【連載】佐野正弘のITインサイト 第113回
XREAL創業者に訊く、「XREAL Beam Pro」でARグラスはプラットフォームになるのか
「XREAL Air 2」などのAR(拡張現実)グラスを開発している、中国のXREAL。日本でも人気を獲得している同社が、昨日6月19日に日本市場への投入を発表したのが「XREAL Beam Pro」である。
これはその名前の通り、すでに国内でも発売されている「XREAL Beam」の上位版というべきデバイスだが、内容にはかなりの違いがある。どちらもXREALのARグラスに接続し、映像などのコンテンツを楽しむデバイスではあるが、XREAL Beamはスマートフォンやゲーム機など、他のデバイスの映像をワイヤレスで出力することに重きを置いたシンプルなデバイスだった。
だがXREAL Beam Proは、本体に6.5インチのディスプレイを搭載し、OSにも「Android 14」をベースとした「Nebula OS」を採用。音声通話ができない点を除けばほぼスマートフォンというべき内容で、他のデバイスを用いる必要なく、ARグラスと接続するだけで手軽にAR空間上でコンテンツを楽しめるようになったのだ。
従来XREAL、とりわけ現在の主力であるARグラスの「XREAL Air」シリーズは、他のデバイスに接続し、AR空間上に大きな画面を表示できるディスプレイとしての活用に重点を置いてきた。だがXREAL Beam Proの投入によって、XREALはARグラスのプラットフォーム化を推し進めようとしているようにも見える。
実際のところ、XREAL Beam Proはどのような狙いを持って投入されたのだろうか。そこで今回、XREALの創業者兼CEOであるチー・シュー氏に話を伺った。
XREAL Beam Pro投入の背景を訊く
チー氏によると、XREALではXREAL Beamを提供して以降多くのフィードバックがあり、それがXREAL Beam Proに反映されているとのこと。中でも大きな問題となっていたのが、一貫したユーザー体験を提供できていなかったことだという。
XREALのARグラスは、スマートフォンやPCなどを接続してその映像を出力する仕組み。そのため同社では色々なデバイスに対応するため、十分な体験価値を提供できるかどうかテストしているとのこと。だがデバイスによって開放されている機能や権限には違いがあるし、PCのような汎用性の高いデバイスになると、機種によって搭載するチップや性能がまちまちであることから良好な体験を提供するのが難しく、それがユーザーの不満にもつながっていたという。
そこでXREAL Beamを提供することにより、デバイス間の互換性の問題はある程度解消。同社のARグラスとXREAL Beamをセットで購入・利用している人の割合は7割に達するなど、好評を得ているという。ただXREAL Beamはあくまで、他のデバイスの映像を出力するためのものであり、独自のARコンテンツや、シンプルで分かりやすいARならではのインターフェースを提供できるわけではない。
一方でチー氏によると、セットで購入したユーザーの多くは毎週4時間以上ARグラスを使用しており、10時間以上利用する人も15%程度いるなど、ヘビーに利用する人も多いとのこと。そうしたユーザーからは、他のデバイスに接続することなくXREAL Beamだけで色々なコンテンツなどの体験をしたいという声が多く挙がってきたという。とりわけスマートフォンを接続して使っていた人の場合、無線通信でスマートフォン側のバッテリーが消耗しやすいことも課題となっていたようだ。
そこで開発がなされたのが、単体でコンテンツを楽しめるXREAL Beam Proになるという。XREAL Beam ProはXREALのARグラス専用のデバイスであり、スマートフォンとARグラスの接続に使用していた「Nebula」を「Nebula OS」に昇格。デバイスとシステムの一体化を強めることで、ARグラスに最適化された体験を提供できるデバイスに仕上げたとのこと。
一方で、XREAL Beam ProではGoogleの「Google Mobile Service」にも対応し、「Google Play」も利用可能なことからAndroid向けのアプリを追加して楽しむことも可能だ。あえてAndroidスマートフォンに近い仕組みを導入することで、従来のNebulaが提供するARらしい体験だけでなく、AR空間上でAndroidアプリを直接利用できることが大きな優位性になるという。
