手首は楽でも親指操作は無理?

腱鞘炎視点で選ぶトラックボール。4メーカー5製品を試した最適解は?

山本竜也

パソコン作業中に手首や指に走る鈍い痛み。それは多くのデスクワーカーが抱える腱鞘炎の悩みだろう。腱鞘炎を経験した人にとって、「入力デバイス選び」はもはや快適性の話ではなく、日常作業を続けるための切実な課題といってもいい。

筆者自身、長年この腱鞘炎に苦しめられてきた一人だ。年に1~2回、痛みがひどくなると病院に行き、ステロイド注射をしてもらうことを数年間繰り返してきた。そんな筆者が最終的にたどり着いたのが「トラックボール」という選択肢だ。手首を動かさず、指先の動きだけでカーソル操作が完結する点は、腱鞘炎対策として理にかなっている。

しかし、一口にトラックボールと言っても、親指で操作するタイプや人差し指・中指で操作するタイプなど、その種類は多岐にわたる。一般的に、親指操作タイプのほうが従来のマウス操作に近い感覚で直感的に動かせるとされるが、筆者の経験上、それが腱鞘炎を持つ者にとっての最適解とは限らない。

この記事では、筆者自身の腱鞘炎の体験に基づき、複数のトラックボールを比較レビューし、「本当に腱鞘炎に優しいのはどのタイプか?」という視点から、最適な一台を提案したい。

腱鞘炎とは何か?

レビューに入る前に、簡単に腱鞘炎について解説しておきたい。といっても、筆者は医師でもなんでもないので、ここでは筆者自身の経験と一般的な知識をベースに話を進める。

腱鞘炎とは、骨と筋肉をつなぐ「腱」と、それを包む「腱鞘」が炎症を起こした状態を指す。手や指を使いすぎることで両者が摩擦を起こし、痛みや腫れが生じるのだ。

ひどくなると、物を掴んだり、ひねったりという動作だけで痛みが生じ、日常生活にも支障をきたす。腱鞘炎は腱と腱鞘がある場所であれば、どこでも発生する可能性があるが、特にデスクワーカーに多いのが、手首の親指側に痛みが出る「ドケルバン病(狭窄性腱鞘炎)」だ。

このドケルバン病、親指を動かすと痛みが強くなるのが特徴となっている。このため、手首にやさしいと言われるトラックボールであっても、親指で操作をするタイプは、ドケルバン病を患っている人に対してはまったく優しくない。筆者の経験上、親指を酷使する操作は、かえって症状を悪化させるリスクを孕んでいる。

もちろん、腱鞘炎でなければ親指操作でも問題はないだろう。痛みが出る・出ないなどは個人差も大きいので、親指を酷使したからといって必ず腱鞘炎になるというわけでもない。このため、本記事で触れる内容については、あくまでも筆者個人の感想だということはご理解いただきたい。

Kensington Expert Mouse TB800 EQトラックボール

ケンジントンのエキスパートマウスは、トラックボールの代名詞と言えるほどにメジャーな製品なので、トラックボールを検索したことがある人なら、一度は目にしたことがあるだろう。

「Expert Mouse TB800 EQトラックボール」は、エキスパートマウスとしては、約10年ぶりとなる新モデル。55mmの大型ボールを採用した人差し指・中指操作タイプのトラックボールだ。接続はBluetooth、USB-Cでの有線のほか、専用ドングルによる2.4GHz無線にも対応する。

4つの大型ボタンに加えて、上部にも4つのボタンを新たに追加。さらに、本体左右にサイドローラーを備えている。

ボールを囲むように配置されているスクロールリングは、前モデルから引き継ぐエキスパートマウスの特徴だ。時計回りの回転で下スクロール、反時計回りで上方向にスクロールする。従来は単に回転するだけだったが、TB800 EQでは上部のボタンにより、回転した際にカチカチとした感触を感じられるようになる(無くすことも可能)。

サイドローラーは、デフォルトでは左側が水平スクロール、右側が拡大・縮小に割り当てられているが、これを含めて各ボタンの動作は専用アプリ「Kensington Konnect」(WindowsおよびMac向け)でカスタマイズできる。

腱鞘炎からの視点

本体は、手前が低く奥が高くなるよう傾斜が付けられている。とはいえ、前モデルと比べる傾斜はやや緩やかになっている。前モデルは付属のリストレストを使わないと手首が反って窮屈な印象だったが、TB800 EQにはそうした窮屈さを感じない。

左側のサイドローラーは、操作に親指を使うことになるので、頻繁に使用する操作には割り当てづらい。だが、右側は小指や薬指で操作できるので、人によってはこちらを上下スクロールに割り当てたほうが便利と感じるかもしれない。

なお、筆者は手が小さめということもあり、ボールの頂点に指先がかかるように手を置いている。この持ち方であれば問題はないのだが、指先をもっと奥側になるように手を置いた場合にセンサーの反応が鈍くなるデッドゾーンが発生する可能性があり、改善に向けてファームウェアを開発中とのことだ。

Kensington SlimBlade Proトラックボール

筆者がここ1年以上利用しているのが、ケンジントンの「SlimBlade Proトラックボール」だ。接続はBluetooth、USB-Cでの有線のほか、専用ドングルによる2.4GHz無線にも対応する。

