PFDが体内に吸収されていないことも確認

2024年イグノーベル賞受賞の「尻呼吸」研究、ヒトでの初実験で有望な結果。臨床応用に向け前進

Munenori Taniguchi

Image:Siwakorn1933/Shutterstock.com

東京科学大学、大阪大学、名古屋大学からなる研究チームは、2024年にイグノーベル生理学賞を受賞した論文「腸呼吸の応用により、呼吸不全の治療に成功」の研究をさらに推進し、世界初となる人を対象とした実証試験によって「腸換気法」、わかりやすく言えば「尻呼吸」の安全性と忍容性を確認したと発表した。

イグノーベル賞とは「まず最初に人々を笑わせ、そして考えさせるような業績を称えること」を目的として、1991年に科学ユーモア雑誌 「Annals of Improbable Research (AIR)」によって開始された。よく「ノーベル賞のパロディ」と説明されるため、ノーベル賞とは対極にあるかのような印象を受けがちだが、研究テーマが風変わりで面白いというだけでなく、将来的に重要な成果や技術を生み出す可能性を秘めている研究も多い。

「尻呼吸」の研究も、お尻から腸管内に酸素を供給するという点が滑稽ではあるものの、新型コロナ禍でみられたような人工呼吸器が不足する事態を回避したり、もともと肺に疾患を持つ患者が、侵襲性の高い人工呼吸器治療を使わずに治療を継続可能にすることを目標として2017年に開始されたものだ。

研究を率いる東京医科歯科大学の武部貴則教授は、ドジョウが低酸素環境でも体内に酸素を取り込むため、エラだけでなく腸に蓄えた空気から酸素を取り込み、残った気泡を肛門から出す『腸呼吸』を行うのに着想を得たという。武部教授は受賞当時のインタビューで「既存の方法で、チューブで酸素を口から送り込みつつ腸からの呼吸で少しの時間でもサポートができたら、重い合併症に悩まなくても済む」と述べている。

イグノーベル賞を受賞した研究では、実験には豚やラットなどの哺乳類が使われ、酸素を非常に多く含有できるパーフルオロデカリン(Perfluorodecalin, PFD)と呼ばれる液体を、各動物の腸にお尻から送り込む実験を行った。その結果、どの動物も血液中の酸素が増え、ブタは呼吸不全の症状が改善した。

今回新たに発表された論文は、受賞した研究をさらに実用化に向けて推し進めるため、世界で初めて人間に対してPFDを肛門から投与した。

今回の研究では20~45歳の健康な成人男性27名で構成される被験者に対し、肛門から非酸素化PFD液を投与して、60分間そのままでいるように指示した。投与量は段階的に増加し、最大で1.5リットルにまで達したケースもあったという。

Image:Institute of Science Tokyo

結果としては、27人中20人が60分間の待機時間をクリアした。一部の大量投与者には腹部膨満感や腹痛など軽度の症状が出たが、それらも一過性のものであり、全体に特別な処置は必要なく自然回復し、深刻な副作用や液体の吸収も確認されなかった。

投与後の血液検査では、肝機能・腎機能を含むすべての項目で異常は認められず、血液中からもPFDが検出されなかった。つまり、PFDは体内に吸収されることなく、酸素を供給する役割を担えることが判明した。

武部教授は今回の研究はあくまでPFDの安全性について実証したもので、酸素供給の有効性を示すことが目的ではないとしている。そして、今回の試験で確立された安全性データを基にして、今後は「酸素を豊富に溶かしたPFDを用いる臨床試験」の準備を進め、有効性の実証によって「肺の機能に依存しない画期的な酸素化療法として、新生児をはじめ、治療の選択肢が限られる重症呼吸不全患者を救う新たな手段」とすることを目指していく予定だ。

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