コンテンツ制作の最先端、ソニーの技術展「STEF」で体験したエンタメロボットや3Dキャプチャ

山本 敦

ソニーの技術展「STEF」で体験した最先端のエンターテインメント技術を紹介する

ソニーが、自社グループの先端テクノロジーや各種サービスの基盤となるプラットフォームを一堂に集めた技術交換会「Sony Technology Exchange Fair(STEF)2025」を、12月12日に東京本社で開催した。

本イベントは、ソニーグループ内における共創を目的に立ち上げられた社内向けの取り組みだが、今年は初めて社外のクリエイターを招き、展示を紹介する公開日を設けた。メディアにも公開された一部の展示をレポートする。

ソニーの最先端技術とクリエイターが触れ合うイベント

ソニーといえばテレビやオーディオ、デジタルカメラといったコンシューマーエレクトロニクス分野で業界をリードしてきた企業として知られる。一方で近年は、グループ内に蓄積されたエンターテインメント関連のテクノロジーやサービスを軸に、プロフェッショナルのクリエイターと共創するビジネスモデルにも軸足を置いている。

STEFはソニーの社内向け技術交流イベントとして、1970年代から続く歴史ある取り組みだ。2022年に開催50周年を迎えたことを契機に、社外のクリエイターやメディアを招くなど共創の輪を段階的に広げてきた。

「Sony Technology Exchange Fair(STEF)2025」に、ソニーのコンテンツクリエーションに関連する最先端の技術とソリューションが一堂に集まった

53回目の開催となる今年は、映像・音楽・ゲーム・出版など、さまざまなクリエーション領域に携わるプロフェッショナルが招待された。もとよりソニーはコンシューマー向け製品だけでなく、業務用映像・音響機材の分野でも長い実績を持つ企業である。1960年代から放送業務用制作機材の開発に本格参入し、日本のテレビ放送業界と密接に関わりながら業務用の製品開発に関する知見や、プロフェッショナルの仕事を支えるワークフローの思想を積み上げてきた。

映像機器においては、ソニーセミコンダクターソリューションズが設計・開発するイメージセンサーをソニーの業務用カメラに搭載。さらに、放送や映画などコンテンツ制作の現場で得られた知見を半導体事業へフィードバックできる点が、ソニーならではの強みとなっている。

こうした背景からも、ソニーというブランドに対するクリエイターの期待値は高い。筆者が取材したSTEF 2025の公開日には、国内から約790名のクリエイターが来場し、入場ゲートには長い列ができていた。

ソニーグループの荒川佳一朗氏にSTEF 2025の手応えを聞いた

イベントを主催するソニーグループのデジタル&テクノロジープラットフォーム 技術戦略部門 部門長の荒川佳一朗氏に、近年のSTEFの手応えと今後の展望を聞いた。

元はソニー社内のスタッフ同士が交流することで、新たな技術の発見や発展を促す目的で始まったイベントだが、現在では社外のコンテンツクリエイターも巻き込んで「新しい技術と体験」を生み出す発信地へと進化を遂げている。ソニーグループでは海外においても、エンターテインメント事業に携わる社員やクリエイターを対象に、グループ内のクリエイターコミュニティを醸成することを目的としたイベント「Sony Entertainment Technology Showcase(SETS)」を開催している。

荒川氏は今回のSTEF 2025の反響を振り返りつつ、「より多くの方々がソニーの技術にアクセスできる機会を設けることも検討したい」と述べ、イベントをさらに発展させる可能性にも言及した。来年1月にラスベガスで開催される世界最大級のエレクトロニクスショー「CES」では、ソニーグループはブースを構えての出展を行わない予定だ。それならばなお、ぜひ一般の来場者にもソニーの先端技術やサービスを広く紹介する「公開版STEF」とも言えるようなイベントも実現してほしいと筆者は思う。

新しいエンターテインメントの形を提案する「ソニーの群ロボット」

STEF 2025には100件を超えるテーマに渡るソニーの技術と、これに基づくソリューションが公開された。その中からメディア向けには、コンテンツ制作に深く関わるいくつかの展示が紹介された。