55mmの大玉を備えた中指操作タイプのトラックボールで、エキスパートマウスよりも高さが抑えられている。これにより、リストレストを使わなくても自然に操作できる。ボタンは左右上下の4つあるが、筆者は基本的に左下と右下の2つしか利用していない。

腱鞘炎からの視点

スクロールリングは搭載していないのだが、デュアルセンサーにより水平方向の回転を検出でき、ボールを水平に回転させるとスクロールを行えるようになっている。左クリックに親指を使うが、曲げる必要はないので負荷は感じない。

なお、SlimBlade Proを使用してから腱鞘炎は悪化していないので、筆者には効果があったようだ。

エレコム HUGE PLUS

HUGE PLUSは、52mmの大玉を採用したトラックボールマウス。2017年に発売された「HUGE」の8年ぶりとなるリニューアルモデルだ。従来モデルとの違いは、支持ユニットにベアリングを使用していることと、接続方式がBluetoothと2.4GHz無線、USB有線に対応していること。バッテリーも従来の単三電池から、リチウムイオン電池を内蔵し充電式となった。

通常のマウスのようなポジションで利用するスタイルで、大型ボールを人差し指または中指で操作する。パームレストが一体になった形状なので、非常に持ちやすい。一方で、サイズがやや大型のため、手が小さい人には指が届きにくいかもしれない。

左クリックは親指操作、右クリックは薬指で操作する形になる。また親指で操作するホイールはチルトにも対応。チルトホイールを含めて10個のボタンを搭載しており、それぞれPC向けの「エレコム マウスアシスタント」アプリで自由にカスタマイズを行える。

腱鞘炎からの視点

筆者はSlimBlade Proを使う以前、前モデルのHUGEを使っていた時期があが、親指でのスクロールがきつくなり、使用しなくなってしまった。クリックだけならあまり問題はないものの、ホイールのような前後に動かす操作は指の付け根に負担が大きい。

形状が同じHUGE PLUSでも同様の問題があるが、こちらは3月に予定されているアップデートでトラックスクロールに対応する予定だ。設定したボタンを押しながらボールを操作できるというもので、これなら親指を使わずにスクロールが可能になりそうだ。

Logicool MX ERGO S

Logicool MX ERGO Sは、親指操作のトラックボールとして人気のモデル。左クリック、右クリックボタンのほか、スクロールホイールを含めてカスタマイズ可能な6つのボタンを搭載する。

底面のプレートはマグネットで着脱でき、装着位置を変えて20度の傾斜を付けられるのが特徴だ。MX ERGO Sは本体サイズが大きいため、手が小さい筆者はフラットな状態ではリストレストがないと手首の収まりが悪く感じる。しかし傾斜をつけると手首が自然に机に接地するので、無理なく使うことが可能だ。とはいっても、リストレストがあったほうが快適ではある。

腱鞘炎からの視点

傾斜機能は手首の負担軽減に寄与するが、やはりポインタ操作のすべてを親指に依存するため、親指付け根の腱鞘炎(ドケルバン病)を抱える筆者には常用が難しかった。親指に不安がない人には最良の選択肢の一つだろう。

サンワサプライ 400-MAWBTTB190BK

サンワサプライの400-MAWBTTB190BKは、親指操作タイプのトラックボール。接続はBluetoothと専用ドングルを使用した2.4GHz無線に対応。USB-Cでの充電式だが、有線接続には非対応となっている。

傾斜角はMX ERGO Sよりも大きい54度。縦持ちマウスに近い形状をしており、ボールの位置がほぼ真横に来るためなのか、親指でも操作がしやすいと感じた。

ボタンは左クリック、右クリックのほか、「戻る」「進む」とホイールクリックに対応。Windowsのみとなるが、この3つのボタンは専用アプリでカスタマイズが可能だ。

腱鞘炎からの視点

このトラックボールに関しては、リストレストを使わないほうが快適と感じた。MX ERGO Sよりもさらに手首を立てた状態で保持できるため、手首全体の捻りによる疲労は少ない。また、親指への負荷も低いように感じた。ただし、親指を酷使することには変わりなく、筆者には常用は難しい。

筆者が選ぶ「腱鞘炎にやさしいトラックボール」

今回、5つのトラックボールを紹介したが、この中で腱鞘炎にやさしいという観点で選ぶなら「Kensington Expert Mouse TB800 EQトラックボール」と「Kensington SlimBlade Proトラックボール」だ。

SlimBlade Proは本体の高さが低く、手首への負担が少ない。何より、SlimBlade Proを使い始めてから、一度も腱鞘炎が悪化していないということが大きい。TB800 EQも同様の理由だ。上部にある4つのボタンや、左側のサイドローラーは正直なところ使いづらいが、右側のサイドローラーは意外と使い勝手が良かった。SlimBlade Proを所有していなければ、TB800 EQを購入したかもしれない。

手の大きさや症状は人それぞれであり、親指操作のほうがしっくりくるという人もいるだろう。しかし、もしあなたが「親指の付け根」に痛みを感じているのであれば、一度人差し指・中指操作タイプ、特にケンジントンの大玉モデルを試してみてほしい。

トラックボールは腱鞘炎対策の強力な武器になるが、根本的な解決には適度な休息やストレッチも不可欠だ。自分に合ったデバイスを選び、長く付き合えるPC環境を整えてほしい。

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