【連載】佐野正弘のITインサイト 第176回

アップルが加速させるiPhoneの「eSIM」シフト、日本の携帯市場に混乱をもたらすか

佐野正弘

新機軸の「iPhone Air」は、5.6mmという薄さを実現するため物理SIMスロットがなく、eSIMのみ利用できる形が取られた

日本時間の2025年9月10日未明に発表された、米アップルの新iPhone4機種。その内容は既に多くのメディアで取り上げられている通りなのだが、ある意味で最も大きな注目を集めたのは「eSIM」ではないだろうか。

eSIMはデバイス内に組み込んであるSIMのことで、既にiPhoneをはじめとする多くの機種がeSIMに対応している。だが今回の新機種では薄さ5.6mmの「iPhone Air」が、その薄さを実現するためか物理的なSIMカードスロットを廃止し、eSIMのみ利用できる仕組みとなった。

それに加えて日本をはじめとした12の国・地域においては、iPhone Airだけでなく「iPhone 17」「iPhone 17 Pro」「iPhone 17 Pro Max」の3機種も、eSIM専用モデルのみが投入される。つまり日本でこれまでiPhoneでSIMカードを使っていた人は、新しいiPhoneに機種変更すると従来のようにSIMカードを差し替えて通信回線を移すことができず、否応なくeSIMに変更する必要が出てくる訳だ。

新iPhoneは米国以外でもeSIM専用モデルのみ投入される国や地域が拡大。日本でも「iPhone 17 Pro」など全てのモデルでeSIM専用モデルのみが販売される

実はアップルのお膝元である米国では、2023年の「iPhone 14」から既にSIMカードスロットのない、eSIM専用モデルのみが投入されていた。今回の新機種ではその展開国・地域が拡大された訳で、アップルの中ではeSIMへのシフトが既定路線となっている様子を見て取ることができよう。

しかしなぜ、アップルは物理的なSIMカードのスロットを廃止したがっているのか。その理由を示しているのが、今回発表された「iPhone 17 Pro」「iPhone 17 Pro Max」である。

実は両機種は、物理SIMスロットを搭載したモデルとeSIM専用モデルとでバッテリー容量が異なっており、eSIM専用モデルは物理SIMのスロットがない分、バッテリー容量が増量されている。アップルのリリースによると、物理SIM搭載モデルよりも2時間長いビデオ再生を可能にするとされている。

iPhone 17 ProのeSIM専用モデルは、物理SIMカードのスロットを廃止した分バッテリー容量を増量。ビデオ再生を2時間延ばせる分の増量がなされているという

メーカーであるアップルにとって、物理SIMスロットを廃止できればその分部品の点数を減らし、顧客ニーズが高い要素、今回であればバッテリーの増量に費やせる。加えて部品点数を減らすことは、調達や製造にかかるコストを引き下げ利益を増やすことにも繋がるだけに、eSIMで代替できるようになった物理SIMスロットの廃止を進めているのだろう。

スマートフォンで当たり前だった機能を廃止し、ニーズの高い要素に振り分けるというアップルの動きはこれまでにも見られたものだ。その代表例となるのが2016年発売の「iPhone 7」シリーズであり、ニーズの高い本体の薄型化のため、同機種から3.5mmのイヤホン端子を廃止したことが議論を呼んだ。

だが、同時に代替策となるワイヤレスイヤホンの「AirPods」を販売し、新たな市場創出へとつなげたことで他社が追従。3.5mmのイヤホン端子を廃止する動きが急速に進むこととなった。

そうしたことからアップルが物理SIM廃止の動きを進めたことで、将来的には他社も追随してeSIMのみを搭載したモデルが増加し、物理SIM廃止の流れが進む可能性は高い。実際Googleも、米国では最新の「Pixel 10」シリーズで物理SIMスロットを廃止していることから、今後登場する新機種では国内でもeSIM専用モデルのみ投入されることが考えられる。

