金持ちに金集まる仕組み?

Apple Musicの「空間オーディオボーナス」、インディーズには不評。1曲あたり約1000ドルの追加制作費など

Image:Jack Skeens/Shutterstock.com

アップルは先週、音楽アーティストやレコード会社が空間オーディオ形式で制作した楽曲には、楽曲使用料を最大10%上積みするという、いわゆる「空間オーディオボーナス」の仕組みを導入すると発表した。

空間オーディオとは、通常の2chステレオ方式とは異なり、Dolby Atmosを適用して空間的な広がりを持って聞こえるように制作された音楽トラックのこと。アップルはApple Music、およびAirPods、iPhone、Macなど自社のハードウェア製品で空間オーディオへの対応を推進している。

空間オーディオボーナスの導入により、音楽レーベル/アーティストは楽曲をApple Musicのカタログに加える際、最初から空間オーディオ対応のマスターデータを含めてアップロードすることで、その再生回数に応じて得られる収益に空間オーディオボーナス分が上乗せされるようになる。

一聴しただけならば、このしくみは誰にとっても有益なように聞こえる。だが、Financial Times(FT)によると、大手独立系(インディーズ)レコード会社の幹部はこれが「インディーズレーベルとそのア​​ーティストから金を奪い、市場の最大手企業に利益をもたらすことになる」と不満を述べていると伝えた。

この幹部いわく、空間オーディオでの音楽制作は、1曲あたり約1000ドル、アルバム1枚あたり約1万ドルの追加料金がかかるのだという。また、ロンドンに拠点を置く独立系レコード会社のBeggers Groupは、既発曲を再度リマスタリングして制作する場合、その合計費用はアルバム1枚あたり約2万ドルにのぼるとし、自社で抱えている3000枚のバックカタログをすべてにこの技術を適用しようものなら、3000万ドル以上を負担しなければならないとした。

なお、アップルが提供する空間オーディオボーナスは、トラックレベルではなくカタログレベルで適用されるという。これはレーベル単位ではなく、ディストリビューターレベルの話だ。ディストリビューターは、煩雑になりがちなApple MusicやSpotifyといった配信サービスとの連携作業を、簡単な登録だけで代行するサービスを提供する業者を指す。

音楽業界に関する情報サイトCMUによると、空間オーディオボーナスとして発生する10%の追加支払いは、音楽ストリーミングサービスに対するコンテンツプロバイダーであるディストリビューターが抱えるカタログのうち、半数以上が空間オーディオを利用可能なトラックで構成されている必要があるという。

つまり、レーベルまたはアーティストが独自にApple Musicと契約していなければ、自腹で全楽曲を空間オーディオに対応させたとしても、ディストリビューターの持つカタログ全体で50%以上が空間オーディオに対応していなければ、そのディストリビューターを利用するレーベルやアーティスト全員がボーナス対象にならないことを意味する。

加えて、10%の空間オーディオボーナスはアップルが別に用意するのではなく、権利所有者が利用するロイヤルティプールの総額から差し引かれるという。

このプールは、従来より楽曲に関する権利者への支払いのために用意されているもので、そこからボーナス分が持って行かれれば、ボーナスを受け取る資格がないレーベルやアーティストへの配分が減り、規模の小さなインディーズばかりが損失を被る可能性がある。

CMUと話した情報筋によると、Appleの基準をクリアできるような空間オーディオを既存のステレオマスターから制作する、手頃な価格のサービスは現時点では存在しないという。 AIを使って空間オーディオ化できると主張するサービスはあるにはあるが、それではアップルの基準を通過できないのだそうだ。

9to5Macは、一部のレコード会社幹部は空間オーディオの芸術的価値に疑問を呈していると伝えている。その幹部いわく、それは「デジタル3Dバージョンの『モナ・リザ』を吊るし、ルーヴル美術館の常連客がそれを見て喜ぶことを期待している」ようなものだそうだ。

ちなみに、不満を述べているインディーズには、アデルやヴァンパイア・ウィークエンドが所属するXLをはじめ、ボン・イヴェール、エズラ・コレクティブ、フィービー・ブリジャーズら大物アーティストの、それぞれのレーベルも含まれており、これらの独立系レーベルは新しいポリシーの変更を求めて、アップルと協力したいと述べているという

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