【連載】佐野正弘のITインサイト 第69回

大都市で通信品質が著しく低下、その対策を進めたNTTドコモが抱える本質的な課題

長年高いネットワーク品質が評価されてきたNTTドコモ。だがここ最近、そのNTTドコモのサービス利用者から都市部で「つながりにくい」「遅い」など強い不満の声が多く聞かれるようになった。

都市部での品質改善を急ぐNTTドコモ

事態を重く見たNTTドコモは、4月26日に記者説明会を実施し、夏頃までに都市部での品質改善を急いで進めるとしていた。そして梅雨も明けて“夏”となった7月28日、同社は対策に重点を置いていた都内の4エリア(新宿・渋谷・池袋・新橋)で通信品質が改善したことを明らかにし、改めて記者に向けた説明を実施している。

通信品質向上に向けた対策について説明したNTTドコモの松岡氏、佐々木氏、福重氏

同社の発表内容によると、対策をした4エリアのいくつかの地点で速度調査をした結果、5G端末で10~100Mbps以上、4G端末で10Mbps以上の通信速度が出るようになったとのこと。渋谷駅の山手線・埼京線ホーム中央付近は、まだ時間帯によって利用しづらい場合があるが、これは渋谷駅の改良工事の影響で屋内アンテナを取り外す必要が生じたためだそうで、今年9月に改めてアンテナを設置し対策する予定だという。

NTTドコモが進めた対策によって、通信品質が著しく低下していた4エリアの通信速度は改善が進んでいるそうで、渋谷のハチ公口周辺ではLTEのスループットが最大10倍向上したとのこと

しかしなぜ、NTTドコモのネットワークがそれだけつながりにくくなってしまったのか。NTTドコモのネットワーク本部 無線アクセスデザイン部 エリア品質部門 エリア品質企画担当 担当課長である福重勝氏は、その要因にトラフィックの“読み違え”を挙げている。コロナ禍が徐々に明けて人流が戻ったことにより、都市部でのトラフィックの増加ペースが、同社の推測よりも大きく上回ってしまったのだという。

想定していなかったトラフィックの急増で、通信容量がひっ迫する一方、地権者との交渉に時間がかかり、通信量の増大につながる5Gの基地局整備には時間がかかっていた。それに加えて、都市部で相次ぐ再開発によって基地局の撤去や、人流の変化などが起きたことなどから、通信トラフィックのバランスが崩れ通信速度が著しく落ちるエリアが急増したようだ。

そこで同社では、混雑が著しく通信品質が低下していた先の4エリアに人員を集中投入し、ネットワークのチューニングを繰り返して改善を図ってきたという。具体的な取り組みの1つは、アンテナの角度を調整することで、負荷が少ない基地局のエリアを広げて、負荷が大きい基地局の負担を減らすというもの。2つ目は、電波の出力を調整することで、やはり負荷が少ない基地局にトラフィックを流すというもの。そして3つ目は、基地局のアンテナの向きを変えることで、基地局のカバーエリアを調整しトラフィックのバランスを調整するというものになる。

実施した対策は基地局のアンテナの角度や出力を変えるなど、従来通りのチューニング手法ではあるが、それを多くの人数を投じて短期間で実施したのが大きいという

それに加えて、特定の周波数にかかっている負荷を他の周波数に分散する施策も実施。一連の事象では特定の周波数帯、とりわけプラチナバンドと呼ばれる広範囲をカバーするのに適した800Mhz帯に、大きな負荷がかかっていたとされているが、他の周波数帯に空きがある場合は端末がそちらを利用しやすくするよう制御することで、より多くの人が同時に接続しても安定して利用できるようにしたとのことだ。

求められる基地局整備の増強

いずれの手法も従前からチューニングの手法であり、特段新しい策を取ったわけではないものの、多くの人的リソースを投入して短期間でチューニングを繰り返したことで、早期改善を図ったのだという。だが本質的な対策をするためには、やはり基地局などの設備増強が求められることから、トラフィック対策のための基地局整備も前倒しで進めているという。

抜本的な対策には基地局などの追加が必要で、NTTドコモでも前倒しで進めることで対処を図っているものの、やはりビルオーナーとの交渉が必要で時間がかかるという

だが、それでも対策し切れていない場所が存在しており、4エリアの中でも通信速度の低下が起きている場所がまだいくつか点在していることは、NTTドコモ側でも認識しているという。だがその解決のためには、基地局の追加や基地局構成の抜本的な変更などが必要で、チューニングとは違って容易に対策が進められないようだ。