筆者が最も興味を引かれた内容は、ソニーグループによるロボット関連の技術を集めて発展させた「エンターテインメント向け群ロボット」の展示だ。今回のSTEF 2025のテーマがプロのクリエイターとの共創だったことから、今回はソニーの群ロボットの技術をエンターテイメント分野での活用事例として見せた。

会場に展示されたロボットのプロトタイプには「groovots(グルーボット)」という名前がある。大小合わせて3つのロボットが時間と位置を完全に同期しながらステージをつくり出す。STEFの展示では大きなロボットのディスプレイにバーチャルキャラクターを表示して、小さな2台のロボットの映像効果と同期しながら華やかなデモンストレーションを披露した。

先進的なテクノロジーは台車のようなロボットの “足もと” に集結している。平らなステージ上を自在に移動するための車輪を複数搭載するほか、同じステージ上でライブパフォーマンスを繰り広げる人間の演者とぶつからないように、人感センサーを搭載した。

ディスプレイを搭載したタワー型のgroovots

これらのセンシング技術により、ロボットが人間と衝突する危険性は概ね回避できるものの、安全性が100%保証されるわけではない。そのため、あらかじめ演者のアクティングエリア内での動きや侵入のタイミングを台本に合わせて厳密に決める必要がある。

ソニーはロボットの動作を制御するため、独自にコントローラーアプリケーションも試作した。仮称は「スポッター」。アメリカンフットボールでフィールドの高い位置から試合全体を俯瞰し、選手の動きを分析するコーチ補佐の役割を担うスタッフの呼称に由来している。

groovotsはこれまでに2度の実証実験を行っている。12月以降にはアイドルグループによる有観客の音楽ライブで、初めて “本番” のステージを迎える予定だ。

足もとの台座にセンシングテクノロジーが集結している。同じステージに立って動いている人間にぶつからないように、人感センサーなどを搭載した

また、groovotsは複数のロボットが協調動作しながら、群れ全体が自然にフォーメーションと役割を変えて、複雑で高度な全体挙動を実現する。単体のロボットではなく、全体としてスマートにふるまう「群ロボット」の技術はエンターテインメントの領域だけでなく、重い荷物の運搬作業など様々な人間のワークロードを軽減できるテクノロジーとして、にわかに脚光を浴びている。

groovotsにはソニーのドローン「Airpeak S1」や、コミュニケーションロボットの「aibo」のテクノロジーが応用されている。展示担当者によると、エンターテインメントロボットの「poiq(ポイック)」から獲得した知見を活かして、「人間とコミュニケーションも交わせる群ロボット」を実現する可能性についても検討しているという。アニメ『PSYCHO-PASS サイコパス』シリーズに登場する公安局のロボットが、現実のものになる時が今から楽しみだ。

照明職人として活躍するgroovotsのプロトタイプ
ロボットを制御する専用アプリケーション「スポッター」。実際のステージではソニーのデザイン部門であるクリエイティブセンターのスタッフが効果的な演出を考案して、スポッター上で演出のプログラミングを行う

空間コンテンツ制作のソリューションが拡大中

このほかにも、プロのコンテンツクリエイターを支援する、ソニーの様々な技術とサービスが出展された。

ソニーは2025年の1月に開催されたエレクトロニクスショー「CES」で、空間コンテンツ制作の支援を行うソリューションのパッケージである「XYN(ジン)」を発表した。このXYNを構成する「XYN 空間キャプチャーソリューション」は、同社αシリーズなどミラーレス一眼カメラで撮影した画像と独自アルゴリズムを用いて、現実の物体や空間から高品質でフォトリアルな3DCGアセットを創り出すテクノロジーだ。

ベータ版の提供を開始した「XYN 空間キャプチャーソリューション」

今年の11月19日には、クリエイターを対象にベータ版を提供開始している。このパッケージには、3Dスキャン撮影を支援するスマートフォンアプリケーション「XYN Spatial Scan Navi Beta」や、撮影データから3DCGアセットを生成するWebアプリケーション「XYN Spatial Scan Beta」などが含まれている。

