【連載】佐野正弘のITインサイト 第230回

空が見えなくても“どこでもつながる時代”は来る? SpaceX「プラチナバンド取得」で何が変わるか

佐野正弘

米Space Exploration Technologies(SpaceX)が手がける低軌道衛星群「Starlink」を活用した通信サービスは、従来の衛星通信と比べ低価格で高速ということもあって人気を博しており、日本でも大規模災害時に積極活用されてきた。

最近では、携帯各社が相次いで、Starlinkの衛星群とスマートフォンを直接接続して通信する「Starlink Direct」と呼ばれるサービスを展開。対応アプリも徐々に広がってきており、携帯電話のネットワークが整備されていない山間部などで利用が拡大している。

KDDIが先行していたStarinkとスマートフォンの直接通信「Starlink Direct」だが、2026年にはNTTドコモとソフトバンクもサービスを開始、一層多くの人に利用されるようになった

それゆえ、対応するサービスさえ契約していれば「空が見えればどこでもつながる」環境は整ってきたといえる。だが、SpaceXはさらにもう一歩踏み込んで「空が見えなくてもどこでもつながる」環境の実現に踏み込もうとしている。

そのことを象徴する動きとなったのが日本時間の2026年10月9日、同社が米国で800MHz帯の周波数帯を、投資会社のグレイン・マネジメントから獲得したと発表したことだ。

XにおけるSpaceXのポストより。同社は米国で、全米規模で利用できる800MHz帯の獲得を発表。既存携帯電話会社に対抗する大きな存在になるとして、直後より注目を集めている

この800MHz帯は元々、米国の携帯大手の一角を占めるTモバイル米国法人が保有していたもの。同社がかつてソフトバンクグループ傘下だったスプリントと合併した際に行政側から売却が求められ、その後紆余曲折を経てSpaceXが入手するに至ったようだ。

同日に投稿された同社のXによるポストを日本語訳すると、「この新しいスペクトラム(周波数)と私たちのGen2コンステレーションにより、Starlink Mobileはアメリカ国民がどこにいても高速モバイルブロードバンドにアクセスできることを保証できます」と記述されている。

Starlink Mobileは日本でいうところのStarlink Directを指すので、800MHz帯の獲得は衛星・スマートフォンの直接通信を、米国内のより多くの場所で提供することを狙ったものと見ることができそうだ。

ただ一方で、売却する側のグレイン・マネジメントの発表内容を確認すると、「希少な低周波数帯域を利用して次世代衛星通信による端末間直接接続(D2D)サービスをサポートし、Starlink Mobileが地上と宇宙の両方から顧客にサービスを提供することを可能にする」(日本語訳)とも記述されている。

つまり現時点では、SpaceXが必ずしも800MHz帯を衛星・スマートフォンの直接通信だけに用いるとは限らないことは、断っておく必要がある。

そこでここでは、仮にSpaceXが800MHz帯を衛星・スマートフォンの直接通信に全面活用することを想定した話をしていきたいと思う。その場合、現在のStarlink Directと比べ何が変わるのかというと、やはり低い周波数帯を用いるため、森の中や屋内など、空が見えない場所にも電波が届く可能性が出てくることだろう。

従来のStarlink Directは、主に2GHz帯の一部が用いられている。多くの人が知る通り800MHzは1GHz以下のいわゆる「プラチナバンド」なので、高い周波数帯と比べ電波が障害物の裏にも回り込みやすく、建物などへの浸透性も高い。条件にもよるだろうが、建物の中にも浸透し、屋内にいても通信できる可能性が考えられる。

総務省「衛星コンステレーションによる携帯電話向け2GHz帯非静止衛星通信システムの技術的条件」報告概要より。国内でもStarlinkDirectのため、これまでは2GHz帯の衛星活用に向けた取り組みが進められてきた

しかも800MHz帯は、元々携帯電話向けに利用されていた周波数帯で、既存のスマートフォンの多くが対応している。それゆえ、SpaceXがこの帯域を買収したことで、米国ではスマートフォンで通信できるエリアが大幅に広がることを期待する声が多いようだ。

米国は日本よりはるかに国土が広く、既存の携帯電話会社が地上の基地局を敷設してカバーできるエリアには限界がある。したがって、日本以上に携帯電話が利用できない、あるいはつながりにくいエリアが多く、ユーザーも少なからず不満を抱えていた。

それだけに、既存の携帯電話会社にはできない衛星通信と、800MHz帯の活用によるモバイル通信サービスの提供を打ち出したSpaceXに、期待の声が集まっているといえよう。

もちろんこれは、あくまで米国での話だ。日本では、楽天モバイルが衛星通信にプラチナバンドの活用を推し進めようとしている。

楽天モバイルは、米国の別の衛星通信会社であるAST SpaceMobileと、衛星・スマートフォンの直接通信ができる「Rakuten最強衛星サービス」を2026年第4四半期に提供予定としている。その通信に用いようとしているのが、2023年に免許が割り当てられたプラチナバンドの1つ、700MHz帯である。

楽天モバイルは2026年第4四半期に、AST SpaceMobileの衛星を活用した「Rakuten最強衛星サービス」の提供を予定している

同社は地上では1.7GHz帯を中心に用いてエリア整備を進めているが、KDDIとのローミング契約更新によるエリアが縮小し、ネットワーク整備では苦戦している。衛星通信にあえて700MHz帯を用いたのは、屋内にも電波が届く可能性のあるプラチナバンドにより、未整備エリアを衛星との直接通信でカバーしたい考えがあるのではないだろうか。

総務省は2026年6月に「衛星コンステレーションによる携帯電話向け700MHz帯非静止衛星通信システムの技術的条件」について一部答申を受けたと発表したが、これは楽天モバイルが衛星通信サービスに700MHz帯を用いる動きの1つと見られている

ただ、いくらプラチナバンドが遠くに飛びやすく屋内に浸透しやすいといっても、電波減衰の問題は生じる。これを考慮すれば、非常に遠い宇宙にある衛星から電波を射出し、地上と同じようにスマートフォンに届くとも考えにくい。800MHz帯を衛星・スマートフォンの直接通信に本格活用するには、衛星側の強化も必要だろう。

実際、SpaceXは800MHz帯の活用にあたり、電波の減衰を抑える第2世代の低軌道衛星群を用いるとしている。なお第2世代では、第1世代よりもサイズを大きくして通信容量を増やし、なおかつ一層低い軌道に配置することで、地球との距離を縮めている。

これらの準備が整って米国でサービスを開始した際、どこまでの通信品質を実現できるのかが、衛星通信におけるプラチナバンド活用の試金石となりそうだ。

そしてもう1つ、プラチナバンドを中心に活用するとなれば、その帯域幅の狭さゆえに大容量通信にあまり適さないという課題も抱えることになる。SpaceXが獲得したとされる800MHz帯は上り/下りともに7MHz幅、楽天モバイルに割り当てられた700MHz帯は上り/下りともに3MHz幅だ。

一方、楽天モバイルが全国で使用している1.7GHz帯は上り/下りともに20MHz幅。5Gで用いている3.7GHz帯は上り/下り合わせて100MHz幅なので、大容量通信に不可欠な帯域幅が明らかに少ないことが理解できるだろう。

広いエリアカバーを求めるユーザーにはメリットが大きいだろうが、「Rakuten最強プラン」のような使い放題プランは提供が難しいのでは?という疑問も浮上してくる。

衛星通信は、通信容量の面でどうしても不利だ。それだけに、弱点をカバーしながらも場所を問わずに快適なサービスを提供できるのかといった点も、事業者側には大きく問われることになるかもしれない。

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