【連載】佐野正弘のITインサイト 第82回

インフレに強い「MVNO」、携帯各社の値上げで再び盛り上がる可能性

2023年は、菅義偉氏の政権下で携帯電話料金引き下げの要請がなされた2021年以降、携帯4社が料金プランの変更が相次いだことで注目を集めた。その一方で、やはり2021年に料金プランを大きく変更したMVNOの動きはあまり活発ではなく、新料金プランなどを打ち出した企業は少ない。

MVNO「NUROモバイル」が2つの新料金プランを提供

そうした中にあって、ここ最近新料金プランを打ち出したのが、ソニーネットワークコミュニケーションズの「NUROモバイル」である。同サービスは11月1日、新たに料金プランに関する2つの施策を打ち出している。

MVNOの「NUROモバイル」は2023年11月1日に記者説明会を実施し、2つの新料金プランを提供することを打ち出している

その1つは、主力の料金プラン「バリュープラス」に新料金プランを追加したことだ。これまでバリュープラスは、通信量3GBで月額792円の「VSプラン」から、通信量10GBで月額1,485円の「VLプラン」まで、3種類のプランが用意されていた。11月からは新たに「VLLプラン」が追加されるという。

これは名前の通り、VLプランの上位プランという位置付けとなり、通信量は15GBで月額料金は1,799円。3か月に1度データ通信量が追加される「Gigaプラス」も、容量は9GBと他のプランより多くなっている。

主力の「バリュープラス」には新たに、通信量15GBの「VLLプラン」を追加。低価格でも多くの通信量を利用したい人に向けたプランだ

だがNUROモバイルには、通信量20GBで月額2,699円の「NEOプラン」も存在している。通信量と料金を見ると、NEOプランよりバリュープラスのVLLプランの方がお得感が高いようにも見え、ユーザーが安いVLLプランに移ってしまうのではないか?とも感じてしまう。

NUROモバイル側の説明によると、NEOプランはバリュープラスより高い通信品質を維持する仕組みが整っているほか、通信量をカウントしない「データフリー」の対象SNSが多いなど、よりデータ通信を積極的に利用する人に向けた仕組みが充実しているという。それゆえ、NEOプランはスマートフォンを積極的に利用する人、VLLプランはそこまで積極的に利用するわけではないものの、動画などの利用が増え、従来のバリュープラスよりも大容量を必要とする人に向けたプランという位置付けになるようだ。

20GBの「NEOプラン」はVLLプランに近いが、高品質の通信を維持する仕組みが整っているなど、いくつかの差異化要素があるという

そしてもう1つは、「かけ放題ジャスト」というプラン。これは、NUROモバイルが従来提供していた通話定額の「かけ放題プラン」のバリエーションを増やしたもので、新たに5分間通話定額の「5分かけ放題プラン」と、10分間の通話定額となる「10分かけ放題プラン」の2つが提供される。

新たに追加された2つのプランは、いずれも通信量は1GB。さらにLINEのデータフリーが付くことから、LINEでコミュニケーションをする際、通信量を気にする必要がなく安心感が高い。内容的にも、NEOプランやバリュープラスとは狙っているターゲットが大きく異なり、スマートフォンをあまり利用しないが通話頻度は多い高齢者層などを対象としたプランといえるだろう。

「かけ放題ジャスト」は5分間と10分間の通話定額プランが追加。通信量は1GBだがLINEのパケットフリーが利用できるなど、コミュニケーションに関連するサービスが充実している

NUROモバイルは、店舗を持たずオンライン主体で運営している。それだけに、スマートフォンにあまり慣れていない人を対象にするとなると、契約やサポート面をどうするのか?という課題は残る。ただ、ソフトバンクの3Gサービス終了が2024年1月末に迫るなど、環境変化によってスマートフォンに乗り換える動きも継続しているだけに、そうしたユーザーをうまく獲得することに重点を置いたプランとなりそうだ。

従来プランを維持できるMVNOの事業構造

これらプランの内容を見ると、基本的には環境変化に応じて、既存プランの強化を図る狙いが大きいと感じる。バリュープラスのVLLプランはより大容量を求めるニーズに応えたものといえるし、かけ放題ジャストも通話定額を軸に、従来取り込めていなかったスマートフォン初級者などを取り込む狙いが大きいものだ。

一方で、既存プランの内容や仕組みにはあまり変更を加えていない。元々NUROモバイルの料金プランは、データ通信量の繰り越しに加え、データフリーやGigaプラスなど特徴的な仕組みが備わってはいる。一連の新プランでもそれら仕組みは維持しているし、既存プランの料金も維持されるようだ。

2023年の携帯各社の新料金プランを振り返ると、通信量増大のニーズに合わせて通信量の増加を図る点は共通している。だが、同時に基本料金も値上げする方針を取ることが多かった。その代わりとして、自社系列の金融・決済サービスの利用により料金を割り引くことで、なんとか従来の料金を維持することに力を入れており、料金プランの複雑化が再び進み始めた感は否めない。

ソフトバンクの新料金プラン「ペイトク」は、以前のプランと比べ基本料が大幅に上がっているが、「PayPay」の還元率が高くPayPayで多く買い物をすると安くなる仕組みだ

なぜ携帯大手の料金が値上げや複雑化などネガティブな変化を遂げているのに、MVNOの多くは値上げすることなく、従来のプランを維持できているのだろうか。もちろんMVNO側の企業努力もあるのだろうが、より大きく影響しているのがMVNOの事業構造である。

携帯電話会社は、自ら基地局などの設備を全国に設置してネットワークを構築し、サービスを提供している。一方でMVNOは、その携帯各社からネットワークを借りている。それゆえ携帯各社は、基地局などを動かすのに必要な電力などのコストが上がってしまうと、その分コストがかさんでしまうが、そうした設備をあまり持っていないMVNOは、エネルギーコストの影響を受けにくい。

もう1つ、大きな違いとなっているのが実店舗の有無だ。携帯各社は全国に独自の携帯電話ショップを運営しているが、ここ最近のエネルギーコスト増に加えて円安等の影響による物価の上昇、さらに賃金引上げの影響による人件費の上昇などが直撃。携帯電話ショップの運営コストが大幅にアップしており、携帯各社が値上げに踏み切る大きな要因となっているようだ。

だが、大半のMVNOは店舗を持っていない。販売やサポートがオンライン主体なのでコスト増の影響を受けにくいことから、低コスト体制を維持し低廉な料金プランを提供し続けられるわけだ。加えて、携帯各社からネットワークを借りる際に支払うデータ接続料が年々減少傾向にあることも、MVNOには有利に働いているといえよう。

そうしたことから、インフレが進めば進むほど、低コストを維持しやすいMVNOには有利な市場環境になるともいえそうだ。政府の料金引き下げ要請以降、携帯各社が低価格戦略を強化したことで苦戦が続いているMVNOだが、現在の状況が続けば再び大きな盛り上がりを見せるかもしれない。

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