計画ではあと90日ほどで臨床試験開始ですが
マスク氏のNeuralinkによる脳インプラント臨床試験、米FDAが却下していた
Neuralinkが開発する脳インプラントは、設立者のイーロン・マスク氏によれば、半身不随の人が運動能力を回復したり、失明した人が視力を取り戻したり、忘れてしまった記憶の一部を思い出すことが可能になるという。そしてNeuralinkはサルを使った脳インプラントの実験の映像などをこれまでに何度か自社イベントで発表し、マスク氏は何度か「もうすぐ臨床試験を始める」と述べてきた。
ところが米食品医薬品局(FDA)は、Neuralinkが申請した人を対象とする脳インプラントの臨床試験の計画を却下したとのことだ。ReutersはNeuralinkの現・元従業員の少なくとも6人からの取材により、Neuralinkが1年前にすでに臨床試験の申請を却下されていたことを伝えている。
FDAは、臨床試験をする前に、対処が必要な数十もの問題を指摘したという。主だった懸念は、デバイスが搭載するリチウム電池の安全性や、インプラントの小さな電極ワイヤーが脳の意図しない領域に及んでしまう可能性、さらに脳組織に損傷を与えることなくデバイスを取り外すことが可能なのか、具体的にどのようにして取り外すのかといったことに関して疑問を示されたと元従業員は述べた。
そしてさらなる問題は、この脳インプラント企業が性急な開発を進めるあまり、動物愛護法に違反している可能性があるとの調査結果だ。Neuralinkが2018年以降、実験によって約1500頭ものサル、ブタ、マウスを殺してきたことが伝えられている。
加えて、Neuralinkは2022年初頭までFDAに臨床試験の承認申請もしていなかったことが問題として挙げられる。マスク氏は、たとえば2019年のNeuralinkのプレゼンテーションでは、2020年末までに規制当局から人体実験の承認を受ける予定だと述べていた。
さらに2021年初頭には、交通事故で半身不随になった男性からのツイートに、Neuralinkが「FDAと緊密に連絡を取っている」と述べ「(2021年内には)初期の臨床試験ができるかもしれない」と返答していた。
しかし、マスク氏が具体的な臨床試験のスケジュールを提示したのは昨年12月のことだ。マスク氏はTwitterに「われわれはいま、自信を持ってNeuralinkのデバイスが人に適用可能になっていると言える。あとはFDAの承認プロセスを通過したタイミングでそれが使えるようになるだろう」述べ、この日開かれたイベントで、臨床試験が6か月後(つまり今年6月)に開始されると主張した。FDAは今回の申請却下以前に申請があったとは述べていない。
米国国立衛生研究所で神経工学研究のディレクターを務めていた人物は、Reutersに対し「Neuralinkはこのデバイスを市場に出すために必要な考え方や、経験がないようだ」とコメントしている。
もちろん、申請を却下されたからといって、今後FDAがNeuralinkに臨床試験承認を出さないわけではない。ただし、当局の機器承認プロセスに携わる複数の専門家によれば、今回のFDAの却下は重大な懸念を示しているという。
FDAは、過去3年間の臨床試験申請案件において、最初の申請で全体の2/3を承認した。また2回目の申請で承認された分を含めると、それは全体の85%に至る。しかし、多くの企業は3回目の申請が却下されると、機器の開発にかかる時間と費用を天秤にかけ、そこで断念してしまうことが多いのだという。
Neuralinkの姿勢は、非常に野心的なタイムラインでブレークスルーの目標を設定し、規制当局をイノベーションの障害と見なすという、マスク氏の企業がもつ文化を継承している。人間を対象として試験する必要がある医療機器にそれを適用した場合、開発される機器に何らかの脆弱性が残される可能性があると、十数人の現・元従業員らは述べているとのことだ。
ただ、そうしたマスク氏の姿勢は、逆に一部の投資家や従業員からは強く信頼されている。CNBCは、ベンチャーキャピタルARCH Venture Partnersの共同創業者Bob Nelsen氏の「Neuralinkやその他のことで問題が発生した場合、彼は再編成して解決するだろう。彼はすでに自動車やロケットなど、巨大な安全障壁を伴う困難な産業を回している」とのコメントを伝えている。
なお、FDAはNeuralinkに限らず、すべての脳インプラントの審査において高い基準を維持しているとしている。FDAの製品評価および品質監督を支援するOwen Faris氏は「イノベーションと安全性は、どちらか一方を優先すべきものではない」とのことだ。