【連載】西田宗千佳のネクストゲート 第19回
大画面でペン対応「Kindle Scribe」を試す。良くも悪くも“Kindleである”ことが価値
Amazonが11月30日より「Kindle Scribe」の出荷を開始した。日本向けKindleとしては初(グローバルでも13年ぶり)の大画面モデルであり、初のペン入力対応モデルでもある。
現在はiPadを含め、大画面でペン対応の機器は数多くある。筆者は日常的に12.9インチのiPad Proを読書などにも使っている。これと比較しながら、デバイスとしての価値を考えてみよう。
コミック派にうれしい「大画面のKindle」
Kindleシリーズは現在、ハードウェアとしては5モデルある。最も安価な「Kindle」、スタンダードモデルの「Kindle Paperwhite」、ストレージを32GBとして明るさ調整機能を追加した「Kindle Paperwhite シグニチャー エディション」、そしてこれまではプレミアムだった「Kindle Oasis」だ。
ハードの特徴に違いはあれど、どれも6インチから7インチまでの「片手で持ちやすい小さめのディスプレイ」を使っている。コミックや雑誌より、いわゆる文字ものを読むのに適したモデルといえる。
しかし日本市場の場合、電子書籍で売れているのは圧倒的に「コミック」。市場の8割がコミックであり、コミックが読みやすいモデルが求められている。もちろん、これまでのKindleでもコミックは読めるのだが、サイズがより大きなデバイスの方が有利ではある。
一方でKindle Scribeは、10.2インチのディスプレイを採用した。タブレットとしては一般的なサイズだが、Kindleとしては非常に大きい。2009年にアメリカ市場で、9.7インチディスプレイ採用の「Kindle DX」が発売されているものの、13年も前のことであり、当時Kindleは日本参入前だった。だからある意味で「日本初の大型画面Kindle」であり、最大の価値は「E-Ink採用で大画面」ということだ。
iPad Pro 12.9インチと比べるともちろん小さいのだが、当然質量の問題がある。Kindle Scribeは433gだが、iPad Pro 12.9インチ(セルラーモデル)は684gだ。なお、iPad Proの11インチモデル(Wi-Fiモデル)は466gで、Kindle Scribeとの差は33gになる。
iPad Proと比べると、Kindle Scribeの表示は一回り小さい感じだが、解像度は300ppiあるので、十分な緻密さが維持されている。本機を縦長になるように持って1ページ単位で見ると、iPad Pro 12.9インチと同じような画面イメージになる。
もちろん、液晶とE-Inkの表示イメージの違いは大きい。場所を選ばないのが液晶の良さだが、E-Inkを使ったKindleには、目に刺さるような明るさを感じにくいという、反射型ならではの良さがある。文字ものの書籍も、もちろん読みやすい。
Kindle Scribeはハードウェアの仕上げもよく、フロントライトのムラもほとんどない。LEDの数が35個に増えているそうなのだが、この点もかなり効いている。
カラーでないという弱みはあるものの、そちらよりもE-Inkの読みやすさを重視するなら、やはりKindleは良い選択肢だ。Kindle Scribeは、その良さを大画面でもそのまま引き継いでいる。
ペンの書き心地は素晴らしいが機能は「シンプルすぎる」
より新しい要素が「ペン入力」だ。ただし、Kindle Scribeでのペン入力は、タブレットなどのそれとは違う。iPadを含むタブレットでは「手書き文字認識」ができるが、Kindle Scribeでそれはできない。画面をノートなどに見立てて手書きの線でメモやアイデアを残す、という機能に特化している。
単機能だから悪いかというと、そうではない。重要なのは「書き心地」と「気楽さ」だ。別の言い方をすれば、常に使いたいと思えることが大切である。そういう意味では、Kindle Scribeの機能は「書き心地は二重丸、気楽さと機能はギリギリ合格」という感じだ。
