将来的に宇宙探査などにも応用できるかも

AIドローンパイロット、人間チャンピオン3人にレースで勝利。コース学習はわずか1時間

Image:UZH Robotics and Perception Group(YouTube)

1996年にIBMのDeep Blueがチェス世界チャンピオンのゲイリー・カスパロフを打ち破って以来、AIは少しずつその適用分野を拡大し、人間が持つ優位性を削り取っている。科学ジャーナルNatureに報告された研究事例では、スイス・チューリッヒ大学(UZH)とインテルの研究者グループは、AIドローンパイロットシステム「Swift」を開発し、ドローンレース競技者とその腕前を競っている。

UZHはSwiftを数年かけて開発している。その初期はドローンが飛行する最適な軌道を計算し続けるよう単純化された物理モデル依存のシステムだったが、新しいバージョンではドローンに取り付けられたカメラアレイの映像をリアルタイム分析して空間内のオブジェクトや位置を把握し、ドローンを操縦するようになっている。そしてこの仕組みを採用した2021年のバージョンは、アマチュアのドローンパイロットとの対戦を制するまでになっていた。

最新版のSwiftは、その重量で飛行速度をスポイルしていたカメラアレイを除去、前方の映像のみとし、これと慣性計測ユニットからの情報で空間内の位置を特定するオンボードニューラルネットワークを使用する仕組みに変貌している。またすべてのデータはディープニューラルネットワークを構成する中央システムに送信され、最短かつ最速の飛行ルートを割り出すことが可能になっているという。

Swiftの開発に関して、チューリッヒ大学のダヴィデ・スカラムッツァ氏は、ドローンのような物理的なスポーツはチェスや囲碁などボードゲームや単純なビデオゲームに比べて予測が非常に難しく、くり返し学習で高い能力を得るAIシステムには非常にチャレンジングな対象だとし「AIは物理世界と対話することでそれらを学ぶ必要がある」と述べている。

Image:UZH, Leonard Bauersfeld

とはいえ、ドローンレースのコースを事前にゆっくりと練習する機会はあまりないため、研究チームは仮想空間にコースを構築し、そのなかでのシミュレーションを通じてAIを集中的に強化した。この方法ならば、時間を早めてシミュレーションすることが可能になる。まるで映画『マトリックス』で主人公のネオが各種格闘技を習得するシーンのように、Swiftは現実時間なら1か月におよぶトレーニングを、わずか1時間でこなした。

そして、Swiftドローンは2019年ドローンレーシングリーグチャンピオンのアレックス・ヴァノーバー、2019年のMultiGPドローンレーシングチャンピオンのトーマス・ビトマッタ、そして3度のスイスチャンピオンであるマルヴィン・シェッパーとの対戦に臨んだ。

レースは2022年6月5日から13日にかけて行われ、チューリッヒ近くのデューベンドルフ空港の格納庫内に特設された、25m×25mのエリアに正しい順序で通過する必要のある7つの正方形ゲートを配置したコースで行われた。コースの途中には、スピード全開で飛行中にドローンを上下半転させ、後方宙返りをするように降下し、いま来た方向へと引き返す「Split-S」と呼ばれるテクニックが有効な区間も設定された。

レースの結果は、Swiftは全体の最速ラップタイムでチャンピオンのタイムを0.5秒上回る記録を達成することができた。しかし、コース内外の環境条件がトレーニング時と著しく異なる場合、たとえば照明が明るすぎたりした場合に、AIの判断能力が乱れる場合があった。

スカラムッツァ氏は「ドローンはバッテリー容量に限界があり、ほとんどのエネルギーを空中に滞空するために必要とします。したがって、速く飛行することで彼らの有用性を高めることが可能です」と述べている。

研究チームはアルゴリズムの開発を続け、将来的に救助活動、森林監視、宇宙探査、映画制作などでのAIによる自律飛行の活用拡大を目指すとしている。

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