STEF 2025の会場では、これら既存のアプリケーションに加え、キャプチャした3D画像を編集するエディタアプリケーションの試作版も公開された。

この試作版では、3D画像内に写り込んでほしくないオブジェクトを選択して削除したり、静止画としてキャプチャされるオブジェクトを選択して、「風にそよぐ木の葉」のように自然な動きを付与したりといった機能が検討されている。担当者は「今回のイベントに来場したクリエイターの声を反映し、本当に必要とされる機能を備えた編集アプリケーションを実現したい」と意気込みを語った。

試作が進められているXYNの編集用アプリケーション。Google Pixelの “消しゴムマジック” のように、3Dキャプチャした空間内の不要なオブジェクトを選択して消す機能などを予定している
静止画としてキャプチャされる立体空間画像に自然な “動き” を付ける機能も試作している

空間キャプチャーソリューションを発展させた「4Dキャプチャー」は、動きのある3Dモデルを撮影するためのデジタルイメージング技術だ。従来必要とされていたボリュメトリックスタジオのような大がかりな設備ではなく、ソニーのセンシングデバイスとRGBカメラ(ミラーレス一眼カメラ)を組み合わせた1台のシングル4Dカメラによるソリューションを実現した。

今回の展示のため、車載LiDARとRGBイメージセンサーを搭載するボックスと、ソニーのミラーレス一眼カメラ「α9」を組み合わせた4Dキャプチャシステムが試作された。ソニー独自のセンシングデバイスと信号処理のアルゴリズムにより、高精細で滑らかな4K/120fpsのXRコンテンツが制作できる。

会場では3人の演者によるパフォーマンスを立体的に、かつ髪の毛の細部まで緻密に再現した “動きのあるリアルな3Dモデル” を再現したデモンストレーションを披露した。

3D空間キャプチャに “動き” の要素を加えた「4Dキャプチャ」のシステムを試作。下側が車載用LiDARセンサー等を内蔵するセンシングボックス。4K/120fpsのハイフレームレート撮影に対応するソニーのα9を組み合わせている
制作した4Dキャプチャ映像を、ヘッドセットや立体視3Dディスプレイなど様々なデバイスで再生する楽しみ方を検討している

新たな視点から没入体験をつくり出すテクノロジー

「Feel So Music」は、本体に振動素子を搭載する “身体で音楽を感じられるスピーカー” のコンセプトモデル。

本体を肩に掛けた状態で、胸部に当てた2つの振動素子が音源の低周波に合わせて振動することで、聴覚と触覚による「クロスモーダル錯覚」を引き起こして、音楽を身体全体で感じるような感動体験を生み出す。STEFの会場では、低周波の音に合わせて「風」を生み出しながら体験に厚みをもたらす演出を行っていた。

ソニーの担当者によると、このコンセプトモデルを開発した狙いとして「スピーカーを身に着けたユーザー同士で一緒に音楽を聴くだけでなく、ライブ会場などで体験するグルーブ感を共有できること」も意図したという。

また、聴覚や視覚に障がいを持つ方にもこの技術に触れてもらったところ、「音楽の楽しさ」を共有できたことへのポジティブな反響も得られたそうだ。デジタルデバイスとエンターテインメントのアクセシビリティを高める、ソニー独自のソリューションとしても期待が持てる。

肩に乗せて、音楽を身体で感じられるウェアラブルスピーカーのコンセプトモデル
肩の位置に2つの振動素子が触れて、重低音を再生した時に力強いバイブレーションを伝える

このほかにもソニー独自の映像、音響、触覚・嗅覚を再現するセンシングデバイスなど、エンターテインメントに応用できる技術を集めた体験型エンターテインメント設計の提案も見せた。

ソニーは、家庭用のデバイスやコンテンツ配信では完結しない体験を、空間・時間・身体性ごと設計する「Location Based Entertainment(LBE)」を、同社独自の技術群により実現することを、次世代のエンターテインメントビジネスの目標として掲げている。

触覚センサーを内蔵したコントローラーデバイスで映像の中のキャラクターと触れあえる

これまでに実施された期間限定のイベントや、東京・新宿の東急歌舞伎町タワーに常設する体感型アトラクション施設「THE TOKYO MATRIX」などで、ソニーはLBEの体験機会を設けてきた。今後もコンテンツの企画制作のプロフェッショナルと連携して、LBEに関連する様々なテクノロジーに触れられる場所が増えてほしい。

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