一方で技術的な可能性はあるとも

メタバースは「荒らしの温床」に?元アップル技術者が否定的な見解

Image:LeWeb14

かつてアップルでiPodや、最初の3世代までiPhoneの開発に取り組んだ技術者のトニー・ファデル氏が、新著『Build』発売に伴って行われたインタビューで、メタバースについて否定的な見解を述べている。メタバースとは、人々がアバターを通じてコミュニケーションをするオンラインの仮想空間で、多くの場合それはARやVRヘッドセットを装着して体験するものになると語られる。

ファデル氏はアップルを離れた後、IoTスマートホーム機器のNestを創業し、コネクテッド家電のひとつの成功例を示した。Nestはその後Googleが買収している。そして現在ファデル氏は、そのテクノロジー業界の方向性を見抜く力をいかし、投資家として活躍中だ。


テクノロジー業界を牽引するような製品をいくつも生み出してきただけに、世の中が「次に来る」と予想し色めき立っているメタバースにも、やはり世間一般とは異なる視点をファデル氏は持っているようだ。

ファデル氏は、拡張現実(AR)や仮想現実(VR)、またそれらが組み合わさった複合現実(MRまたはXR)といった、メタバースに関連する概念やサービスは、技術的には非常に可能性があるとしているものの、世間で言われているような、ソーシャルネットワークに革命を巻き起こすような類いのものとは考えにくいと述べている。

またテクノロジーニュースサイトCnetは、Buildの発売に伴って行ったインタビューで、ファデル氏がこの技術に反対しているわけではないが「それは解決すべき問題ではない」と述べたと伝えている。

冒頭に述べたとおり、メタバースは人々がゲームのような仮想空間で自分の代わりとなるアバターを通じて他の人々(のアバター)とバーチャルに集い、会話やその他のコミュニケーションをする場だ。それは『マインクラフト』や『フォートナイト』といったオンラインマルチプレイゲームのなかでは、すでに一部実現されている。

いくつかのテクノロジー企業は、メタバースが将来、生活における趣味や遊びの部分だけでなく、働き方、社会との関わり方にまで影響を及ぼす、インターネットの次の大きな波になるだろうと主張している。しかしファデル氏は、ソーシャルネットワークは次に進む前に、いまある問題を解決すべきだとの見解を示している。

たとえば、いまメタバース体験として紹介されているアバター経由のコミュニケーションでは、相手の表情や視線、しぐさなどから相手の感情を読み取ることができない。そしてそれでは、本当の意味での人間らしいコミュニケーションには至らないという。

ファデル氏は「私は、表情の見えない相手と “つながる” ことはできない」と述べ「その結果、より多くの荒らしやヘイト的行為、魅力的なアバターの背後に隠れて注目を集めようとする人たちを生み出すことになる」と述べた。つまり、匿名掲示板やSNS、ブログなどで誹謗中傷を含むトロール(荒らし)コメントが溢れているのと同じような状況になるということだ。

ファデル氏と同様に、メタバースに懐疑的な著名人は他にもいる。BBCは、PlayStationの生みの親として知られる久夛良木健氏も、今年1月にメタバースについて「本質的には匿名掲示板のサイトと何ら変わらないと思う」と発言していたことを紹介した。

Snapchatを展開するSnapのCEO エヴァン・シュピーゲル氏も、SnapがARメガネを開発、発売しているにもかかわらず、メタバースは「曖昧」で「架空」のものであり、それが企業などで用いられるようにはならないとの見解を示したと、Cnetによって伝えられている。

Nestが買収された後にファデル氏が務めていたGoogleも、2012年にARメガネ製品Google Glassを発表している(Googleは先日の開発者向けイベント「I/O」では音声翻訳機能を搭載する新しいスマートグラスを発表した)。

しかしファデル氏は、Google Glassは「それを何に、どのように使えば良いかを人々に伝えなければならなかった」と述べ、ただ技術やプラットフォームを用意するだけでは不十分との見方を示した。そして、Google Glassの失敗を踏まえた、次世代のARグラスに求められるものとは何かとたずねられ「それこそまさにメタバースのようなものだろう」と答えている。

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