【連載】佐野正弘のITインサイト 第5回
国内スマホメーカーの生き残り、最上位だけでなくローエンドがますます重要になる理由
夏商戦に向けて続々と発表される、国内スマートフォンメーカーの新機種
ゴールデンウィークが終わり、夏商戦に向けたスマートフォンメーカー各社の新機種発表が相次いでいます。主要メーカーのうち、サムスン電子はすでに4月に新機種を発表していますから、いま注目したいのは国内メーカーの新機種です。
国内のスマートフォンメーカーといえば、2021年にはバルミューダが新規参入して注目を集めましたが、現在一定の市場シェアを持つ主要なメーカーは、ソニー、シャープ、京セラ、そして富士通からスピンアウトしたFCNTの4社ではないかと思います。ですが、現在これらの国内メーカーを取り巻く環境は、非常に厳しいというのが正直なところです。
日本市場の半分以上を、iOSを有するアップルに握られているのに加え、最近ではコストパフォーマンスを武器にシャオミやオッポといった中国の新興メーカーが相次いで参入し、低価格帯を中心にシェアを急速に伸ばしています。スマートフォン市場の縮小も叫ばれるなか、海外でのシェアが小さくコスト競争力で弱みのある国内メーカーが生き残るには、戦略面でもさまざまな工夫が求められているのは間違いないでしょう。
各社新製品から見て取れる、国内メーカーの生き残りをかけた戦略
そうした中、先日5月9日にシャープが、5月11日にはソニーがスマートフォン新機種を発表したのですが、各社の新製品からはその生き残りに向けた2つの戦略を見て取ることができます。
その1つはフラグシップモデルです。国内メーカーは元々、技術力を生かしたフラグシップモデルに強みを持たせることが多いのですが、最近は政府の端末値引き規制によって、販売が非常に厳しい状況が続いています。そこで2社のフラッグシップモデル新機種は、ターゲットを明確に絞って機能を徹底強化し、高額でも確実に購入してくれる人を狙っていると見て取れます。
まずはソニーですが、同社のハイエンドモデル新機種「Xperia 1 IV」が狙うところはズバリ“動画”でしょう。Xperia 1 IVは、2021年に発売されたプロ・セミプロ向けスマートフォン「Xperia PRO-I」に搭載されていた、Vlogなどの撮影ニーズに応える「Videography Pro」をプリインストール。さらに、Videography Proから直接YouTubeのライブ配信ができる機能を新たに搭載するなど、高品質な映像を手軽に配信したいYouTuberなどのニーズに応える機能が充実しています。
加えてXperia 1 IVは、カメラ自体にも動画撮影のニーズに合わせた進化を加えています。そのことを象徴しているのが望遠カメラで、3.5mm判換算で85mm~125mm相当にシームレスで切り替わるカメラを搭載したのです。
前機種の「Xperia 1 III」にも、70mmと105mmの2段階に切り替わる望遠カメラが搭載されていましたが、Xperia 1 IVは85mm~125mmの範囲内であれば、画質が劣化しない光学ズームが可能となりました。この進化は写真撮影をしやすくするというより、むしろ動画で綺麗にズーム撮影したいニーズに応える狙いが大きいといえるでしょう。
一方、シャープのハイエンドモデル新機種「AQUOS R7」が狙うのは、同じカメラでも“写真”を重視するユーザーであることが分かります。シャープは前機種「AQUOS R6」で、高級コンパクトデジタルカメラが装備する1インチの大型イメージセンサーを備えたカメラを搭載。なおかつ、ドイツのライカカメラとレンズを共同開発するなどして写真の画質強化を図ってきたのですが、AQUOS R7はその路線をさらに強化しているのです。
実際AQUOS R7には、AQUOS R6の約2,020万画素より高い画素数を誇る、約4,720万画素の新しい1インチイメージセンサーを採用。さらにレンズには、ライカカメラと共同開発のF1.9 ズミクロンレンズを搭載することで、AQUOS R6と比べ1.8倍の明るさを実現したとしています。
AQUOS R6も、撮影した写真の質の高さは評判でしたが、フォーカスが定まらず撮影しづらい点が弱点として指摘されていました。それゆえAQUOS R7は、オートフォーカスを大幅に強化しており、1つの画素に8つの位相差センサーを搭載し、すべての画素を用いて被写体のフォーカス位置を検出する「全画素Octa PD AF方式」を採用。AQUOS R6と比べ、オートフォーカスが2倍高速化したことに加えて、被写体認識に用いるAI処理性能が1.5倍に高速化され、AIによる人物や顔、瞳の検出などが素早く行えるようになっています。
ただ実はもう1つ、国内メーカーの生き残りを見据える上で、2社の新機種には見逃せないものがあります。それは、ソニーの「Xperia Ace III」と、シャープの「AQUOS wish 2」です。
これらは、いずれも価格重視のローエンドモデル。Xperia Ace IIIは前機種の「Xperia Ace II」と比べ、5Gに対応するなどの進化も見られますが、いずれも搭載するチップセットは性能が高いものではなく、カメラも1眼であるなど機能や性能は必要最小限に絞られています。
国内メーカーが重要視する、「シニア」・「巻き取り」需要
ではなぜ、ローエンドモデルが国内メーカーの生き残りに重要になっているのかといいますと、それは“シニア”と“巻き取り”の需要に応えるためです。楽天モバイルを除く携帯3社は、古い通信方式となった3Gを終了させるため、3G対応端末を使っているユーザーに対し、4Gや5Gに対応した新しい端末に替えてもらう“巻き取り”施策に力を入れています。
そして、巻き取りの対象となっている主なユーザー層は、同じ端末を長く使い続ける傾向にあるシニアが主体とされています。シニア層は端末の機能に対する関心が低いことから、価格にシビアな傾向にありますが、一方でスマートフォンの操作に慣れていないことから安心感を求める傾向が強く、親しみのある国内メーカーの優位性が比較的高いのです。
そうしたことから、国内メーカーはシニアの巻き取り需要の高まりを商機とみて、ここ最近シニアを意識した機能を備える低価格モデルに力を注いでいます。実際、2021年に発売されたXperia Ace IIやFCNTの「arrows We」など、国内メーカー製の2万円台のスマートフォンは売れ行きがかなり好調で、それがXperia Ace IIIやAQUOS wish 2の提供に結びついていることは確かでしょう。
既に、KDDIの3Gサービスが2022年3月で終了しているため、現在残る3Gユーザーは主にNTTドコモとソフトバンクの契約者となります。その中でもNTTドコモはシニアユーザーを多く抱えており、巻き取り対象者も多いとみられていることから、国内メーカーはNTTドコモを主体とした巻き取り需要に応えるローエンド端末に、一層力を入れてくるものと考えられます。
むろん、NTTドコモも2026年3月末で3Gのサービスを終了させる予定で、いずれ巻き取り需要は終わりを迎えるのですが、それでも少子高齢化が続く日本では、しばらくの間シニアが重要なターゲットとなることは確かでしょう。
ターゲットを絞ったフラッグシップモデルを提供し、競争力の維持に欠かせない技術の蓄積は継続しながらも、安心感を武器にシニアを攻めてシェア拡大につなげるというのが、国内メーカーの当面の生き残り策ということになりそうです。