【連載】佐野正弘のITインサイト 第215回
実は通信品質だけじゃない、KDDIが「povo 2.0」でドコモ・楽天を攻めるしたたかな狙い
市場飽和により、携帯各社が新規獲得よりも既存顧客重視の姿勢を示すようになったことで、携帯各社が顧客を奪い合う、かつてのような激しい競争は見られなくなった。だがそれでも攻めの姿勢を貫き、契約獲得に力を注ぐ方針を示しているのが「povo 2.0」だ。
povo 2.0は、KDDI傘下のKDDI Digital Lifeが提供する、オンライン専用のモバイル通信サービスブランド。特徴の1つは、一定の制限はあるものの毎月の基本料が基本的に0円で、必要に応じてデータ通信量などの「トッピング」を追加する、国内では数少ないプリペイド方式を採用している点にある。

そしてもう1つの特徴は、提携するシンガポールのCircles.Lifeの協力を得て、クラウドベースで動作するシステムを採用したデジタル通信事業であり、柔軟性の高いサービス展開が可能だということだ。
実際、povo 2.0のトッピングには月額制のサブスクリプション型のものや、他の企業のサービスとセットで提供されるものなど、非常に幅広いものが用意されているし、コンビニエンスストアのローソンなど、対象スポットで通信量を無料でチャージできる「povo Data Oasis」など、新しい取り組みも次々展開している。
それだけ先進的なサービスゆえに、KDDIの中では “王道” というべき「au」「UQ mobile」といったブランドと比べると、ターゲット層が狭く存在感も大きかったわけではない。だが、2026年6月18日に実施されたpovo 2.0のサービス説明会で、KDDI Digital Lifeの代表取締役社長である濱田達弥氏は、番号ポータビリティで乗り換えた契約者が約1.9倍に増加し、メイン回線としての利用が増えつつある様子を示していた。

そうしたこともあってか、povo 2.0はメイン回線としての利用を増やすべく、他社から契約を奪う明確な攻めの姿勢を見せ、話題となっていた。濱田氏がその最大の武器として打ち出したのが通信品質であり、povo 2.0が利用しているKDDIのネットワークは、調査会社の英OpenSignalのレポートで4年連続1位を獲得するなど、高い評判を得ている。
一方で、モバイル通信の品質低下が指摘され、利用者の不満を高めているのがNTTドコモと楽天モバイルである。NTTドコモは2023年に大都市部で引き起こした著しい通信品質低下から回復途上の状況にあり、今なお多くの批判を集めている。
また楽天モバイルは、KDDIとのローミングで地方や都市部の一部エリアも賄っているのだが、後者に関しては楽天モバイルの契約者が増加し、通信トラフィックが増えたことでKDDIのネットワークに与える影響が大きくなってきている。そこで一部ではローミングを終了する動きが進み、その影響を受けて急速に通信品質が低下したエリアが増えているとの声が、ここ最近多く聞かれるようになった。
濱田氏は具体的な企業名を示してはいなかったが、同日に示された通信品質に関する評価のグラフなどでは、それら2社の通信品質に対する不満の高さがそれとなく示されていた。ゆえにpovo 2.0の新たな戦略では、これら2社の通信品質という “アキレス腱” を徹底的に攻め、顧客を奪うことが大きな狙いとなっている様子だ。

ここで気になるのが、なぜKDDIが2社から顧客を奪うのに、同じKDDI回線を用いたauやUQ mobileではなくpovo 2.0を活用するのか、ということ。そこには先にも触れたpovo 2.0の特徴が非常に大きく影響している。
povo 2.0はプリペイド方式で、基本的に維持費がかからないため “お試し” での利用がしやすい。とりわけ最近のスマートフォンは、物理SIMとeSIMのデュアルSIM構成であることが多いので、メイン回線とは異なるSIMにpovo 2.0を入れてもらい、通信品質に不満を抱く人たちに試しに使ってもらうことが可能だ。
その特徴を生かすべくpovo 2.0では2026年6月19日から、キャンペーンコードを入力して新規契約した人に対して、24時間のデータ通信使い放題を10回分利用できるトッピングをプレゼントするキャンペーンを、終了日未定で展開するとしている。これにより、他社からの乗り換え不要でKDDIの高い通信品質を体験してもらい、そこからメイン回線への利用へと広げる道筋を付けようとしているわけだ。

そしてもう1つ、柔軟なサービス設計ができる点を存分に生かし、2026年7月1日から1.32TBのデータ通信量を1年間、39,240円で利用できるトッピングを提供するとしている。このトッピングは12か月で割ると、1か月当たり110GBの通信量を3,270円で利用できる計算だ。あと払いサービスの「Paidy」を使えば、手数料無料で12回の分割払いも可能となっている。
そして3,270円という料金は、楽天モバイルの「Rakuten最強プラン」を20GB以上データ通信した時の月額料金と全く同じ。NTTドコモでいえば、オンライン専用プラン「ahamo」で110GBのデータ通信が利用できる「ahamo大盛り」(月額4950円)よりも安い額となる。

もちろん、これらプランには他の付加価値があるので、料金だけでサービスを同列に比較できるわけではない。ただその料金設計と、povo 2.0がオンライン専用であることを考慮するならば、オンラインを主軸としたRakuten最強プランやahamoの顧客を明確にターゲットとしていることは明らかだ。
しかもオンライン専用プランを契約している人はSNSとの親和性も高く、SNSで通信品質に不満を訴えている、あるいはそれを目にすることも多いと思われる。ゆえにそうした人達をターゲットとしてpovo 2.0の優位性を訴求し、顧客獲得に繋げようとしているのではないだろうか。
また、KDDIが顧客獲得にpovo 2.0を活用するのには、ホッピング対策の狙いも大きいと筆者は見ている。携帯各社が新規契約の獲得にあまり力を入れなくなった背景には、市場飽和に加えもう1つ、新規契約者に対するポイント還元やキャッシュバックなど、お金やそれに相当するものを得て短期で乗り換えてしまう、ホッピング行為の横行も少なからず影響している。
だが、povo 2.0は都度払いのプリペイド方式なので、契約の継続が重要な月払いのポストペイド方式とはビジネスが大きく異なる。それゆえ元々、新規契約者向けのポイント還元などは実施していないし、今回のキャンペーンでもデータ通信量はもらえるが、それを売ってお金にはできない。ホッピングをする人にメリットを与えることなく、顧客獲得に繋げられることもpovo 2.0の大きなメリットとなっているわけだ。
通信品質だけならばソフトバンクも定評を得ているが、povo 2.0と同種のサービスは提供しておらず、同じ戦略は真似できない。それだけにpovo 2.0を活用し、通信品質の良さを武器として攻めの姿勢を見せるKDDIの戦略は、非常にしたたかなものと評価できそうだ。
ただ一方で、プリペイド方式は継続利用という面でいえば課題がある。もし競合の通信品質が回復したとなれば、容易に解約、あるいは利用を止められてしまいやすい。しかもpovo 2.0は柔軟性のあるサービス特性上、auやUQ mobileとは異なりKDDIの経済圏ビジネスとはやや距離があることから、サービスで顧客を囲い込むことも難しい。
それゆえ獲得した顧客を長期利用につなげ、優良顧客に育て上げるという点では、まだ課題があるように思える。現在は通信品質に課題を抱える2社も、今後何らかの形で改善を図るものと考えられるだけに、長期的視野で見れば今回の戦略にも隙がないわけではない、というのが正直なところだ。
