【連載】佐野正弘のITインサイト 第28回

5Gの本命はビジネス活用。携帯各社が注力も、普及が進まない理由とは

日本で5Gのサービスが始まってから、約2年半ほどが経過した。既にスマートフォン新機種の大半は5G対応が進み、5Gのエリアも着実に拡大しているのだが、実際に5Gのメリットを実感する機会があるかと言われると、正直なところあまりないという方が多いのではないだろうか。

ただ、それはやむを得ないことでもある。理由の1つは、日本の4Gネットワークが非常に充実しており、既にどこでも高速通信ができること。そしてもう1つは、そもそもスマートフォンで5Gの実力を生かすには限界があることだ。

というのも、5Gの大きな特徴は「高速大容量」「低遅延」「多数同時接続」の3つとされているのだが、このうちスマートフォンでメリットがあるのは、高速大容量だけといっていい。

しかも、スマートフォンで動画を見るだけなら、実は4Gの通信速度でも十分で、5Gの大容量をフルに生かすのであれば、最近注目されるメタバースなど、より通信量を必要とするコンテンツやデバイスの普及が必要になってくるだろう。

NTTドコモはXR関連事業を手がける「NTTコノキュー」を今年10月に設立したが、そこにはスマートフォンよりも5Gの性能をフルに生かせるメタバースなどの普及を促進する狙いが大きいと考えられる

5G普及による大きなメリット

そうした状況にもかかわらず、5Gを普及させるメリットはどこにあるのかといえば、企業や自治体などの「デジタル化」を推し進めることだ。例えば、高速大容量通信は高精細映像の伝送や解析、低遅延は車やロボットなどを、遠隔でズレなく操作するのに必要不可欠な要素となっている。

そしてより重要なのが多数同時接続だ。なぜなら、日本政府が掲げた「Society 5.0」を実現する上では、非常に多くのセンサーをネットワークに接続できる高い性能が必要になってくるからだ。Society 5.0は、現実空間に多数のセンサーを取り付けて、その情報をサイバー空間にコピーし、AI技術などを用いてサイバー空間上でさまざまなシミュレーションをした結果を現実空間に反映し、効率化や環境改善などを進めるものだ。

内閣府のSociety 5.0『科学技術イノベーションが拓く新たな社会』説明資料より。Society 5.0では実世界の情報をサイバー空間に吸い上げて分析、結果を実社会にフィードバックすることが求められており、5Gはそれを支える基盤として期待されている

政府が「デジタル田園都市国家構想」を掲げ、携帯各社に5Gのネットワーク整備を急がせているのも、5Gを生かしたデジタル化の促進によって、少子高齢化が進む日本、とりわけ地方における課題解決を進めたいという狙いが背景となっている。

5Gは4Gまでのようなスマートフォンに向けたインフラではなく、企業や社会全体の活動を支えるインフラになろうとしており、消費者よりも企業や自治体からの関心が非常に高いのである。

それゆえ携帯各社も、5Gのサービス提供を機として法人向けのビジネスを急速に強化。パートナー企業と、5Gを活用したソリューション開拓に積極的に取り組んできた。また政府も、携帯電話会社以外の企業などが、エリア限定の5Gネットワークを構築できる「ローカル5G」という仕組みを整備し、企業がより5Gを活用しやすいインフラを整えることに力を入れている。

NTT東日本が東京都農林水産振興財団らと取り組んでいる、ローカル5Gを活用した新しい農業の実証実験。携帯各社の5Gネットワークだけでなく、企業が独自に整備するローカル5Gの活用に向けた取り組みも積極的に進められている

では、現在そうした企業・自治体向けの5G活用が順調に進んでいるのかというと、筆者の目から見れば明らかに「NO」である。

筆者も5Gの商用サービス開始以降、携帯電話会社からローカル5Gまで、企業の5Gビジネスに向けた取材を積極的に進めているのだが、各社ともビジネス開拓に非常に積極的な動きを見せている一方、そうした取り組みの大半が未だ実証実験レベルにとどまっており、実際のビジネスの現場に5Gの導入が進んでいるわけではないのだ。

