【連載】佐野正弘のITインサイト 第96回
期待と課題が入り混じる、楽天モバイルの「衛星とスマホの直接通信」
能登半島地震のネットワーク復旧などにも活用され、大きな注目を集めている衛星通信サービス。米Space Exploration Technologies(スペースX)の低軌道衛星群「Starlink」を活用したサービスの登場で、低コストながら高速大容量通信ができるようになったことで活用の幅が広がっており、それを機に注目が高まっている。
楽天モバイルが衛生とスマホの直接通信サービスを発表
その衛星通信を巡り、今後確実に注目が高まると見られているのがスマートフォンとの直接通信だ。現在の衛星通信はStarlinkでも、端末に大きなアンテナを付けないと通信ができないが、今後は衛星からの電波を、手元にあるスマートフォンが直接受けて通信できるサービスが大きく広がると見られている。
実際、既にKDDIがスペースXと提携し、衛星とスマートフォンとの直接通信を実現するサービスを2024年内に提供予定だとしている。だがもう1社、新たに衛星通信とスマートフォンとで直接通信するサービスの提供を明言している企業があり、それが楽天モバイルだ。
同社は、携帯電話事業に本格参入する2020年3月に、親会社の楽天グループを通じて衛星通信事業を手掛ける米AST SpaceMobile(当時はAST&Science)に出資。参入したばかりで基地局の整備が進んでおらず、エリア面で不利な要素が多い同社が、衛星通信の活用でゲームチェンジを図る動きとして注目された。
それからおよそ3年が経過した2024年2月16日、楽天モバイルは急遽発表会を実施。AST SpaceMobileと共同で、衛星と携帯電話との直接通信によるサービスを2026年内に提供する予定であることを発表した。ようやく具体的な日程を打ち出し、サービス提供が現実のものになろうとしている。
楽天モバイルがこのタイミングで、具体的なサービス提供時期を打ち出せるようになったのは、AST SpaceMobileの衛星による通信の実用性を確認できたからだろう。実際AST SpaceMobileは、2022年9月に試験用の人工衛星「BlueWalker 3」の打ち上げに成功しており、2023年4月には衛星経由で、米国から日本の楽天モバイル回線を通じての音声通話が実現できることを確認している。
その後も同社は、米国を主体としてBlueWalker 3による実証実験を重ね、4Gや5Gによる音声通話にも成功している。一連の実証を経てBlueWalker 3の性能を確認できたことから、今後は楽天モバイルによって日本でも実証が実施される予定だ。
AST SpaceMobile衛星の優位性。一方で懸念点も
では、KDDIが提携しているスペースXと比べた場合、AST SpaceMobileの衛星にどのような優位性があるのか。まずはサイズが非常に大きく、その分出力も大きいので高速大容量通信が可能だということ。実際同社の実証による5Gでの音声通話では、14Mbpsという通信速度を実現しているという。
KDDIがスペースXとの提携で実現しようとしているサービスは、当初SMSによるテキストの送受信に限られるが、それは打ち上げた衛星のサイズが小さく、数もまだ少ないので通信容量が小さいためだ。早期に大容量通信を実現できるという意味では、衛星のサイズが大きいAST SpaceMobileに優位性があることは確かだろう。
ただ、楽天モバイルのサービス提供予定時期は2026年であり、KDDIと比べると2年遅れることとなる。その理由について、楽天モバイルの代表取締役会長である三木谷浩史氏は、サービスを実現するのに必要な衛星を打ち上げるのに時間がかかるためだと説明している。
AST SpaceMobileでは今後、BlueWalker 3よりサイズの大きな衛星を打ち上げていくとしており、サイズが大きいことから全世界をカバーするために打ち上げる衛星の数も90基程度で済むという。ただ、衛星を多数打ち上げるにはそれなりに時間がかかるのも確かで、その点はスペースXに圧倒的な優位性がある。
なぜなら、スペースXは自らロケットを保有しており、多くの衛星を打ち上げている実績があるからだ。それゆえ、楽天モバイルがサービスを始めるまでの2年間でより多くの衛星を打ち上げて通信容量を増やし、AST SpaceMobileとそん色ない通信容量を実現してサービスを拡充する可能性は十分考えられ、サービス開始時点で楽天モバイルがどこまで優位性を確保できるかは未知数でもある。
なお楽天モバイルは、具体的なサービスのイメージとして、地上の自社回線と衛星通信とをシームレスに切り替えて利用できる仕組みの実現を予定しているとのこと。通常は楽天モバイルの回線で通信し、圏外の場所や災害などで電波が入らなくなった時に、衛星通信に自動的に接続する…という具合である。
そこで1つ、一般消費者の目線で気になるのが、衛星通信に切り替わったらどれくらいの料金がかかるのか?ということ。この点について三木谷氏は「今考えている」と答えるにとどまっており、まだ方向性を決めていない様子を見せている。
いくら大容量通信が可能とはいえ、地上の基地局と比べると衛星通信には通信容量に限界がある。しかも、AST SpaceMobileには楽天モバイルだけでなく、米国のAT&Tや英国のボーダフォンなども出資しているし、同社と協力関係にあり衛星通信サービスの使用を打ち出している携帯電話会社はより多く存在している。
それゆえAST SpaceMobileとしても、衛星回線を楽天モバイルだけのために割くわけにはいかず、楽天モバイルの現行の料金プラン「Rakuten最強プラン」にサービスを内包して、通話や通信を使い放題にするのはかなり難しいように思える。
とはいえ、料金がリーズナブルでなければ利用自体がなされない可能性も高まるだけに、サービスと料金のバランスをどう取っていくのか?という点も、今後大きな関心を集めるポイントとなりそうだ。