日本では物理SIMカードスロットが備わっている「Pixel 10」シリーズだが、米国ではスロットがなくeSIM専用となっている

eSIMはオンライン上で手続きができ、手軽に携帯電話会社を乗り換えられることもあって、国、ひいては総務省もその利用を促進している状況にある。それだけに今後、日本でeSIMシフトがより加速する可能性は高いのだが、現状日本では多くの人が物理的なSIMカードを利用しており、eSIMの利用に慣れていない。このことが短期的には、大きな問題を引き起こすことになりそうだ。

実際、携帯各社がオンライン専用プランなどでeSIMのサービスを始めた当初は、利用する側がeSIMの手続きをする際、トラブルが生じて多くの問い合わせが生じていた。「APN」や「プロファイル」など物理SIMカードでは求められなかった要素に戸惑い、設定がうまく進められなかったようだ。

現在はeSIMの提供から年数も経ったことで、利用に慣れたユーザーも増え、トラブルも減少してはいる。ただこれまで物理SIMカードのみを利用し、eSIMの知識を持たないユーザーたちが、新iPhoneの発売以降にeSIMへ切り替えることとなるだけに、同種のトラブルが再び多発する可能性は否定できない。

もちろんiPhoneを販売する携帯各社も、そうした状況に備えてeSIMシフトへの対応を進めているようだ。ソフトバンクの専務執行役員 コンシューマ事業推進統括である寺尾洋幸氏は、2025年9月4日にサブブランド「ワイモバイル」の新料金プランについて説明した際、ワイモバイルショップの店頭でもeSIMの利用を推進し、トレーニングを重ねていることを明らかにしていた。

ソフトバンクの寺尾氏は、「ワイモバイル」のショップ店頭で顧客にeSIMの利用を勧めるなどして、スタッフにeSIMのトレーニングを進めていることを明らかにしていた

加えて携帯各社は、費用面でもeSIMを利用しやすくする取り組みを進めている。ソフトバンクは2025年8月20日から、KDDIは2025年9月1日から、オンラインでのeSIMの再発行にかかる事務手数料を当面無料にするとしている。NTTドコモと楽天モバイルは、元々オンラインでのeSIM再発行時の事務手数料を無料としていることから、少なくとも今回の新iPhone発売時点では、既にeSIMを利用している人が機種変更する際に事務手数料を取られることはないようだ。

携帯電話会社にとって、国内で圧倒的シェアを持つiPhoneは最重要というべき商材だ。それだけに、今後もさまざまな手段を駆使してeSIMのサポート強化を図ってくるだろう。リテラシーを起因とした混乱は中長期的に見れば落ち着いていくと思われる一方で、iPhoneを直接扱っていないMVNOが抱えることになる問題は、解決の道筋を見出すことができない。

問題の1つは、そもそもeSIMに対応していないサービスを提供しているMVNOが少なからず存在することだ。同じMVNOのサービスであっても、使用している回線によってeSIMに対応していない場合がある。ソフトバンク回線でeSIMを利用できるサービスは、現状筆者が知る限り存在しない。

2つ目は手数料の問題だ。多くのMVNOはSIMの発行をしておらず、ネットワークを借りている携帯電話会社のSIMを使う形式を取っていることから、eSIMの再発行を無料化するのはなかなか難しい。もちろん期間や回数を制限してeSIMの再発行を無料にしているMVNOもあるが、携帯4社のように制限なく無料にするのは難しく、競争上不利に働くことになる。

もう1つは「eSIMクイック転送」への対応ができないこと。これは機種変更時、複雑な手続きを踏む必要なく、新しいiPhoneにeSIMの情報を簡単に移すことができる機能なのだが、その実現にはアップルの協力が必須となっている。つまり、iPhoneを直接扱っていないMVNOは対応自体ができない。

機種変更時に古いiPhoneから、新しいiPhoneへeSIMの情報を移すことができる「eSIMクイック転送」だが、その実現にはアップルの協力が必要なためMVNOは対応ができない

とりわけ最後の問題は、MVNO自身で解決することはほぼ不可能である。それだけに、iPhoneのeSIMシフトが進むほど、MVNOが不利な状況が生まれ一層厳しい立場に追い込まれることは確実だ。

この状況を打破するには、公正競争を重んじる総務省、ひいては国が動く以外に方法はない。今後、総務省がどのようなアクションを見せるかが注目される。

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