【連載】佐野正弘のITインサイト 第70回

「Rakuten最強プラン」でコスト削減に成功も…楽天モバイルの不安が拭えない理由

7月末から8月にかけて、携帯各社とそのグループが決算を発表した。その内容に差はあるが、大手3社は政府主導による携帯料金引き下げの影響による売上減少のペースが鈍化しており、回復に向かいつつあるようだ。

“意外な” 好調をアピールする楽天グループ。新料金プランの好影響とは

そしてもう1つ、意外にも好調をアピールしているのが、楽天モバイルを有する楽天グループである。同社は、楽天モバイルの先行投資で大幅な赤字が続いているが、今四半期の営業損益は1,251億円と、前年同期の1,987億円から大幅に改善が進んでいる。

その理由は、2023年6月に提供を開始した楽天モバイルの新料金プラン「Rakuten最強プラン」にあるようだ。これは、KDDIと新たなローミング契約を締結することで、ローミングエリアでも高速データ通信が使い放題になるプランだが、楽天モバイルはこの新しいローミング契約によって、自社で全国のエリア整備を急ぐ必要がなくなった。

楽天モバイルは2023年6月1日に提供開始した「Rakuten最強プラン」で、KDDIとのローミングをフル活用するようネットワーク戦略を転換している

その結果、ネットワーク投資コストの大幅削減を実現したようだ。これまで、楽天モバイルのネットワーク関連コストは月間で390億円かかっており、それを2023年12月末までに150億円削減する計画を立てていたのだが、2023年6月末時点で既に129億円の削減を実現。既に9割近くの削減を実現したことに加え、残り1割強の削減見通しも立っているとしており、ローミングのフル活用に戦略転換したことで、コスト面での余裕が出てきた様子を見せている。

戦略転換によって楽天モバイルはネットワーク投資コストの大幅な削減に成功。2023年6月末までに月間129億円のコスト削減を実現したという

そうしたことから楽天モバイルは、コスト削減に非常に重きを置いてきたここ最近の戦略を転換し、秋以降に大規模キャンペーンの実施を打ち出すなど、再び攻めの戦略に打って出る様子を見せている。さらに言えば、新しいプラチナバンドとなる700MHz帯の免許割り当て指針が打ち出され、秋以降の割り当てが見込まれていることから、楽天モバイルにはプラスの材料が増え風向きが変わってきたことは確かだろう。

コスト削減に目途をつけたことで、秋以降は大規模キャンペーンを実施するなど再び拡大路線への転換を打ち出している

未だ拭えない懸念の声。経営不振で取るべき2つの手段

ただ、それだけで楽天モバイルの今後が明るいかと言われると、そうとは言えない現実があるのもまた確かだ。とりわけ懸念の声が多く挙がっているのが、楽天グループが楽天モバイルのための資金調達で発行した社債の償還、要は借金を返す必要があることだろう。

その額は、今後5年間で1.2兆円と非常に大きな額であり、楽天グループはここ最近、社債償還のためあらゆる手を尽くして資金調達を進めている。その1つは増資による資金調達であり、これまでにも日本郵政などからの出資を受け入れているが、2023年5月には公募のほか、東急やサイバーエージェントなどからも出資を募り、最大でおよそ3,300億円の調達を打ち出している。

もう1つは、子会社の上場による資金調達である。既に楽天グループは楽天銀行の上場を実現したが、それに加えて7月4日には、楽天証券ホールディングスの東京証券取引所への上場申請をしたことを明らかにしている。

そして、次の上場予備軍と見られているのが、楽天カードである。楽天カードは先日8月10日、スマートフォン決済の「楽天ペイ」などの事業を担う楽天ペイメントを子会社化すると発表しており、この動きが楽天カードの上場を見込んだものではないか?という見方が少なからずあるようだ。

楽天カードは「楽天ペイ」などを手掛ける楽天ペイメントを子会社化すると発表したが、この動きが楽天カードの上場に向けたものと見る向きは少なからずあるようだ

楽天グループは多くの事業を持つことから、その資産を活用して無利子での資金調達を進め、社債償還に対応していく方針のようだが、その策にも限界が見えつつある出来事も起きている。というのも、楽天グループに約1,500億円の出資をした日本郵政は、楽天グループの株価が大幅に落ち込んだことで、2023年6月30日に850億円の特別損失を計上したと発表している。

日本郵政の2023年度第1四半期決算説明会資料より。楽天グループに出資している日本郵政は、楽天グループの株価の大幅下落によって850億円の特別損失を計上、経営に大きなダメージを受けている

