宇宙探査に役立つ可能性も
チェルノブイリで放射線をエネルギーにして生きる黒カビを発見

1986年4月26日未明に起こったチェルノブイリ原発事故は、北半球ほぼ全域で観測されるほどの放射能を放出する大惨事となり、同原発から30km圏内は、放射能汚染により2010年の暮れまで立ち入り禁止とされた。しかし現在でも、現場近隣地域には驚くほどの放射線量を示すホットスポットが点在している。
しかし、放射能汚染の危険にもかかわらず、一部の研究者は放射線が周辺環境に及ぼす影響について研究を行ってきた。
その中の一人であるウクライナの菌類学者ネリ・ズダーノワ氏は、1997年にチェルノブイリ原子力発電所の高濃度放射能の廃墟に黒カビが繁殖し、壁や天井、さらには原子炉建屋内にまで繁殖しているのを発見した。そして、さらに調べたところ、その菌類は有毒な環境を避けるどころか、電離放射線に特に引き寄せられていることが示唆された。
電離放射線は一般的に、太陽光よりもはるかに強力であり、集中砲火のようにぶつかる放射性粒子にはDNAやタンパク質を破壊して生物の細胞組織を破壊し、死に追いやる可能性を持っている。そのような環境を好む生物は、普通なら考えられない。しかし、ズダーノワ氏はその後の20年にわたる研究を通じて、ごく普通の種を含め36種類もの菌類が、この「向放射性(radiotropism)」と呼ばれる性質を備えていることを発見した。
なぜこれらの種が、本来なら死滅を招くような危険をはらむ放射能を好む性質を持っているのだろうか。それを説明する当初の理論は、菌類に含まれるメラニンに注目した。黒から赤褐色まで変化するこの分子は、人々の肌や髪の色の違いを生み出す物質としてよく知られている。
たとえば赤道に近い地域にルーツを持つ人々は肌や瞳の色が濃く、それによって身体や瞳の細胞を強い日差しに含まれる紫外線から保護している。これと同じように、チェルノブイリで生育する様々なカビの種が黒かったのも、その細胞壁にぎっしり詰まっているメラニンが大きな役割を果たしていると考えられた。さらに、抗酸化物質であるメラニンには、放射線が生体内で生成する反応性イオンを安定状態に戻すという作用もあった。
この理論を裏付けるかのように、チェルノブイリ周辺の池に生息するカエルは、細胞内のメラニン濃度が高いほど生存性と繁殖能力に優れ、世代を重ねるにつれ体色が徐々に黒くなっている。
そして2007年、ズダーノワ氏の研究に新たな知見を加える研究結果がアルバート・アインシュタイン医科大学の核科学者、エカテリーナ・ダダチョワ氏によって発表された。この研究によると、向放射性を示す菌類は放射線の存在下で成長速度が10%も加速することを発見したのだ。ダダチョワ氏のチームは、放射線照射を受けたメラニン化した菌類が、そのエネルギーを代謝の促進、つまり成長に利用している可能性を示唆した。ダダチョワ氏は、この特性を「放射合成(radiosynthesis)」と呼び、メラニンがその反応に深く関わっているとした。
ダダチョワ氏によれば「電離放射線のエネルギーは、光合成に利用される白色光のエネルギーの約100万倍」もあり「電離放射線を利用可能なレベルのエネルギーに変換する」には「非常に強力なエネルギー変換能力が必要になる」と説明、メラニンがこの役割を果たしているとの考えを示した。
ただ、メラニンを多く含む菌類がすべてこの能力を持っているわけではないことも研究では判明している。ズダーノワ氏らによる2006年の研究では、チェルノブイリで採取された47種の対象菌類のうち、放射性セシウム(セシウム137)の線源に向かって増殖したのはわずか9種だった。
2018年には、ズダーノワ氏が研究していた種の菌類が国際宇宙ステーションに送られ、銀河宇宙線(有人宇宙船による惑星間旅行において障壁となる宇宙放射線)にこれを晒す実験が行われた。そしてこの菌類が、銀河宇宙線に26日間晒された結果、地上の同じ菌類に比べて1.21倍の速度で成長することを発見した。
ただし、この研究の共著者であるフロリダ大学のニルス・アベレシュ氏は、この差は無重力状態が作用した可能性もあると考えており、現在は地上で無重力をシミュレートする特殊な設備を用いて検証のための実験を行っているという。
なお、興味深いことにこのISSでの実験では、カビが放射線に対する防護バリアとして機能する可能性も示された。カビが成長するにつれて、顕著な量の放射線を遮蔽する様子が確認にされたとのことだ。これらの実験から、研究者らはカビの放射線防護効果はメラニンだけでなく、水などの他の生物学的成分による可能性もあると示唆している。
重金属などの標準的な放射線遮蔽手段は、地球の重力に逆らって宇宙に打ち上げるには重すぎるうえにコストも張る。しかし、チェルノブイリで発見された菌類が効果的に利用可能となれば、これはシンプルかつ低コストな代替手段になるかもしれない。しかも宇宙環境下で生育できるとなれば、最初にわずかな量を打ち上げ、現地で増やすことが可能となる。
大惨事となったチェルノブイリの事故だが、その後の環境で発見されたこれらの菌類は将来の宇宙飛行士を守るための重要な盾として利用されることになるかもしれない。
- Source: Mycological Research
- via: BBC Interesting Engineering
