「原理的にダークエネルギーは必要ない」

宇宙は膨張していないかもしれない。宇宙定数の問題を考察する新しい理論研究

Image:Jurik Peter/Shutterstock.com

ジュネーブ大学の理論物理学者Lucas Lombriser氏は今月はじめ、宇宙は必ずしも膨張していない可能性があると示唆する新しい理論研究を学術誌Classical and Quantum Gravityに発表した。

現在主流の考え方としては、地球から遠い宇宙(銀河)を観測する際には、赤方偏移と呼ばれる光のスペクトルの赤い側への偏りがその判断基準のひとつになる。これは遠くにある宇宙ほど、ビッグバン以後急速に遠ざかっているため、光の波長が伸び、赤く見えるようになってしまうからだ。

最近の研究では、この宇宙の膨張の勢いが増しているという証拠も発見されている。この加速膨張は宇宙定数(宇宙項)と呼ばれ、Λ(ラムダ)の記号で表される。

とはいえ、この概念はアインシュタインが最初に唱えて以後、問題視する声もある。なぜなら、宇宙の膨張に関する観測結果が、この理論を用いて天体物理学者たちが導き出した予測に一致しないからだ。宇宙定数Λは、素粒子物理学による予測値とは120桁もズレており「物理学史上最悪の予測」とも言われている。

宇宙について論じる学者たちは、このΛの矛盾を補うなにか他の粒子や力が宇宙には存在すると考えることで、計算の狂いを穴埋めしようとする場合もある。今回の研究を行ったLombriser氏は、アインシュタインが宇宙定数導入以前に考えていた「宇宙は平坦で静的である」との考えが実は正しく、宇宙の膨張によって銀河がわれわれから遠ざかっているのではなく、陽子や電子などの粒子の質量が時間の経過に伴って変化している可能性を当てはめて解釈した。

この新しい考えに従えば、粒子は時空に浸透する「場(field)」から発生し、宇宙定数は場の質量によって設定され、この場が変動するため、それが生み出す粒子の質量も変動することになる。宇宙定数は時間とともに変化するが、Lombriser氏のモデルでは、その変化は宇宙の膨張ではなく、時間とともに変化する粒子の質量が起こしている。

そしてこのモデルでは、場の揺らぎによって生じる遠方の銀河団の赤方偏移が、従来の宇宙論モデルの予測よりも大きくなる。それでいて、宇宙定数はモデルの予測に矛盾しない。

Lombriser氏は、この場の変動について、いわゆる「アクシオン場」のように振る舞う可能性があるとした。アクシオンは、暗黒物質(ダークマター。光学的に見ることができない、宇宙の質量の80%を占めるとされる)の候補と考えられる仮説上の粒子。暗黒物質は、それを発見しようとする研究が盛んに行われているが、いまだ見つかっていない。

そしてこの場の変動は、宇宙の構造を引きのばし、それによって銀河をますます遠くへ引き離しているとの考えを支持するためのダークエネルギーが存在する、という考えを取り除ける可能性もある。Lombriser氏は、新しい考えでは「原理的にダークエネルギーは必要ない」と述べ、その影響は宇宙のいつかの時点で異なる進化経路をとる、粒子の塊として説明できるとした。

宇宙論の複数の問題に対して興味深い結果をもたらしているこの理論には、説得力も十分あるように思える。一方で研究に関わっていないコロンビア・ECCI大学の研究者、Luz Ángela García氏などは、この理論モデルが少なくとも近い将来には観測で確かめることができない可能性が高く、論文の結論を安易に評価するのでなく慎重に確認する必要があると述べている。

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