【連載】佐野正弘のITインサイト 第83回

総務省の新たな「モバイル市場競争促進プラン」、国内スマホ産業を衰退に追い込む可能性

スマートフォン本体の大幅値引きや端末購入プログラムを加えることで、電気通信事業法で定められた通信契約に紐づいた値引き上限を超えて「一括1円」「実質1円」など激安に販売する、いわゆる「1円スマホ」と呼ばれる販売手法。その販売手法が、転売ヤーによる買い占めを招くなどの問題を招いていたことから、その規制に関する議論が総務省で進められていた。

総務省が公表した「モバイル市場競争促進プラン」の影響

その結果として先日11月7日、総務省は「日々の生活をより豊かにするためのモバイル市場競争促進プラン」を公表している。これは、内閣府の「デフレ完全脱却のための総合経済対策」に、携帯電話の料金やサービスの競争促進が盛り込まれたことを踏まえ、総務省が速やかに取り組む対策を示したものとされている。携帯電話会社の乗り換えを促進して、通信料金の競争を加速することが大きな趣旨となっているようだ。

総務省の「日々の生活をより豊かにするためのモバイル市場競争促進プラン」全体像。スマートフォンの値引き規制だけでなく、事業者間乗り換えの円滑化や公正競争整備などに関する内容が盛り込まれている

その内容を見ると、1円スマホに関してはスマートフォンの値段を大幅に値引く手法(総務省では『白ロム割』と呼んでいる)を、通信契約に紐づいた値引きの規制対象とするようだ。これによって、どれだけスマートフォンを値引いて販売したとしても、番号ポータビリティで転入してきた人に対しては法規制の上限以上値引きをできないようになるので、大幅値引きを無効化できるというのが総務省の狙いといえるだろう。

その一方で、通信契約に紐づいた値引き上限は2万円から“原則”4万円に変更される。具体的には、8万円以上のスマートフォンは4万円を値引きできるが、4万円から8万円までのスマートフォンの値引き額は端末価格の50%、そして4万円以下のスマートフォンは2万円と、価格によって値引き額が変化する仕組みとなった。

総務省「日々の生活をより豊かにするためのモバイル市場競争促進プラン」より。1円スマホ規制のため「白ロム割」が規制対象となった一方、通信契約に紐づく値引き額上限は“原則”4万円となった

ただ、当初総務省は、値引き額上限を一律4万円に引き上げる案を出していた。これに、端末値引きの一層厳しい規制を求める有識者や、値引き額の増加で競争力が損なわれるとするMVNOや楽天モバイル、そしてNTTドコモやKDDIからも反発の声が挙がり、結果見直しを余儀なくされ値引き上限を段階制にするなど、より厳しい内容となった経緯がある。

そしてもう1つ、このプランでは「端末流通市場の活性化」として、「中古端末の安心・安全な流通の促進」についても触れている。その内容を見るに、「近年、端末価格が高騰傾向であり、中古端末の需要は増加」「国民が低廉で多様な端末を選択できるようにするため、中古端末の更なる流通促進が重要」とされており、中古端末の安心・安全な流通を促進するための業界団体へのサポートや、中古端末を適切に処理するためのガイドライン改正を促進することに取り組むとされている。

総務省「日々の生活をより豊かにするためのモバイル市場競争促進プラン」より。中古スマートフォンの需要が増えていることから、その流通促進を一層加速することに力を入れる方針を示している

一方で、新品のスマートフォンに対する端末流通市場の活性化に関する施策が、何ひとつ記載されていないのが非常に気になる。円安が直撃して新品のスマートフォンの価格は劇的に上がっており、その影響で販売も大きく落ち込んでいるのが実状なのだが、総務省はその影響で盛り上がっている中古スマートフォンの販売を推進し、市場活性化に一層力を入れようとしている様子だ。

実は、「新品より中古」という総務省の方針は、今に始まったものではなく、以前より中古スマートフォンの市場活性化に力を入れてきた経緯がある。総務省は新品のスマートフォンの値引きに非常に厳しい規制を敷く一方、中古スマートフォンの販売を活性化させることで、「国民が低廉で多様な端末を選択できる」と考えている様子だ。

だが、実際にそうなのか?という点には、大いに疑問符が付くし、総務省によるスマートフォン新品の値引き規制が、スマートフォンの多様性を失わせていることは市場が既に証明している。実際、日本にはここ最近、折り畳みスマートフォンなど新しいスタイルの端末があまり入ってきていないのだが、それは値引き規制と円安の影響で、日本では値段が高い新しいスタイルの端末が「売れない」と端末メーカー側が判断し、投入を見送っているためだ。

日本市場に参入しているオッポなどは海外で折り畳みスマートフォンを投入しているが、値引き規制と円安でハイエンドモデルが売れなくなった日本では投入を見送っている

そしてもう1つ、厳しい値引き規制が国内メーカーの撤退を促していることも、端末の多様性を失わせる大きな要因となっている。2023年に国内スマートフォンメーカーが相次いで撤退・経営破綻したのは、総務省がスマートフォンの値引きに厳しい規制を入れたことで、メーカー側がやむなく利益率が低い低価格スマートフォンの開発を強化したところ、円安が直撃して利益を出せなくなったため。値引き規制が非常に大きく影響しているのは間違いない。

京セラは2023年にコンシューマー向けスマートフォン市場からの撤退を発表。高耐久スマートフォンの「TORQUE」シリーズ新機種はKDDIから販売されたが、同社が今後開発するスマートフォンはあくまで企業に向けたもののみとなる

中古スマートフォンに傾倒する総務省の姿勢は、他にも大きな問題を引き起こす可能性があり、それは5Gの普及に非常に大きなマイナスの影響をもたらすことだ。理由はシンプルで、中古スマートフォンの販売ランキングを見ると、4Gスマートフォンの方がよく売れているからだ。

とりわけ、国内で最もシェアが高いアップルのiPhoneシリーズは、OSのアップデート期間が長く、古い機種でも長く利用できることから、中古市場でも古い機種が人気を維持し続けることが多い。実際、2023年に提供された「iOS 17」でアップデート対象外となる以前は、2017年に発売された5G非対応の「iPhone 8」シリーズが、中古市場のランキング上位を占めることが多かった。

最近では、それに代わって第2世代の「iPhone SE」が、販売ランキングの上位を占めるケースが増えているが、こちらも2020年の発売ながら5Gには対応していない。それでも、OSのアップデート対象で安心して使える上、何より安いことから、販売は増えているものと推測される。日本人が“iPhone大好き”であることを考慮するならば、中古市場が活性化するほど4Gから移行しない人が増え、5Gの普及に負の影響を及ぼすことは確実だろう。

中古スマートフォン販売サイト「にこスマ」を運営するBelongが公表した、2023年10月の中高スマートフォン販売ランキング。5G非対応の「iPhone 8」「iPhone SE(第2世代)」が上位を占め、トップ10に入る5G対応スマートフォンは半数を切っている

総務省のさまざまな有識者会議で、5Gの普及拡大の重要性が訴えられているが、その普及に向けては、真に魅力的で多様な最新の5Gスマートフォンの販売が活性化し、ユーザーの手に届くことが強く求められるはずだ。

だが総務省は、「モバイル市場の寡占的な状況が継続していることを踏まえ、競争を一層促進させるための実効性の高い対策」、つまり、携帯大手3社のシェア高止まりが続いていることの解消を何より優先しているようで、値引き規制一辺倒の姿勢を崩すつもりはない様子である。

そうした総務省の硬直化した姿勢で、日本のスマートフォン産業が確実に衰退に追い込まれようとしていることが、とても気がかりでならない。

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