楽天グループに出資する企業が、株価の低迷で経営にダメージを受けてしまえば、今後新たに出資しようという企業も現れなくなってしまう。それだけに日本郵政の特別損失は、楽天グループにとっても今後の資金調達を難しくし、不安を高める出来事になったといえよう。

楽天グループの代表取締役会長兼社長である三木谷浩史氏は、一連の経営不安に対して「経営に絶対的な自信を持っている、としか言えない」と答えており、携帯電話事業にチャレンジする姿勢をもっと評価して欲しい様子を見せている。だが、楽天モバイルの事業が成功とは言い難い段階にあり、資金面でも非常に厳しい状況にあることは間違いなく、株式市場としては厳しい評価をせざるを得ないのだろう。

2023年8月2日の「Rakuten Optimism 2023」で講演する三木谷氏。楽天モバイルの事業に強い自信を示すが、周辺状況を見ると不安要素が非常に多いのも確かだ

もし今後、楽天モバイルの厳しい状況が変わらず、楽天グループ全体で経営が追い詰められた場合、取るべき手段は大きく2つあると考えられる。その1つは、楽天モバイルを売却するなどして手放すこと。楽天グループの他の事業はおおむね好調であることから、携帯電話事業を諦めれば同社の経営はかなり身軽になると考えられる。

だが正直なところ、楽天モバイル単体の買い手が現れるのか?と考えると、非常に難しいと言わざるを得ない。買い手として有力視されるのは、携帯電話事業を展開している大手3社のいずれかだろうが、楽天モバイルは契約回線数がおよそ500万と顧客基盤が薄いことに加え、完全仮想化されたネットワークも独自性が強く、3社の既存ネットワークに組み入れるのは難しいだろう。

それゆえ、買収するメリットとして考えられるのは、基地局を設置するロケーションと4G・5Gの周波数免許が手に入ることくらい。だが、楽天モバイルのエリアが狭いのでロケーションのメリットはあまり大きくない上、楽天モバイルが免許を持つ周波数帯の免許は、他社に買収されたら国に返さなければならないという条件が付けられている。

実は、2013年にソフトバンクがイー・アクセスを買収した際、当時イー・アクセスが保有していた周波数帯の免許が、そのままソフトバンクに移ったことで「周波数免許をお金で買う」かたちとなり、行政でも問題視された。その反省を踏まえ、総務省は楽天モバイルに1.7GHz帯を割り当てた2018年の周波数免許割り当て以降、免許を割り当てられた事業者が他の移動通信事業者に事業を譲渡した場合、免許を取り消すことを割り当て指針に盛り込むようになったのだ。

総務省「第4世代移動通信システムの普及のための特定基地局の開設に関する指針の制定について」より。楽天モバイルが1.7GHz帯の免許を獲得したこの指針では、過去の反省から他社に事業譲渡した際に免許の認定を取り消すことが条件に盛り込まれている

それゆえ、楽天モバイルを他の3社が買収したとしても、周波数免許が手に入らないので魅力はほとんどなく、買収に乗り出す可能性は低いだろう。となると最も現実的なのは、もう1つの選択肢である楽天グループそのものを売却することではないだろうか。

先の理由から、携帯3社にとって楽天モバイル単体の魅力は低いが、楽天グループ全体となれば話は大きく変わってくる。なぜなら携帯3社は、いずれも通信事業の売上が落ちていることから、ポイントを軸に顧客を自社サービスで囲い込む、いわゆる“経済圏”ビジネスに力を入れているからだ。

そして、経済圏ビジネスで最も成功しているのが、「楽天経済圏」を構築している楽天グループである。楽天グループは、楽天経済圏を構成するEコマースや金融、決済など豊富な事業と、多くの顧客を持ち合わせているので携帯3社にとっても魅力は非常に大きい。

楽天グループごと傘下に収められるなら、楽天モバイルを救済してもいいという企業が出てくる可能性は高い。だがそれは、楽天グループが楽天モバイルの事業を諦めることが即、三木谷氏が主導してきた現在の楽天グループの体制が終わりを迎えることも意味しているだけに、楽天グループ側は何としても阻止したいところだろう。

もちろん、楽天モバイルの不振が今後も続くとは限らないし、順調に顧客獲得が進み売上が高まっていけば、ひいては楽天グループを巡る不安も払しょくされる可能性も十分ある。とはいえここまで触れてきた通り、回復傾向にあるといっても楽天モバイル、そして楽天グループが非常に厳しい状況にあることは確かで、綱渡りの経営がまだまだ続くことは間違いないだろう。

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