実用化進まぬ企業・自治体の5G活用

なぜ多くの取り組みが、実証実験にとどまってしまっているのか。そこには、非常に多くの課題が存在するのだが、代表的なものをいくつか挙げてみよう。まず携帯電話会社の5Gに関してだが、最大の要因は5Gの実力をフルに発揮できる「スタンドアローン(SA)」運用への移行がまだ進んでいないためだ。

5Gは早期にエリア整備を進めるため、当初は4Gのネットワークの中に5Gの基地局を設置し、5Gの高速大容量通信だけを実現する「ノンスタンドアローン(NSA)」運用によるインフラ整備が進められていた。だがNSA運用では、低遅延や、ネットワークを分割して用途毎の専用帯域を用意する「ネットワークスライシング」など、企業が最も必要としている性能を実現できず、活用しづらかったのだ。

携帯各社がSA運用を開始したのは2021年の後半からだが、2022年の夏頃にはコンシューマー向けのSA運用対応サービスも開始されている。今後、携帯各社のネットワークが順次SA運用に移行していくことは間違いないのだが、その移行度合いが5Gのビジネス利用に大きく影響してくることは間違いない。

NTTドコモは2021年12月に法人向けのSA運用による5Gサービスを提供開始。その後2022年8月には、コンシューマー向けにもSA運用によるサービスを提供している

では、一方のローカル5Gに関してはどうか。2020年末よりSA運用が可能な4.5GHz帯の割り当てが進められているし、ローカル5Gを導入する企業はゼロからネットワークを構築するところが多いので、携帯電話会社とは違ってSA運用が普及の課題となっているわけではない。むしろ、より大きな課題として挙げられているのがコストの問題だ。

ローカル5Gのネットワークを整備したいという企業の大半は、携帯電話会社よりも企業規模が小さく予算にも限りがある。それでいて、整備するエリアは自社の工場の中だけなど範囲が狭く、一度に通信する機器の数も、携帯電話会社よりはるかに少ない。

だが従来、そうしたローカル5Gの需要にマッチした機材が存在せず、携帯電話会社向けのオーバースペックで高額な基地局などを導入する必要があったことが、導入を阻む大きな壁となっていたのだ。

今年に入ってようやく、ローカル5Gに適した規模・サイズで低価格の基地局などが登場し、導入コストを大幅に抑えてローカル5Gを導入できるサービスも出てきているため、今後コストの問題はある程度解消に向かうと考えられるのだが、課題はそれだけに限らない。

NECが2022年に提供開始したローカル5G向け基地局「UNIVERGE RV1200」。無線部分と制御部分を一体化して小型化、かつ100万円を切る低価格を実現したことで高い評価を得ている

もう1つ、大きな問題として取り沙汰されているのが対応端末の少なさだ。ローカル5Gは、携帯電話会社とは異なる周波数帯を用いるなど、いくつかの違いがあることから、携帯電話会社向けのスマートフォンなどをそのまま使うことはできない。ローカル5Gに対応した専用の端末を、開発・調達する必要があるのだが、市場が小さいこともあって提供するメーカー自体が少なく、数も選択肢がまだ少ないことが課題となっているのだ。

アルプスアルパインが開発しているローカル5G対応デバイス。工場などで使われることを想定し、幅広いインターフェースを備えたゲートウェイ型の5G端末となる

もちろん端末に関しても、時間の経過とともに徐々に提供する企業が増えつつある。だが日本で多く利用されているiPhoneなどは対応の兆しがなく、メジャーな端末が利用できないことも、普及に向けた大きな課題となっているようだ。

そしてここに掲げた課題は、あくまで代表的なものに過ぎない。改善に向けた取り組みは進められているが、企業や自治体の本格的な5G活用に向けた糸口は、まだ見いだせていないというのが正直なところでもある。

こうした状況が長く続けば、過度な期待の裏返しによる失望感で、世界的なバブル崩壊をもたらしたかつての3Gと同じ運命をたどり、携帯電話産業全体に大きな損失をもたらしかねない。それだけに、目に見える形での実績を、早期に作り出すことが強く求められるところだ。

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