【連載】西田宗千佳のネクストゲート 第34回

初代登場から13年、iPadはどう変わってきたのか

西田宗千佳

Image:matt buchanan

iPadが市場に出て13年が経過しようとしている。初期には1モデル(通信仕様を含めれば2モデル)だったiPadも、いまや現行モデルだけで、サイズバリエーションを入れれば6つ(第9世代iPadと第10世代iPadを別にカウント)に増えている。

タブレットブームを起こして商品ジャンルとして定着したが、その過程には紆余曲折あった。ライバルとの関係も含め、iPadのこれまでの歩みを振り返ってみよう。

アップルのホームページより。現在はこれだけiPadにもバリエーションが増えている

iPhoneより先に生まれていた

iPadの発表は、2010年1月28日だった。アメリカでは4月3日から販売が開始され、おおよそ2ヶ月あと、5月28日からは日本でも発売がスタートした。本来は4月末から発売の予定だったが、アメリカでの売れ行きを考慮し、少し出荷を延期してのスタートとなった。

2010年のiPad発表会で筆者が撮影した写真より。ジョブズ氏が実際に壇上で使いながら説明した

もはや忘れてしまった人も多いと思うのだが、iPadはある製品群の対抗馬として生まれた。それは「ネットブック」。2010年前後には、200ドルから400ドルで購入できる低価格なノートPCが流行っていた。だが、性能面で色々課題があったので、「もうちょっといいもの」としてアップルが提案したのがiPadだった。

雑誌ほどのサイズで、ネットがPCより楽に使えて、価格もそう高くない機器。キーボードがついていないから、タッチ操作になるのも必然だ。なお、その後のEpic Gamesとの訴訟過程で、iPadはiPhoneよりも先に企画と試作が始まっていたことがわかっている。

そんな流れで出てきたiPadを評価するには、2010年という時期が、どんなタイミングだったかを考える必要がある。アメリカで電子書籍がビジネスとして勃興したタイミングだったのである。

初代Kindleがアメリカで登場したのは2007年11月。そこから2年が経過し、ビジネスは軌道に乗り始めていた。

同じく、初代iPad発表会の写真より。iPadはKindleのブームを意識しつつ、その先を見据えた製品として発表されている

「ネットを使うデバイス」であり「本を読むデバイス」が求められていたタイミングで、iPhoneの姉妹モデルとして出てきたのがiPadだった。

タブレットは「ずっと好調」だったのではない

初代からいきなりブームとなったiPadだが、その後もずっと好調だったか、というとそうではない。

初期の熱狂が過ぎ去ると、iPadを含めた「タブレット」市場の伸びは止まる。2014年度を1つのピークとして、その後は年間1億6000万台程度の市場規模で横ばいになっている。(以下数字は、調査会社IDCのデータに基づく)

もちろん、この台数はかなり大きな市場規模だ。だが、スマートフォン(年間14億台規模)に比べると10分の1程度でしかない。PC(年間2億8000万台規模)と比較しても半分強である。

Image:IDC

一人一台、必須の機器として普及したスマートフォンに対し、タブレットは「必要な人が買う」レベルにとどまった。理由はシンプルだ。あれば便利なのだが、スマホとPCを持つ人が多い中で「必須ではない」とみなされているからでもある。

別の言い方をすれば、家庭における「ちょっとした贅沢品」ということでもある。初期には、もっと市場が大きくなると考えた企業が多かった。そこで、できる限り低価格で、多数の製品を売る方が良い……という戦略を採るメーカーも多かったように思う。

だが結果的に、「便利だが余裕のある家庭が買うもの」になっていった結果、スマホやPCほどの普及は見込めず、販売に後ろ向きになるメーカーも増えていく。一時はWindows PCもタブレットとしての機能を持つものが多かったが、結果的には減っていった。

