【連載】佐野正弘のITインサイト 第164回

「らくらくホン継続」と「AI時代の低価格ハイエンドスマホ」、新生FCNTの新戦略を追う

佐野正弘

中国のレノボ・グループ傘下となって復活を果たしたFCNT。2024年にはミドルクラスの「arrows We2 Plus」とエントリークラスの「arrows We2」、そしてシニア向けとなる「らくらくスマートフォン」の新機種を複数投入し、国内の出荷台数シェアでも急回復を見せるなど好評を得ているようだ。

そのFCNTは、2025年に入ってレノボ・グループ出身の桑山泰明氏が代表取締役社長に就任するとともに、2025年6月17日には新製品発表会を実施し、次のステップに向けた新製品投入に動いている。だが桑山氏はその冒頭、FCNTの戦略に関して「FCNTは日本のメーカーとして、日本の顧客に使って欲しい製品作りに注力してきた。(その戦略を)何ら変える必要はない」と話している。

復活したFCNTの新製品の好調ぶりはシェアからも見て取れるし、破綻前の旧FCNTが課題として抱えていた部材調達などにかかるコストの問題も、レノボ・グループの傘下に入りスケールメリットを得たことで大幅に緩和されている。それだけに、従来の「arrows」「らくらく」シリーズで取り組んできた「シニア」「ヘルスケア」「サステナビリティ」という軸は変えずに、製品開発を進めていく方針のようだ。

新生FCNTの社長に就任した桑山氏。従来のFCNTは大きく変えず、シニアやヘルスケア、サステナビリティに注力するとしている

ただ、市場のトレンドは絶えず大きく変化しているだけに、FCNTにも一定の変化が求められていることは確かだ。桑山氏がその変化として挙げているのが、1つに昨今注目を高めているAIの存在。2つ目は物価高の問題。そして3つ目は、スマートフォンであらゆることができるようになったからこそ生じている、デジタル格差の問題であるという。

そこで、FCNTが新たに打ち出した戦略の1つが「革新」であり、それを体現する新機種となるのが、同社がハイエンドと位置付ける「arrows Alpha」である。

新機種の1つ「arrows Alpha」は、FCNTの中ではハイエンドに位置付けられるスマートフォンとなる

arrows Alphaは、背面の広角・超広角カメラと前面のフロントカメラに、全て5000万画素クラスのイメージセンサーを搭載するなどのカメラ性能強化に加え、90Wの急速充電に対応するなどバッテリー性能も強化している。

それに加えて、「arrows AI」と謳ってAI関連機能の強化もなされており、自然な言葉で話しかけて本体内の機能やアプリなどを検索できる機能や、複数のメッセンジャーアプリなどの通知を要約してくれる機能などを提供するとしている(後者の機能は2025年の秋冬頃に提供予定)。

背面の2眼カメラはいずれも5000万画素クラスのイメージセンサーを搭載。広角カメラはソニーの「LYT-700C」を採用し、暗所での撮影にも強くなっているという

一方で、米国国防総省の調達基準であるMIL規格の23項目に準拠し、1.5mの高さからコンクリートに落としても画面が割れにくい強靭さを実現するほか、新たにIP69の防水防塵性能に対応。80度の高温によるスチームジェット洗浄にも耐えられるなど、arrowsシリーズらしい堅牢性はしっかり維持している。

それでいて、家電量販店などに向けたSIMフリーモデルでおよそ8万円台での販売を予定しているそうで、ハイエンドに位置付けられるモデルとしてはかなりの低価格だ。

新たにIP69の防水・防塵性能も備え、80度のスチームジェット洗浄に耐えられるなど、arrowsシリーズらしい堅牢性の高さはしっかり維持している

ハイエンドモデルながら低価格であることに重きを置いたのはなぜか。FCNTの総合マーケティング戦略本部 本部長の外谷一磨氏は、とりわけハイエンドモデルの価格が大幅に高騰してしまったことを挙げている。

現在のスマートフォン買い替えサイクルはおおむね4年程度とされているが、その1サイクル前となる2021年から2024年の間に、ハイエンドモデルは価格が約1.3倍高騰していると外谷氏は述べる。さらに2サイクル前となる2017年から比べた場合、1.7倍も高騰しているという。

2017年頃はハイエンドモデルがまだ10万円強で販売されていたのに加え、携帯各社の大幅値引きで安く購入できたため、ハイエンドモデルが売れ筋となることが多かった。だが、その後の価格高騰と値引き規制によって、当時ハイエンドモデルを経験した多くの人が、現在は価格的理由から購入対象をミドルクラスなどに引き下げざるを得なくなっている。