また先にも触れた通り、地権者との交渉がうまく進まず、通信容量が大きい5Gの基地局を計画通りに設置できていないことが、一連の問題が発生する原因の1つにもなっている。NTTドコモのネットワーク本部 無線アクセスデザイン部 エリア品質部門 担当部長の佐々木和紀氏も、「5Gのエリア整備は前倒しで進めてきたが、ビルオーナーとの折衝などがあり思うように整備ができなかった」と話している。そうしたことを考えると、5G基地局を設置する場所を確保しづらくなっていることが、一連の問題の根幹にあるといえそうだ。

携帯電話の基地局は、さまざまな場所に設置されているが、とりわけ都市部の場合、民間のビルの屋上などに場所を借りて設置することが多い。それゆえ、基地局などを設置するにはまずビルオーナーの許可を取り、安全性を保つためビルの構造や、設置する屋上の耐荷重などを計算して設置する必要があることから、携帯電話会社側の思惑通りに設置できるわけではない。

そして、携帯電話の基地局やアンテナの設置に適した場所は限られており、そうした場所は既に4Gまでの設備が設置されていることが多く、ビルの安全性を保つためにも機器の追加が容易ではないと考えられる。基地局を設置しやすい場所が少なくなっていることが、都市部での5G整備、ひいてはトラフィック対策を難しくしているといえるだろう。

それは、5Gの通信容量を増やす切り札とされている「Massive MIMO」の導入にも影響している。Massive MIMOは、多数のアンテナ素子を用いて個々の端末に直接電波を届ける技術であり、海外の多くの国や地域では、Massive MIMOを積極的に活用してトラフィック対策が進められている。だが日本では、その導入比率が著しく低く、Massive MIMOの導入遅れが5Gの性能が上がらない主因であるとして、海外の通信機器ベンダーから懸念の声が多く挙がっている状況にある。

だがMassive MIMOは、アンテナ素子を多数備えている構造上、小型化が進んだととはいえ従来のアンテナと比べるとかなり大きくて重い。加えて、その効果をフルに発揮するには、大きいアンテナをビルの淵に設置する必要があるという。地震や台風など自然災害が多く、建物の安全性が一層重視されている日本では、導入に消極的にならざるを得ないわけだ。

Massive MIMOに対応したノキア製のアンテナ。1人で運んで工事できるよう、重量は20kgにまで軽量化したというが、それでも従来のアンテナと比べるとサイズは大きく重い

福重氏によると、NTTドコモではMassive MIMOの主要技術である「ビームフォーミング」に対応したアンテナは導入しているが、もう1つの主要技術である「MU-MIMO」にも対応したものは導入が進んでいないとのこと。また、NTTドコモのネットワーク部 技術企画部門である松岡久司氏によると、Massive MIMOの導入に向けた効果検証など、同社でも既に実施しているというが、やはり設置する建物の安全性確保を重視すると、現在のアンテナのサイズ感では導入が難しい部分があるという。

無論、基地局設置場所が限られるという問題は、他社にも共通しているものでもある。それゆえNTTドコモ固有の問題としてもう1つ、5G整備計画の変更を余儀なくされたことも、問題の根幹には影響しているといえそうだ。

NTTドコモは元々、KDDIやソフトバンクとは違って4Gから転用した周波数帯は用いず、5G向けに新たに割り当てられた周波数帯のみを用いてエリア構築を進める方針を打ち出していた。その分エリア整備に時間はかかるものの5Gらしい高速体験が得られる「瞬速5G」をアピールしていたのだが、2022年に総務省が打ち出した「デジタル田園都市国家インフラ整備計画」により、政府から2023年度末までに5Gの人口カバー率95%を達成することが求められたのである。

そこでNTTドコモは、整備が進んでいなかった地方の5Gエリア整備も進める必要に迫られ、4Gから転用した周波数帯も用いてエリアを拡大するよう舵を切ることとなった。その結果、ネットワークの整備方針が変わったり、人員などのソースが分散したりしたことが、急な変化への対応を遅らせるなど一連の問題に影響を与えたという見方もできるわけだ。

ただ、どのような理由があるにせよ、一連の問題でNTTドコモが長年培ってきたネットワーク品質に対する信頼が、大きく失われたことは確かだろう。顧客からの信頼を取り戻すためにも、同社にはいま、ネットワーク整備に関する抜本的な戦略の見直しが必要とされているのではないだろうか。

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