体制を整える必要があるとしている。
だが競合の動向を見るに、日本メーカーのFCNTを吸収したレノボ・グループや、日本市場での経験が豊富な日本人を日本法人のトップに据えたXiaomiなど、後発の中国メーカーがここ最近、日本市場攻略に向けた体制を急ピッチで構築してきている。日本市場へは長期的視野で取り組むとしているNothing Technologyだが、日本での事業拡大のためには、競合に負けない体制整備を急ぐ必要があるといえそうだ。