【連載】西田宗千佳のネクストゲート 第24回

2023年はVR/ARヘッドセットの「新世代の年」に。CESから見えたトレンドとは

西田宗千佳

今年もVR/AR向けのヘッドマウント・ディスプレイ(HMD)は、多数の商品化が見込まれている。この1月・2月にも、複数の新製品が登場することになっているくらいだ。

しかしアップルなど、噂先行の製品がどうなるかは正直わからない。ただ、技術的なトレンドはだいぶ明確になってきた。今回はCES2023で発表・展示されたHMDから、今年の技術トレンドを読み取ってみよう。

パンケーキレンズがトレンドに

昨年後半から今年にかけて、HMDの技術トレンドが1世代変化した、と筆者は考えている。それがどういうことかは、以下の写真を見れば一目瞭然だ。

上が2月に発売が予定されている「HTC VIVE XR Elite」、下が2016年発売の初代「HTC Vive」。これだけ厚みが違う

これは今回のCESで発表され、2月に発売が予定されている「HTC VIVE XR Elite」と、2016年に発売されたHTCとしての初代HMD「HTC Vive」を比較したものだ。6年間でこれだけサイズもデザインイメージも変わっている。

「HTC VIVE XR Elite」は単独でも動作するが、バッテリーを外し、より軽くしてPCやスマホと共に使える

ここまでHMDの大きさが変わった理由は2つある。1つ目は、レンズやディスプレイ以外の機構や、バッテリーなどが頭の後ろ側に移動したこと。前後の重量バランスを取るには、こちらの方が構造的には有利だ。

そして2つ目の要素は、レンズを含めた構造が変わったことだ。VIVE XR Eliteでは「パンケーキ」と呼ばれる種類のレンズが使われている。これは解像感を維持しつつ、薄いデバイスを作ることに向いたレンズである。

パンケーキレンズの採用はHMDで拡大しており、昨年秋にされた「PICO 4」も「Meta Quest Pro」も、このレンズを採用していた。このほかにCESで展示・発表されたものとしては、Shiftall/Panasonicが今春発売を予定している「MeganeX」、シャープが展示した試作HMDなどが挙げられる。

Shiftall/Panasonicが今春発売を予定している「MeganeX」。約250gという軽さが特徴

現在のHMDには、「小ささ」と「解像感」の両方が求められる。表示に使うディスプレイデバイスも小型化しており、そうなると結果として、従来のフレネルレンズを使った構造よりも、パンケーキレンスを使ったHMDの方が良い……ということになるのだろう。このような状況から筆者は、今年以降発売されるHMDの多くは、パンケーキレンズ採用になっていくと考えている。

「HMDは重いし不快」と言われている。パンケーキレンズを採用したとしても、メガネのように軽く、付け心地の良いHMDがすぐに作れるわけではない。だが前方の部分が重く、目の前に大きな箱が出っ張っているようなデザインのものは、今後減っていくのではないだろうか。

2012年に「Oculus」が生まれて以降、HMDの基本構造はあまり変わってこなかった。だが、製品も何世代か出て、それぞれの課題・要求が明確化されてきたことから、HMDに求められる設計やデバイスが変わってきた、ということだと理解している。

HMDはスペックでは測れない。パンケーキでより多様に

とはいうものの、パンケーキレンズならどんなものでも同じ画質になるわけではない。用途やレンズの設計によって特質は変わる。

すでに発売済みのもので言えば、Meta Quest ProとPICO 4はどちらもパンケーキレンズ採用だが、文字を表示した時の精彩さなどは、Meta Quest Proの方がずっといい。かたや22万円のハイエンド機器であり、PICO 4は5万円を切る普及機なので、違って当然なのだが。PICO 4は “お値段以上” の品質だとは思うが、それでもMeta Quest Proには敵わない。

そういう意味では、今回発表されたVIVE XR EliteやMeganeXが、既存のデバイスに対してどのくらいのレベルにあるのか、比較する必要がある。筆者はそれぞれのデバイスを体験しているが、横に並べて長時間使えたわけではないので、画質などの最終的な判断は保留にしたい。

またシャープの試作HMDは、パンケーキレンズの画質がかなり良好だったことを申し添えておきたい。彼らはレンズ設計に相当こだわりがあるようだ。なお、こちらは純然たる試作品であり、そのまま製品化されるものではないため、これも直接比較することは難しい。

シャープが試作したHMD。このまま販売する予定はなく、HMD開発能力をパートナーに示すことが最大の目的だ
シャープと協力会社が共同開発したパンケーキレンズを採用

ただ、画質を検証する前に1つ言えるのは、「設計や用途によってレンズの設計は変わってくる」ということだ。いいところばかりに見えるパンケーキレンズだが、最適に見える範囲(スイートスポット)が一般的なレンズより狭くなる傾向がある。特に周辺部の明るさは、レンズの設計や作り方によって大きく変わってくる。

例えば、MeganeXはスイートスポットの広さよりも視野角の広さを重視する設計を選択している。これもまたトレードオフだ。語られることは少ないが、各社それぞれにコスト、解像感、採用ディスプレイデバイスとの相性など、色々と設計思想があるはずだ。

そのため、HMDの画質はスペックではわからない。今年からはパンケーキレンズが主流になり、なおさらスペックからは判断しづらくなるだろう。

なお、もうすぐ発売という意味では、2月22日に発売になる「PlayStation VR2(PS VR2)」はパンケーキレンズを採用していない。「だから遅れている」という話ではなく、過去に体験した時の感触で言えば、十分他のデバイスと競合できる画質を備えていた。PS VR2は採用するディスプレイデバイスやコスト、生産性などを考慮し、パンケーキレンズを使わない選択をしたのだろう。

メガネ型「ディスプレイ」は多数登場か

もう一つ、現在の変化と言えるのが「メガネ型デバイス」である。こちらの方が「かける」なら快適なのだが、視野角を広くして没入感を高めるのは難しい。かといって、周囲の風景を「透過させ」てその上にCGを重ね、理想的なARを実現するのは、まだ難題が多い。

AR的な使い方については、今年はまだ、内蔵カメラで周囲の映像を取り込む「ビデオシースルー」形式が主力だろうと予測している。先に触れたシャープの試作機もVIVE XR Eliteも、ビデオシースルー方式だ。

一方でAR的な用途はサブとして、「空中にそれなりの大きさのディスプレイを出す」メガネデバイスであれば、すでにかなりの品質に達している。2022年に発売された「Nreal Air」がその代表格だが、CESでもTCLが1月末に出荷を予定している「NXTWEAR S」を展示していた。

TCLの「NXTWEAR S」。日本でも1月31日に出荷を予定している

筆者はNreal Airを持っていて日常的に使っているのだが、画質などはTCLも、かなり近い感覚だった。ケーブルや前面につけるサングラス・シェードをマグネットで簡単に取り外しできるなど、Nreal Airにない「機構的な便利さ」があるところが特徴だろうか。

どちらにしろ、こうした製品が出てきたのは、「品質の良いメガネ型ディスプレイの設計ノウハウ」が蓄積され、ディスプレイデバイスなども手に入りやすくなってきたからだろう。だとするならば、今年はもっと多くのメーカーから、同様の製品が出てくる可能性が高い。

こういったメガネ型ディスプレイは、個人向けのAV機器・パーソナルディスプレイとしてなかなか有望なジャンルだ。VR向けのHMDだけでなく、こちらも注目しておいていただきたい。

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