【連載】佐野正弘のITインサイト 第188回
“スマホ大幅高騰”を招いた「値引き規制」、総務省の見直しで安くなるのか
2025年も多くの人を悩ませた物価高。その影響はもちろんスマートフォンにも及んでいるのだが、スマートフォンの高騰には物価高の主因とされる円安以外にもう1つ、日本政府によるスマートフォンの値引き規制も非常に大きく影響している。
その規制に関しては本連載でも何度か触れてきたが、簡単に振り返ると現在のスマートフォンの値引き規制は、2019年の電気通信事業法改正に端を発する。政府は大手3社による携帯電話市場の寡占を長らく問題視しており、競争を促進するため、大手3社が築いてきた従来の商習慣を覆したのである。
具体的には、通信契約とスマートフォンの販売を明確に分離。これにより、通信契約をセットにすることでスマートフォンを大幅に値引く販売手法を禁止した。さらに、通信サービスの長期間契約を結ぶ代わりに月額料金を安くする “2年縛り” を、期間内の解約時に支払う違約金の上限を従来の10分の1の水準にまで引き下げて有名無実化。消費者が通信サービスを解約しやすくすることで他の携帯電話会社に乗り換えやすくし、競争促進を図ろうとしたわけだ。

その結果、市場にどのような変化がもたらされたのか。1つは円安が急速に進んだ2022年以降、スマートフォンの価格が大幅に高騰して販売台数が大きく減少したことだ。携帯電話会社の側で値引きをして購入しやすくしようとしても、法律で規制されてしまっているのだから当然の結果といえる。

解約が容易になったことで、もう一つの問題も引き起こしている。新規契約や乗り換え時に提供されるスマートフォンの値引きやキャッシュバックなどを獲得することを目当てに、携帯電話会社を次々と乗り換える「ホッピング」行為の大幅な増加だ。携帯電話会社もさまざまな手を打ち出しホッピングの防止に動いているのだが、国が法律で契約を縛ること自体を厳しく規制してしまっただけに、自主的な対処には限界がある。

一方で法改正は、国ひいては監督官庁である総務省が実現しようとした競争促進に、決して繋がっていないことも明確に示されている。最近では新興の楽天モバイルが契約数を伸ばすなどやや変化は見られるものの、大手3社とそのグループによるシェアが9割を超えている状況は、法改正前と大きく変わっていないのが実情だ。
また、法改正による競争促進で国が目指していた携帯電話料金の引き下げも、2020年から2021年にかけ菅義偉元首相のトップダウンによって半ば強引に実現してしまっている。だが拙速な料金引き下げを求めた結果、携帯電話会社の収益が急速に悪化し5Gのインフラ整備に影響を与えるなど、通信品質の面で悪影響をもたらしている。
それら一連の結果を踏まえれば、電気通信事業法の改正は業界にデメリットを多くもたらした一方で、競争促進にはつながっておらず、決して成功したとは言い難い。それだけに、長年にわたって携帯電話会社を厳しく規制することに傾倒してきた総務省も、法規制のあり方を見直す姿勢を見せるようになった。
それを示しているのが、総務省が新たに設けた有識者会議「利用者視点を踏まえたモバイル市場の検証に関する専門委員会」である。その第一回の会合が2025年12月12日に実施されており、内容を確認すると「電気通信事業法第27条の3」、要は2019年に改正された電気通信事業法で追加された規制を「目的に見合った必要最小限なもの」に見直すべきでは、という所から議論を始めようとしていることが分かる。

総務省は先の電気通信事業法改正で、「事業者間の適正な競争環境の実現」「利用者が自らのニーズに沿った通信サービスを合理的に選択」「利用者間の不公平」「通信料金の高止まりの解消」を実現しようとしていた。それらを既に実現しているのであれば、不必要に厳しい規制を継続する必要はないことから、利用者の視点に立ち返って見直しを進めることが目的となるようだ。
今回の規制見直しには、韓国の状況も少なからず影響しているようだ。実は韓国もスマートフォンの販売と通信契約が一体で、携帯電話会社がスマートフォン販売で強い立場にあるなど日本と市場環境が似ている。
それだけに韓国でもかつて、携帯電話会社が補助金を出してのスマートフォン大幅値引き合戦が激化。これを行政が問題視した結果、2014年に「移動通信端末装置流通構造改善に関する法律」(端末流通法)が施行され大幅値引きを厳しく規制した経緯があり、日本の電気通信事業法改正も韓国の動きを参考にした部分が大きい。

ただ、端末流通法をもってしても不法な補助金は撲滅できず、その一方でスマートフォンはAIなどの高機能化によって価格が高騰。値引きが規制されたことで端末価格が高止まりし、不公平感は解消されず消費者に与えるデメリットの方が大きくなっていたようだ。
そこで韓国では、2017年より規制範囲の縮小に至っており、2025年には端末流通法自体が廃止され完全な自由競争となっているのだが、それで再びスマートフォンの値引き競争が加速した訳ではない。そこには市場競争の変化が大きく影響しており、市場飽和でモバイル通信に力を入れても収益を伸ばせないことから、携帯電話会社がスマートフォン値引きによる顧客獲得よりも、AIなど成長分野への投資に重きを置くようになっているという。
それに加えて韓国独自の事情として、複数の携帯電話会社がハッキングに遭い個人情報が流出、その補償によって経営に大きなダメージを受けているとのこと。他分野への投資と想定外の損失によって携帯電話会社はスマートフォンの値引き競争を仕掛ける余裕がなく、端末流通法廃止後もスマートフォンの大幅値引きが進まなかったというのが実情のようだ。

日本も韓国と状況は非常に似てきており、携帯各社がAIや金融などに力を注ぐ動きが加速しているのに加え、モバイル通信でも新規獲得から既存顧客重視の姿勢へ転換を示す動きが強まっている。もし日本でスマートフォンの値引き規制などを緩和したとしても、韓国と同様にかつてのような激しい値引き合戦が起きる可能性は低いと考えられる。
ただし日本では、解約のハードルを著しく引き下げてしまったことで、携帯電話会社が値引きやキャッシュバックなどで何らかの補助を実施する限り、ホッピングの問題がつきまとう。ホッピング行為をいかに規制しながら、規制緩和を進めるかは大きな争点の1つになってくるだろう。
またそもそも、規制の方向性は今後の議論によって決まってくるので、総務省が必ずしもスマートフォン値引き規制を緩和するとは限らないことは知っておく必要がある。だがこれまで規制一辺倒だった総務省の姿勢が、スマートフォン価格高騰の現実に向き合う姿勢を見せるようになったこと自体、大きな変化であることは間違いない。議論は2026年に本格化することになるだけに、来年はその議論の結果が消費者にどのような成果をもたらすかが、大いに関心を呼ぶことになるだろう。