Kindle Scribeでは、手書きは単独の「ノートブック」と書籍への「メモ」の形で扱う。前者は手書きのノートメモであり、後者は書籍の中に付箋を残すかたちで扱う手書きのメモだ。
「ノートブック」はテンプレートから選び、それをノートの下地として描いていく。ペン先の太さは変えられるが、描線は「黒」のみ。描いたデータは本体内に加え、そのままKindleで使っている自分のAmazonアカウントへと蓄積される。また、PDFやWordデータなどへの書き込みもできるが、これもKindleアカウント経由で行う。
正直、これ以上ないくらいシンプルな機能で、タブレットなどにある本格的なメモアプリとはかなり見劣りする。検索などもやりにくい、というよりほとんどできない。高度な機能を期待するなら、Kindle Scribeを選ぶべきではない。
一方で、シンプルだがサクサク使えるのがKindle Scribeの良さでもある。タブレットではなく「読書端末」を持ち歩き、それでメモも取れると思えばいい。Kindleアプリがあれば、スマホなど他のデバイスからの確認も簡単だ。
ただ流石に、Kindleアプリから他のアプリに、PDFなどの形でメモを持ち出すくらいはできていいのではないか。いまだと流石にシンプルすぎる。とは言うものの、このシンプルな機能でも「使ってみようか」と思わせる理由は、付属のペンの書き心地が良いから、ということにつきる。
ペン自体はApple Pencilとほぼ同じ太さ・長さで、手書き用のデバイスとしては一般的なものかと思う。だが、Kindle Scribeの表面が反射防止で多少つや消しのコーティングが入っていること、ペン先がフェルト系の素材になっていて引っ掛かりがあることなどから、よくある「ガラスの上をひっかいている」ような感触ではなく、紙の上で書いている感覚に少し近い。この書き心地はプラスだ。
テストしたデバイスには、消しゴムボタンとファンクションボタンのついた「プレミアムペン」が付属しているが、最廉価モデル(4万7980円)には、ボタンのない「スタンダードペン」が付属する。違いはボタンの有無だけで、それ以外の機能・書き心地は同じ。ただやはり、消しゴム機能はあったほうが使いやすいので、手書きを重視するなら、プレミアムペン付きのモデル(同じ16GBで5万1980円)をお勧めする。
またペンは、本体の横にマグネットで付けられるようになっているが、充電やペアリングなどは必要ない。本体にくっつけられるのは、単に利便性を考慮してのものだという。
なお、ペン先が多少傷みやすいせいか、サブのペン先が5本付属する。ペン先は他のペン以上に消耗品だと考えた方が良さそうだ。
「Kindleである」ことがプラスでありマイナス
全体にいえば、Kindle Scribeは好ましいデバイスだ。ハードウェアの仕上げも美しい。ディスプレイの最適化も行われているようで、ムラもなく見やすい。
5万円程度というのは、安価な製品とは言えないだろう。だが、競合である「10から11インチのディスプレイを搭載し、ペン対応のタブレット」はもう少し高い。iPadはペン別売で6万6800円からだし、iPad Proだったら12万円を超える。E-Ink搭載の「BOOX Note Air」は6万円台、少しクラスが上の「BOOX Tab Ultra」が9万9800円(販路がSKTの場合)だ。やはりこちらも少し高くなる。
ハードの販売価格でいえば、Kindle Scribeはかなりお得な値付けである。とはいえ、製品としての限界もまた「Kindleである」点だ。Kindle以外の電子書籍ストアはもちろん使えないし、メモアプリを入れ替えることもできない。KindleはあくまでKindleであり、AndroidやiPadOSを使った「汎用タブレット」ではないからだ。
iPadや一般的なAndroidタブレットは「液晶である」ことがマイナスだし、BOOXは「OSなどにクセが強く、一定の知識がある人向け」というところがある。一方でKindle Scribeは、専用設計の良さが価格面に表れているが、メモの機能に不満がある人、Kindle以外も使いたい人には向かない。
現状すべての面を満たす製品はない。その中でKindle Scribeはまさに、「Kindleである」ことを許容できる人向けの製品なのである。