【連載】佐野正弘のITインサイト 第162回
スペックによらない価値で生き残りをかける、シャープのスマートフォン戦略
スマートフォンの市場環境が一段と厳しさを増す中にあって、一層厳しい状況に立たされているのが国内のスマートフォンメーカーだ。国内メーカーは世界的なシェアが小さく、事業規模がものをいうパワーゲームとなっているスマートフォンの世界では、非常に厳しい戦いを余儀なくされている。
それは大手の傘下となった企業でも例外ではない。米アップルの “iPhoneシリーズ” の製造などで知られる、台湾の鴻海精密工業の傘下となっているシャープも、同社のスケールメリットを活かして国内では高いシェアを維持している。だがそれでも米Googleの台頭や、シャオミなど中国のスマートフォン大手が日本市場開拓に本腰を入れてきたことで、厳しい戦いを強いられている。
シャープがスマートフォン新機種「AQUOS R10」「AQUOS wish5」を発表
そうした中にあって、同社は5月29日にスマートフォン新機種を発表。今回発表したのは、同社がハイエンドモデルと位置付ける「AQUOS R10」と、エントリークラスの「AQUOS wish5」の2機種だ。これらの詳細については既報の通りなので詳しくはそちらをご覧いただきたいが、それらの内容を見るとシャープが非常に厳しい状況にある様子が見えてくる。

そのことを最も示しているのがAQUOS R10であり、実は前機種「AQUOS R9」とベースの性能が全く変わっていない。実際、AQUOS R10はチップセットに米クアルコム製のミドルハイクラス向けとなる「Snapdragon 7+ Gen 3」を搭載しており、RAMは12GBとなっているのだが、これはAQUOS R9と全く同じである。
もちろん、AQUOS R10は標準カメラのイメージセンサーをより性能のいいものに向上させたり、ディスプレイやサウンド面での性能向上が進められたりしていることから、AQUOS R9と比べればブラッシュアップが進んでいる部分も多い。だがそれでも、ハイエンドモデルと謳う新機種ながらベースの性能が変わらないことに、不満を抱く人は多いのではないだろうか。

一方のAQUOS wish5は、チップセットに台湾メディアテック製のエントリークラス向けとなる「Dimensity 6300」と、前機種「AQUOS wish4」で採用していた「Dimensity 700」より新しいものを搭載している。ただRAMは4GBと変わっていないし、カメラの性能なども変わっていないなど、やはり性能面での進化ポイントは多くないと感じてしまう。

シャープはここ最近、スマートフォンで海外進出の動きを強めているとはいえ、国内向けの販売が圧倒的に多いことは変わっていない。だがその国内では円安を起因とした物価高が急速に進んでおり、消費者が価格の安さを求める傾向が明確に強まっている。
そして、チップセットなどの性能を向上させながら低価格を実現するには、部材を大量調達してスマートフォンを大量に製造・販売し、トータルコストを引き下げる以外に手段がない。だがシャープ、ひいては鴻海精密工業は、スマートフォンで世界的に高いシェアを持つわけではない。ソニーのように純粋な国内メーカーと比べれば規模の面で優位性があるが、世界シェア上位の韓国サムスン電子や中国シャオミなどと比べれば部材調達で不利な状況にある。
それだけに、物価高が続く状況下で新製品でも従来通りの価格を維持するには、性能向上を見送る必要があったといえよう。中~低価格のモデルで販売を伸ばすには、性能より価格が非常に大きく影響してくるだけに、シャープとしても今回の新製品は価格に重きを置く選択をせざるを得ず、非常に厳しい状況にあることは間違いない。
ただ現在では、スマートフォン自体の進化が停滞傾向にあり、少し前のスマートフォンでも快適に利用できることが多くなっている。常に最高性能が求められるフラッグシップモデルでない限り、毎年性能向上していないからといって競争力の低下に直結するわけではないのだ。
ではシャープは基本性能以外のどのような部分で、強みを打ち出そうとしているのか。同社のCo-COO兼スマートワークプレイスビジネスグループ長である小林繁氏は、数値では見えない部分を特徴にしていくことだと話している。
その1つがデザインであり、シャープはAQUOS R9からデザイナーの三宅一成氏が設立した「miyake design」の監修による、独特なカメラ部分のデザインを採用。賛否を呼んだデザイン変更だったものの、結果的には好評を得たようで、今回の新機種でもそれを踏襲している。

またAQUOS wish5では、子供も読みやすいよう新しいフォントとして日本語には「UD学参丸ゴシック」、中国語(繁体字)には「文鼎UD晶熙黑體_繁中」を追加。AQUOS wish5は台湾でも販売されることから、日本や台湾のユーザーに向け文字を読みやすくする、細かな配慮に気を配っていることが分かる。

2つ目が堅牢性であり、AQUOS R10は米国国防総省の「MIL-STD-810G」、AQUOS wish5は「MIL-STD-810H」に準拠した防水・防塵・耐衝撃性能を実現。それに加えてAQUOS wish5はIP69の防水・防塵性能にも対応し、80度の高温や高圧の水流にも耐えられるなど、より堅牢で安心して利用できる環境を整えている。

そして3つ目は、やはりスペックからは見えない使い心地の部分だ。小林氏がその代表例として挙げているのが、HDRに対応していない動画配信サービスの動画などを、より明るく鮮やかな映像にする「バーチャルHDR」である。これは従来のAQUOS Rシリーズに搭載されていた機能でもあるのだが、海外でもそのデモを見せると、驚きの声が挙がり高い価値を認めてもらえているのだという。

シャープはスマートフォンを日本だけでなく、台湾やインドネシア、シンガポールなどアジア圏へ販路を拡大して販売数を増やし、事業規模を拡大しようとしている。だがこれらの国や地域では、既に世界的大手メーカーが大きなシェアを持っており、正面から挑んでも太刀打ちできない。
それだけに一層、性能だけによらない価値に重きを置いてスマートフォンの使い勝手を向上させ、それを競争力向上につなげるというのが、シャープの勝負所となっているようだ。スペックに依存しない競争軸をいかに確立できるかが、シャープ、そして国内のメーカーが今後市場で生き残る上で大きな意味を持ってくるのではないだろうか。