チー氏はARグラスとXREAL Beam Proを活用することにより、従来スマートフォンで視聴していた映像やゲームなどを大画面で視聴でき、その体験価値が格段に向上すると説明。とりわけスポーツのライブ配信などは、「スマートフォンで見ると圧縮されているが、XREAL Beam Proがあればありのままの形で再現できる」と、チー氏は自信を示す。
そしてもう1つ、チー氏がXREAL Beam Proの大きな特徴として挙げているのが、「真にリアルな3D空間ビデオを撮り、視聴できること」だという。実際XREAL Beam Proには、背面に5,000万画素のカメラを2つ搭載。これを用いることで、XREAL Beam Pro単体で空間ビデオや写真を撮影し、ARグラスを通じて視聴することにより、奥行きのある映像や写真を直接楽しめるようになっている。
空間ビデオといえば、米アップルの「Apple Vision Pro」で視聴できることが注目されているが、その撮影には別途iPhoneなどを用いる必要がある。それだけにXREALでは、ARグラスとXREAL Beam Proの組み合わせにより、撮影から視聴まで一貫した空間ビデオの体験を提供できることを、強みとして打ち出していくようだ。
懸念される他デバイスとの互換性。ARデバイスの未来とは
確かに、ARグラスに最適化されたデバイスであるXREAL Beam Proが、今後他のARグラスにはないXREALならではの大きな強みとなることは間違いない。ただそうなると今後、同社のARグラスはXREAL Beam Proとの一体化を進め、他のデバイスとの接続性をあまり重視しなくなってくるのでは?という点も気になってくる。
この点についてチー氏は、「他のデバイスとの互換性を諦めるわけではない」と回答。XREAL Beam ProとARグラスの一体感を強め、完成度を高めていくことには力を注いでいくというが、その一方で従来同様、他のデバイスに接続して手軽に大画面での視聴体験を提供することも、継続して取り組むとしている。
またApple Vision Proのように、より高度な表現を実現するデバイスを提供する企業も増えており、XREAL Beam Proとの一体感を強めたARグラスと競合していく可能性が出てくることも気になる。だがチー氏は、ARデバイスは今後大きく3つに分かれ、それぞれが独自の進化を遂げていくことから直接競合するわけではないと答えている。
1つ目は、XREALが提供するような、持ち運びやすくどこでもコンテンツなどが楽しめるARグラス、2つ目がApple Vision Proのように、ARグラスより高度な機能と没入的表現を実現するが、大きくて重く可搬性には劣るXRデバイス。そしてもう1つが「AIグラス」と呼ばれるので、コンテンツ視聴などに重点は置かず、常時装着してAI機能を利用しやすくするデバイス。かつてGoogleが提供していた「Google Glass」などがそれに近いイメージだろうか。
ただチー氏は、XREALが今後もARグラスにフォーカスして事業展開するとは限らないと説明。変化する市場に合わせて、他のデバイスに注力する可能性も十分あり得るとしている。ただどちらかといえば、同社としてはXRデバイスよりも、より裾野が広いAIグラスに力を入れる可能性の方が高いのではないかと、チー氏は答えている。
またチー氏はARグラスに関しても、現在のXREAL Airシリーズが首の動きを認識する「3DoF」(Degrees of Freedom)のみの対応であることから、今後は体の動きを認識する「6DoF」への対応を進めたいと話しているほか、操作にもハンドジェスチャーを導入していきたいなど、一層進化させていくことに意欲を示していた。加えてチー氏は、「これからの1、2年で、業界の中でとても面白いことが起きる」と、今後一層大きな進化が起きる可能性も示唆している。
XREALは現実空間上に大きな画面を映し出し、コンテンツを視聴することに割り切ることでARグラスの市場を確立してきたが、システムからインターフェースまで独自のハードで実現したXREAL Beam Proの投入は、ARであることを生かしたコンテンツ開発などにもつながる可能性があるだろう。
Apple Vision Proの登場でARの進化が注目されているだけに、今後XREALにはコンテンツを快適に視聴するだけにとどまらない取り組みにも期待がなされるところだ。