2024年時点のハイエンドスマートフォンの価格は、2021年時点と比べ約1.3倍、2017年時点と比べ約1.7倍にまで高騰。購入しやすいハイエンドモデルが不在となったことで、AI時代にデジタルデバイドを生む可能性があるという

しかしながらAI時代が到来し、再びスマートフォンの技術革新が進みつつある。そのような状況で、AI機能に対応したハイエンドモデルに手が届かない状況が続いてしまうと、新たなデジタルデバイドが生じてしまう可能性もある。

それだけにarrows Alphaでは、2サイクル前のハイエンドモデルに近しい価格で、なおかつ消費者が購入をためらう “9万円の壁” を超えることに重きを置いて価格設定を実施したとのことだ。

ただその価格を実現する上で、犠牲となっているのが基本性能だ。arrows Alphaはチップセットに台湾MediaTek製の「Dimensity 8350 Extreme」を搭載、RAMは12GB、ストレージは512GBとなっているが、Dimensity 8350 Extremeは従来のスマートフォンの基準でいえば、実はハイエンドではなくミドルハイクラス向けのものだ。

arrows Alphaのチップセットは「Dimensity 8350 Extreme」で、厳密に言えばハイエンドではなくミドルクラスの機種に向けたものだ

それゆえ厳密に言えば、arrows Alphaはハイエンドとは言えないだけに疑問を抱く人も少なからずいるところ。なのだが外谷氏は、Dimensity 8350 Extremeを選定した理由として、米クアルコムのハイエンド向けチップセット「Snapdragon 8 Elite」などと比べ性能がワンランク落ちることは確かであるものの、必要十分な性能は担保できるのに加え、高い性能を一時的ではなく、安定的に出し続けられることを重視したと話している。

スマートフォンの進化が停滞傾向にある現在、日常利用であればミドルクラスのチップセットでも充分な性能を持つし、最高性能が求められるシーンはAAAクラスのゲームを最高画質でプレイするなど、ごく一部の用途に限られている。

それゆえ8年前にハイエンドスマートフォンを利用していた多くの人にとって、ミドルハイクラスのチップセット性能でも十分満足できるとの判断が働いたのではないだろうか。こうした傾向はシャープの新機種「AQUOS R10」でも見られるだけに、今後のトレンドとなっていく可能性があるかもしれない。

一方でもう1つ、FCNTが重視する「伝統」の戦略を体現する新製品となるのが、NTTドコモ向けとなるフィーチャーフォンの新機種「らくらくホン F-41F」である。らくらくホンシリーズの新機種は2019年の「F-01M」以来、6年ぶりとなるのだが、現在も多くの人がらくらくホンを利用する一方で、NTTドコモが2026年3月に3Gのサービスを終了させる予定であることから、その乗り換え需要を取り込むべく投入されたモデルといえる。

もう1つの新機種となるシニア向けフィーチャーフォン「らくらくホン F-41F」。NTTドコモの3Gサービス終了を意識した製品といえる

シニアへのスマートフォン普及も進んできた昨今だが、現在もフィーチャーフォンタイプの端末にこだわるシニアは多く存在するし、中には加齢による身体能力などの低下によって、スマートフォンが利用できない、あるいは利用させられないケースもある。シニアに重きを置くFCNTにとって、そうしたニーズを着実にとらえることは重要である一方、その開発には多くの苦労があるようだ。

らくらくホンは累計で3000万台以上を販売しており現在も多くの利用者を抱えるが、一方でフィーチャーフォンの衰退でその開発は年々難しくなっているという

最大の課題は、既にフィーチャーフォンが特殊な存在となってしまっているため、レノボ・グループのスケールメリットが生かせないこと。フィーチャーフォンはその形状的にも部品点数が多く構造も複雑なことから、製造できる企業自体が減少しているという。

それに加えて、前機種のF-01Mがそうであったように、同じ機種を長期的に販売する必要があることから、長期的に製造する上では部材をいかに新しいものに置き換え、確保しやすくすることも重要になってくる。それだけに、らくらくホンの開発はレノボ・グループからの理解も得づらく、らくらくスマートフォン以上に高いハードルがあったようだ。

だがFCNTが、変わらないことを求める傾向が強いシニアに重きを置く以上、グローバルのトレンドとは関係なく従来と変わらない製品を欲するニーズには継続的に応え続ける必要がある。

新たなユーザーの獲得に向け、arrows Alphaのような「革新」の取り組みは非常に重要だが、年々開発が困難になるシニア向けデバイスに向き合う「伝統」を、レノボ・グループの理解を得ながらいかに継続していくかが、FCNTの戦略上より重要になってくるといえそうだ。

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