【連載】佐野正弘のITインサイト 第161回
ついに提供終了、「emoji」の基礎となった「ドコモ絵文字」の功績を振り返る
2026年3月末をもって、現在主流の「5G」の2つ前の規格となる「3G」によるサービスの終了を予定しているNTTドコモ。それをもってフィーチャーフォン時代に絶大な人気を博したインターネット接続サービス「iモード」が終了する予定なのだが、その少し前となる2025年5月21日、そのiモードに関連するものを終了させることが大きな話題となった。
「ドコモ絵文字」が終了。絵文字の振り返りと現状を追う
それは「ドコモ絵文字」である。ドコモ絵文字とは、その名前の通りNTTドコモ独自の絵文字で、iモードがサービスを開始した1999年から提供されていたもの。スマートフォン時代になってもNTTドコモが販売するAndroidスマートフォンなどにはドコモ絵文字が導入されており、およそ25年にわたって提供されてきた。

それだけ歴史のあるものだけに、ドコモ絵文字終了のニュースは多くのメディアで取り上げられたほか、ドコモ絵文字に関する思い出を振り返って語る人も多く、大きな話題となったことは間違いない。それだけドコモ絵文字は社会的にも大きな影響を与えた存在でもあったのだ。
実は絵文字そのものを提供したのはNTTドコモが最初というわけではない。1997年にはソフトバンクの前身の1つに当たる「J-Phone」ブランドのデジタルホングループが、既に絵文字が利用できる携帯電話を提供していたし、PHSも加えればやはりソフトバンクの前身の1つに当たるDDIポケットが、1996年より既に絵文字が利用できるショートメールサービスを提供している。
それにもかかわらず、ドコモ絵文字が大きな影響力を持ったのはなぜかといえば、理由はiモードにある。携帯電話でインターネットが利用できるサービスとして知られるiモードだが、そのけん引役となったのは、実はWebサービスよりむしろEメールだったのだ。
iモード以前にもショートメッセージサービスはあったのだが、仕様が共通化されておらず同じ携帯電話会社同士でしかやり取りができなかった上、一度に送信できる文字数も少なかった。だがiモードでは汎用的なEメールの仕組みを採用し、なおかつ一度にやり取りできる文字の量を、当時としては非常に多い全角250文字にまで増やしたのである。
それに加えてiモードでは、コミュニケーション活性化の絵文字を積極的に取り入れ、非常に狭い当時の携帯電話の画面でも見やすく、それでいて従来の携帯電話より数が多い176種類の絵文字を用意した。これが現在のドコモ絵文字の基礎となっており、絵文字のデザインとバリエーションも高い評価を受けてEメールでのコミュニケーション活性化に大きく貢献。iモードの爆発的な普及に大きく貢献したわけだ。
そしてこのiモードとドコモ絵文字の人気を受け、KDDIや、デジタルホンから名前を変えたジェイフォンらがこれに追随。各社が絵文字のデザインやバリエーションを差異化要素としてアピールするなど、絵文字が携帯電話会社間の契約獲得をも大きく左右する重要な要素となっていったのである。
だがその競争が過熱化するにつれ、問題として浮上したのが絵文字の互換性である。NTTドコモの競合もEメールサービスを提供するようになり、異なる携帯電話会社間でのメールのやり取り自体は可能になったものの、絵文字は他社との差異化要素でもあっただけに互換性がなく、他社ユーザーに絵文字付きのメールを送ると、絵文字部分が “文字化け” してしまい、内容が正しく伝わらないという問題が生じていたのだ。
その後携帯各社が、ユーザー利便性のため絵文字を正しく表示できるよう変換する仕組みを導入したり、表現をよりリッチにするため画像を絵文字として利用できる、NTTドコモの「デコメ絵文字」などのサービスが提供されたりして、徐々に問題解決に向けた動きは進められていった。だがその絵文字が本格的に統一され、世界に広がる契機となったのはスマートフォンである。

フィーチャーフォン時代の絵文字は日本、しかも個々の携帯電話会社に閉じたものであり、海外にはあまりない概念だった。それでもスマートフォンのOSを提供するGoogleやアップルは、ともに日本における絵文字の重要性を認識していたが、携帯電話会社によって仕様が異なり独自対応が必要なことから、世界展開するスマートフォンOSの開発効率を落としてしまうこともあって、対応に苦慮していたようだ。
そこで日本向けのスマートフォン開発をしやすくするためにも、両社は絵文字を本物の “文字” として文字コードの標準規格「Unicode」で標準化し、共通化を図る取り組みを進めたのである。絵文字は読むことができないだけに、それを文字として扱うことには疑問の声も少なからずあったのだが、2010年にはUnicodeに絵文字が採択され「emoji」として世界的に利用されるようになったのだ。
その結果、絵文字はスマートフォンの普及とともに世界的にも利用が拡大、日常的なコミュニケーションに欠かせない存在となったことは多くの人が知るところだろう。そうした絵文字文化の基礎となったのがドコモ絵文字であることは間違いなく、その功績がたたえられ2016年に初期のドコモ絵文字176種類がニューヨーク近代美術館に収蔵されるに至っている。

絵文字の発展は現在も続いており、性能が大きく向上したスマートフォンに合わせて絵文字のバリエーションが大幅に増えているのはもちろんのこと、最近ではアップルの「ジェン文字」のように、AIが絵文字を作成するサービスなども出てきている。だがそうした絵文字の発展が、ドコモ絵文字の終了には少なからず影響したといえるかもしれない。

現在のドコモ絵文字はiモード時代の単色、かつドット調の絵文字をベースとしたもので、非常にシンプルなデザインであることが特徴だ。だが先にも触れたように、現在の絵文字は国際化が進み、スマートフォンの性能に合わせて表現もリッチでカラフルなものとなっている。
そのリッチな絵文字にドコモ絵文字が混在すると、非常にミスマッチでバランスが悪い。それに加えてドコモ絵文字は線が細く、有機ELディスプレイの普及に伴い利用が増えている「ダークモード」では見づらいという問題も抱えていた。フィーチャーフォン時代はそのシンプルさでユーザーからの評判を獲得していたドコモ絵文字だが、時代と環境の変化によってシンプルさが逆に不満要素となってしまったことから、NTTドコモはドコモ絵文字の終了により、その改善を図る方針なのだろう。

今回ドコモ絵文字の終了に伴い、2025年6月下旬以降に販売されるAndroid端末にはドコモ絵文字が搭載されなくなるほか、サムスン電子の「Galaxy」シリーズに関しては、2025年10月以降のソフトウェアアップデートで既存端末も利用できなくなるとのこと。Galaxyシリーズ以外の既存端末でドコモ絵文字を使い続けることは可能だが、絵文字をよく使うNTTドコモユーザーなら、今後の端末買い替えでドコモ絵文字が利用できなくなることは知っておく必要があるだろう。
ただ、ドコモ絵文字は今後完全に姿を消してしまうのかというと、決してそうではない。実際メッセンジャーアプリの「LINE」では、2019年よりドコモ絵文字をLINE上で利用できる絵文字として販売しており、そちらを購入すればLINE上でドコモ絵文字を利用し続けられる。

また今後も、NTTドコモの3G、そしてiモードの終了に合わせ、ドコモ絵文字復活の動きが何らかの形で出てくる可能性があるだろう。NTTドコモのサービスとしては姿を消すことになるドコモ絵文字だが、世界的に大きな影響をもたらした存在でもあるだけに、今後もユーザーが何らかの形で目にする、あるいは利用する機会が出てくるのではないだろうか。