その中で、一貫してタブレットを売り続けたのがアップルだ。タブレットの台数別世界シェアでは、アップルが30%以上を占めている。2位はサムスン、3位がアマゾンで、それぞれ15%から18%。日本で積極展開していないのでサムスンが2位、というのは少し意外かもしれないが、世界的に見れば数は多い。

アマゾンは低価格な「Fireタブレット」で数を増やしつづけていて、この点は日本も変わらないだろう。すなわち、「高級機のiPad」「低価格帯のFireタブレット」という棲み分けが、日本だけでなく世界で進みつつあり、タブレットの2大勢力となっているのである。

Image:Amazon

他社がラインナップを減らす中、アップルはむしろ強化した。製品も低価格にシフトするのではなく、「iPad Pro」をはじめとした、ハイエンド製品を用意する。スタンダードで低価格な「iPad」と、ハイエンドの「iPad Pro」を中心とし、どの製品でもApple Pencilを使えるようにしている。狙いは同じで、「閲覧のためのデバイスから、日常的な道具へ」というシフトだ。

iPad Proから強化された「道具としてのタブレット」

iPadが生み出したタブレットの流れは、「コンテンツが見やすいサイズ」という特性もあって、コンテンツ消費を軸にした機器としての意味合いが大きかった。現在もアマゾンがFireタブレットで狙っているのはそこだろう。コンテンツ消費デバイスであるなら、価格はできるだけ安くして、世の中にたくさん普及させた方がいい。

一方で、先ほども述べたように、閲覧だけでは「あったら便利」の壁をなかなか越えられない。そこでiPadは、「より道具として色々なことに使える」流れへシフトしていくことになる。

iPad自体は初代モデルから、閲覧だけを意識していたわけではない。専用のキーボードも同時に用意されていたくらいだ。だが当初はやはり、書籍・動画・アプリといったものの閲覧・利用を軸に置いていた部分がある。

Image:Apple

しかし、特に2015年に初代の「iPad Pro」を発売して以降は、ペンとのセットによる道具としての訴求が強くなった。道具としての訴求では、PCを凌駕するに至れない。逆にペンを使った用途を考えた場合、イラストレーターなどを中心に「これでなければいけない」と考える人々は増え、高い単価も許容されやすくなる。

同時に、ペン+タッチ+ネットという要素は、教育にとても向いている。低価格なiPadを残す意味は、閲覧用ではなく教育市場向けの配慮という部分もある。

教育市場でのコンピュータ需要は常に大きい。日本でも2019年から開始された「GIGAスクール構想」で、1人1台コンピュータを与える流れは加速し、その中でiPadも大きなシェアを確保している。GIGAスクール構想向けの需要は一巡したが、特に低年齢向けの教育市場は、iPadにとって大きなものであり続ける。

MacとiPadが近づいていく

また、Macとの連携という意味では、プロセッサーも同じ「Appleシリコン」になり、iPad用アプリがMacでも動作するようになり、次第に存在が近づいてきている部分がある。

MacとiPadを1つにして欲しい、という声は昔からあるが、アップルはずっと否定し続けてきた。その姿勢は、少なくとも外部から見る限り、まだ大きく変わっていない。

しかし、OSに搭載されるアプリや機能において、かなり似たところが増えてきているのも事実だ。特に最近の動きでは、macOS VenturaやiPadOS 16、iOS 16に搭載され、昨年末に実装された「フリーボード」が挙げられるだろう。

Mac/iPad/iPhoneに昨年末搭載された「フリーボード」

無限に広い紙の上でコラボレーションするようなアプリだが、iPadとMacの間で作業の境目をなくすことを目的とし、Mac以上にiPadを想定して作られている部分がある。こうした流れがOSの他の部分でも増えるかどうかに注目しておいて欲しい。

なお、初代iPadに使われていたプロセッサーは「Apple A4」。アップルが独自設計したもので、いわゆる「Appleシリコン」の初代にあたる。実はそういう点でも、iPadはアップルの転機だったと言えるだろう。

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