【連載】佐野正弘のITインサイト 第45回

急速に進むスマホメーカーの環境配慮。その裏にある難しさ

ここ数年のうちに、注目度を大きく高めるようになった環境問題。多くの企業がSDGs(持続可能な開発目標)を掲げ、温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させてゼロにする「カーボンニュートラル」の実現目標を打ち出すようになったが、携帯電話業界でも環境問題への配慮に向けた意識醸成が急速に進みつつある。

急速に進む、スマートフォンメーカーによる環境への配慮

その1つを示しているのがスマートフォンだ。ここ最近は、スマートフォンメーカーも環境への配慮を積極的に打ち出すようになった。外箱にプラスチックを使わず再生紙を用いるというのは既に多くのメーカーが進めていることだが、より踏み込んだ取り組みとして、最近ではスマートフォン本体の製造に再生エネルギーや再生素材を用いるケースが増えているようだ。

環境への配慮に向け、古くから力を入れてきたのは米アップルで、同社は素材から組み立てに至るまで、全ての工程で再生可能エネルギーを用いるようサプライヤーにまで働きかけを進めている。また2021年には、全アップル製品に使われた素材のうち、約20%が再生素材だったとしており、年々その割合を増やしているようだ。

アップルのプレスリリースより。同社ではリサイクルロボット「Daisy」を使ってiPhoneを分解し、リサイクル素材の回収に役立てているという

そして最近では、アップル以外のメーカーも環境への配慮を積極的に打ち出すようになってきている。米国時間の2月1日に、新しいスマートフォンのフラッグシップモデル「Galaxy S23」シリーズ(日本での発売は未定)を発表した韓国サムスン電子もその1つだ。

同社では前機種「Galaxy S22」シリーズから、海底に廃棄された魚網から再生したプラスチックなどの再生活用を進めているが、Galaxy S23シリーズではその取り組みをより拡大。環境に配慮した素材を活用した部材が、「Galaxy S22 Ultra」では6つであったのに対し、「Galaxy S23 Ultra」ではそれを12に拡大して、一層環境への配慮を進めているという。

サムスン電子のプレスリリースより。同社は廃棄された魚網から再生したプラスチック素材などの活用を進めているが、最新モデル「Galaxy S23 Ultra」ではその割合がより増えているという

踏み込んだ取り組みを見せるarrows。一方で難しさも…

環境への配慮に力を入れているのは、国内メーカーも同様だ。シャープが、低価格モデルの「AQUOS wish」シリーズで再生素材の積極採用を打ち出し、液晶画面や内部の部品を除いた筐体部分の35%を再生プラスチックにすることを実現しているが、より踏み込んだ取り組みを進めたのが、「arrows」ブランドのスマートフォンで知られるFCNT(旧 富士通コネクテッドテクノロジーズ)である。

同社は、2月10日にNTTドコモから発売された「arrows N F-51C」を開発しているが、この機種は従来のスマートフォン以上に環境への配慮を前面に打ち出したものとなっている。実際arrows Nは、再生プラスチックや再生アルミニウムなどを多く使用しており、電気電子部品を除く総重量に対して、リサイクル素材が約67%を占めているとのこと。本体のかなりの部分に再生素材を活用していることが分かる。

NTTドコモから販売された「arrows N」は、電気電子部品を除く総重量に対してリサイクル素材が約67%を占めるなど、環境への配慮を前面に打ち出したスマートフォンとなっている

また、arrows Nは国内で製造しているが、そこで使用する電力にも再生可能エネルギーを用いているとのこと。本体を梱包する箱や、インクにも環境に配慮したものが用いられるなど、環境への配慮に徹底してこだわった内容となっている。

それでいて、スマートフォンとしての性能やデザインは維持されているとのこと。arrowsシリーズといえば、水や衝撃に強いなど高い堅牢性を備えていることが特徴の1つとなっているが、arrows Nは再生素材を使用してもその特徴を維持しており、IP68の防水防塵性能や、米国国防総省の調達基準(MIL-STD-810H)の23項目にも準拠。ハンドソープで洗えるだけでなく、アルコール除菌にも対応するという。

arrows Nは強い力をかけても画面割れしないなど、再生素材を多く利用しながらも従来のarrowsシリーズと同等の強度を保っている

環境への配慮は本体だけにとどまらず、FCNTでは伊藤忠商事、そしてスマートフォンなどのリサイクルプログラムを手掛けるオランダのClosing the Loopと、スマートフォンの廃棄物保証サービスを始めることも打ち出している。これは要するに、arrows Nが1台売れたらアフリカで不法投棄されている携帯電話1台を適切にリサイクルするというもの。より広い視野で環境への配慮を推し進めようとしている様子がうかがえるだろう。

FCNTが、ここまで環境への配慮を前面に打ち出した端末を提供するに至ったのには、それを調達する側のNTTドコモ、ひいてはNTTグループの方針も少なからず影響しているだろう。NTTグループは、2021年に「NTT Green Innovation toward 2040」という新しいエネルギービジョンを打ち出して、環境負荷低減と経済成長の両立化を目指すとしており、グループ全体では2040年、NTTドコモは2030年までにカーボンニュートラルを達成するとしている。

arrows Nを販売するNTTドコモは2021年9月、2030年までのカーボンニュートラル達成を宣言するなど環境への配慮に急速に力を入れるようになっている

そうしたことからNTTドコモも、販売する製品に対して環境への配慮をアピールできる製品を求めるようになり、それに応えたのがFCNTだったといえる。環境への配慮がビジネス拡大につながるからこそ、FCNTは環境により重点を置いたスマートフォン開発に至ったのではないだろうか。

ただ、環境への配慮が消費者の心をつかんで販売数が伸び、真のビジネス拡大につながるかという点には難しさがある。実際arrows Nは、チップセットにクアルコム製の「Snapdragon 695」を搭載したミドルクラスのモデルなのだが、NTTドコモでの販売価格は9万8,780円。5~6万円台が多い同クラスの端末としては、かなり高額と言わざるを得ず、SNSなどでの評価も厳しい印象だ。

そこには、環境に配慮した素材の採用による部材の価格上昇だけでなく、同社の国内製造へのこだわりや、半導体不足、円安などさまざまな要因が働いていると思われる。だが、昨今の値上げラッシュに苦しむ消費者からすれば、「環境より価格」という考えにならざるを得ない部分があるのも確かで、少なくとも現状ではスマートフォンに環境への配慮を付加価値として、販売を伸ばすのはかなり難しいように思える。

とはいえ、環境への配慮が世界的に重視されるようになった現状、その配慮を怠れば企業価値を大きく落とし、将来のビジネスに影響が出る可能性があることもまた確かだ。

FCNT側も、arrows Nのチャレンジが早すぎるものと認めつつ、あえて今後当たり前になるものにいち早く取り組むと説明していただけに、メーカー側も当分は環境への配慮とビジネスの狭間で試行錯誤を続けることとなりそうだ。

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