【連載】佐野正弘のITインサイト 第67回

急拡大を見せる衛星通信「Starlink」、Twitterから見える一抹の不安

実業家のイーロン・マスク氏らが設立した米Space Exploration Technologies(スペースX)が展開する、低軌道衛星群「Starlink」を用いた通信サービス。日本でも2022年10月よりサービス提供が始まっており、2022年末には同社と提携しているKDDIが、離島などの携帯電話ネットワークのバックホール回線に活用すると発表し、注目を集めた。

だが、KDDIのStarlinkの活用はそれだけにとどまらない様子で、ここ最近同社はStarlinkの活用に積極的に動いている。その事例の1つが、大規模自然災害などで被災した基地局が復旧するまでの間、被災したエリアをカバーするのに用いられる「車載型基地局」や「可搬型基地局」への活用である。

低軌道衛星群「Starlink」を用いた様々な活用事例

KDDIは以前より、車載型基地局などのバックホール回線として衛星通信を用いていた。だが、低軌道衛星より遠くを回っている静止軌道衛星によるサービスを用いていたことから、受信するためのアンテナのサイズが大きく設置するのに時間と人手がかかる上、通信速度も低速だった。

しかしながらStarlinkは、よりアンテナサイズが小さいことから設置に手間がかからず、しかも高速通信が可能だ。復旧に手間がかからない上に快適な通信を確保しやすくなることから、災害時のバックアップ回線としては非常に活用しやすく、今後積極的に導入を進めていく予定だという。

可搬型基地局(左)と、それに接続する衛星通信用のアンテナ。中央にあるのが従来の静止軌道衛星用アンテナで、右側のStarlink用のアンテナと比べるとサイズが明らかに違うことが分かる

消費者にとって、より身近な活用事例となるのが「フェスWi-Fi」である。これはその名前の通り、大規模な野外フェスの会場にStarlinkを設置し、公衆Wi-Fiサービスを提供するというもので、2023年5月の「JAPAN JAM 2023」に導入されて以降、「FUJI ROCK FESTIVAL ’23」などいくつかの大規模野外フェスイベントでの導入が進められる予定だ。

屋外でのイベントにStarlinkを活用するのはなぜかといえば、スマートフォンの利用用途が広がっているため、会場で安定した通信環境を提供する必要があるからだ。とりわけ野外フェスでは、SNSでの情報発信や情報収集だけでなく、会場でのチケットが電子化されていたり、決済にもスマートフォン決済が導入されていたりするケースが増えている。

そうしたことから、屋外でも素早く設置できるStarlinkを用いて公衆Wi-Fi網を構築することで、携帯電話回線にかかる負荷を分散し会場での通信を安定させる狙いがあるようだ。先のJAPAN JAM 2023では、グッズ販売店や飲食店などが集中するエリアに設置し、最大同時接続数3,500以上でも実効通信速度は40~268Mbpsを保っていたという。

Starlinkを野外フェスの公衆Wi-Fiとして用いる「フェスWi-Fi」は2023年5月の「JAPAN JAM 2023」に導入され、約3万人が利用。同時に3500人が接続しても通信速度は40~268Mbpsと十分実用的な速さだったようだ

KDDIやソフトバンクが見据える今後の取り組み

また今後に向けた取り組みとして、力が入れられているのが船舶向けのサービス提供である。KDDIは7月3日より、海上用のアンテナを用いたStarlinkの船舶向けサービスを提供開始すると発表している。

海上はそもそも光ファイバーが敷設できないので、地上からの距離が遠くなればインターネットの利用自体ができない。もちろん静止軌道衛星を用いた通信サービスはあるものの、車載型基地局などと同様、アンテナのサイズや通信速度、そして料金の問題があって導入できる船舶は限られている。

だがStarlinkのサービスは、アンテナが小さく電源さえ確保すれば海上でも利用でき、なおかつ従来の衛星通信と比べればはるかに安い。それゆえより多くの船舶に導入され、緊急時の連絡手段や、旅客船の乗客や船舶従業員に向けたWi-Fiサービスの提供、そして漁業などへの活用が期待されるという。

KDDIはStarlinkの船舶向けサービスの提供も開始。船舶向けのアンテナを取り付けることで利用でき、デモにおいても100Mbpsを超える通信速度を実現していた

ただ、従来のStarlinkには弱点もある。通信する衛星の側からStarlinkのアンテナと、衛星からの通信を受ける「地上局」が見えていなければ通信ができないので、地上局のあるエリアから離れている離島などはエリア化できないことだ。

だが、KDDIはその解消に向け、スペースXと共同で、多数打ち上げられた衛星同士で通信をリレーすることで、遠方の地上局と通信できるようにする「衛星間通信」を検証してきたとのこと。そして、衛星間通信で安定して通信できる目途が立ったことから、それを活用して沖縄もStarlinkのエリアとすることが明らかにされており、利用できる範囲は今後一層広がることとなりそうだ。

KDDIはスペースXと、衛星同士で通信することで遠方の地上局に通信を届ける「衛星間通信」の実現に向けた検証を進め、安定通信の目途が立ったことからそれを活用して沖縄もStarlinkのエリアにすることが発表されている

また、Starlinkの活用を推し進めようとしているのはKDDIだけではない。ソフトバンクも7月13日、企業や自治体向けにStarlinkのサービスを提供する「Starlink Business」を、2023年9月下旬に開始することを明らかにしている。

ソフトバンクは2021年に、Starlinkと同様に低軌道衛星のコンステレーションを構築して通信サービスを提供するため、英国のOneWebとの協業を発表している。だが、OneWebはコンステレーションを完成させているものの、まだ具体的なサービス提供には至っていない。そうした事情もあってか、衛星通信の需要開拓が進んでいる法人向けに関しては、既にサービスを提供しているStarlinkを活用する方向へと舵を切ったといえる。

多数の衛星を打ち上げコンステレーションを完成させ、なおかつ具体的なサービスを提供するには、それだけの技術と多額の資金が求められることから、実現に向けたハードルは非常に高く、実際OneWebも一度経営破綻を経験している。それだけに、いち早くStarlinkによる通信サービスを実現したスペースXは、当面大きなリードを保ち独走を続けることになりそうだ。

ただそれだけに心配なのが、競合が現れないことでスペースXの方針に今後、サービスが大きく左右されてしまう可能性があることだ。そのことを示しているのがSNSの「Twitter」である。

Twitterは、スペースXと同様にイーロン・マスク氏が率いているX社に買収・吸収されているが、それ以降サービスに突然さまざまな制約が加わるなどして大きな混乱が起きている。それだけにStarlinkも、今後スペースX側が突然方針を変えて、KDDIやサービス利用者に大きな混乱が起きる可能性が懸念されるわけだ。

なかでも懸念されるのは、料金の引き上げであろう。スペースX側も今後大きな競合があまり現れないとなれば、Starlinkの利活用が大幅に進み、多くの人にとって必要不可欠のサービスとなったところで、突然料金を大幅に引き上げて資金回収に走ることも否定はできない。

圧倒的な利便性で市場を独走するStarlinkだけに、その状況が長く続けば寡占によるさまざまな問題が発生する可能性が高まることから、競合となるサービスがスペースXに追いつき、競争によってそれを阻むことを期待したいところだ。

関連キーワード: