【連載】佐野正弘のITインサイト 第86回

NTTの圧倒的優位で進む「NTT法見直し」。猛反対の競合側が打ち出す新たな策

2023年に突如浮上し、通信業界を二分する大きな騒動にまで発展している「NTT法」の見直し。NTT法の見直し議論がなぜ浮上したのかなど、これまでの経緯については以前の連載で触れているのでそちらを参照頂きたいが、2023年12月に入って非常に大きな動きが起きている。

自民党が「NTT法」に関する提言を正式公開

というのも、NTT法の見直し議論を進めていた政府与党である自由民主党(自民党)のプロジェクトチームが、同日12月1日に提言をまとめたとの報道がなされた。そして12月5日には、自民党の政調審議会が正式な提言を取りまとめたとしている。

それと同時に自民党のWebサイトでは、「『日本電信電話株式会社等に関する法律』の在り方に関する提言」が公開された。内容を確認すると、「NTT法において速やかに撤廃可能な項目については2024年通常国会で措置」とし、それ以外の項目についても「2025年の通常国会を目途に電気通信事業法の改正等、関連法令に関する必要な措置を講じ次第、NTT法を廃止することを求める」と記載されている。

自民党は12月5日に「『日本電信電話株式会社等に関する法律』の在り方に関する提言」を正式に公表。自民党のWebサイトで内容を見ることができる

「速やかに撤廃可能な項目」とは、かねて日本電信電話(NTT)が求めてきた研究開発の開示義務である。こちらは競合からの反対意見もあまりないことから、廃止に向けたハードルは低く速やかに撤廃できると見て、2024年の通常国会で撤廃すべきとの提言がなされている。

それ以外の項目に関しても、やはりNTT法の廃止を前提とした提言がなされているようだ。NTT法の廃止で、不採算地域からNTTグループの撤退が容易になるとして競合からの反対意見が多い、固定電話のユニバーサルサービス制度に関しては、衛星通信などの登場を見据え提供事業者を拡充するよう電気通信事業法を改正すべきと提言。また、不採算地域のネットワーク整備・維持に関しては、国が整備する事業者を指定できるようにする仕組みを設けることなどによって、退出を規制すべきとしている。

さらに、NTT法の廃止で外資に乗っ取られる可能性が出るとして、やはり競合からの反対が多い外資規制の見直しに関しては、外為法と電気通信事業法の両面から見直しを検討することを提言。「NTTのみに対する総量規制は撤廃することが妥当」と提言書では触れられているが、今後の議論の結果電気通信事業法などで、NTTだけを規制する可能性もあるとしている。

そしてもう1つ、競合が最も懸念している公正競争の問題に関しては、NTT東西とNTTドコモの統合禁止を電気通信事業法で担保するよう検討すべきと提言。加えてNTTが、公社時代に整備したとされる局舎やとう道、電柱や管路などのいわゆる「特別な資産」に関しては、「経済安全保障上の視点も踏まえつつ、現状のままNTTの資産として運営する方法や、国有化して事業者に運営を移管する方法を含め、今後早急に検討し、結論を出すことを政府に求める」とされている。議論の余地が残された点には、ある程度競合側の意見をくんだ様子を見て取ることができる。

一連の報道で自民党のプロジェクトチームは、現在NTT法で規定している固定電話のユニバーサルサービス制度や外資規制などを別の法律で規定し、NTT法を廃止するという提言をまとめている。これはNTT側の主張をほぼ全面的に取り入れたものといえる

一方でNTT株の扱いに関しては、政府が3分の1を保有する義務は「撤廃すべき」としながらも、その売却については「別途政策的な判断に委ねるのが妥当」とされている。加えて株式を売却した場合の用途に関しても、「主に、情報通信分野の研究開発、通信インフラの整備・維持、わが国情報通信企業の国際展開等(国際標準の形成を含む)の支援に充てることが望ましい」とされており、防衛財源には充てられない様子だ。

そもそもNTT法の見直し議論は、防衛費の財源確保のためNTT株を売却できるようにするために始められたものであり、先のプロジェクトチームも自民党の「防衛関係費の財源検討に関する特命委員会」の下に設置されている。にもかかわらず、提言では防衛財源のための売却という当初の目的が失われた点には、大いに疑問が残る。

一連の提言内容を確認する限り、自民党のプロジェクトチームはNTTの主張をほぼ全面的に受け入れたことが分かる。2段階のプロセスを踏む点はともかく、最終的にNTT法を廃止するという判断を下したことはNTTの要望通りであるし、固定電話のユニバーサルサービス制度や外資規制を他の法律で実現するというのも、やはりNTTが主張してきたことだからだ。

しかし、NTT法の存続を強く訴えてきたKDDIやソフトバンク、楽天モバイルなど180以上の通信事業者らの主張はほぼ突っぱねられたことにもなる。最大の懸念とされている「特別な資産」の扱いに、議論の余地が残された点にはまだ救いがあるともいえるが、NTTグループの一体化に関して厳しく規制してきたNTT法の廃止ありきで提言がまとめられたことは、競合にとって認めがたいものだろう。

181者がNTT法の廃止に改めて反対

実は競合側も、自民党から提言が出る前日の12月4日に動きを見せており、KDDIとソフトバンク、楽天モバイルなど181者が改めてNTT法の廃止に反対を表明。同日には記者会見も実施し、自民党のプロジェクトチームとNTTに対し非常に厳しい批判を繰り広げると共に、NTT法が廃止されることで国民らに生じる問題点を改めて訴えていた。

NTT法の廃止に反対する競合の通信会社や自治体など181者は、報道が出た翌週の12月4日に改めてNTT法の廃止に反対を表明。以前反対意見を表明した180者から、1者増えており、競合らの危機感が非常に強いことをうかがわせる

競合各社による共同記者会見はこれまで2度実施されているのだが、今回の会見では内容にいくつか変化も見られた。1つは従来会見を実施してきた携帯3社の代表だけでなく、日本ケーブルテレビ連盟の専務理事である村田太一氏が会見に加わったこと。一連の議論がNTT対3社の争いとして捉える向きも強いことから、3社だけでなく地域の通信を担うケーブルテレビ事業者など、多くの事業者がNTT法廃止に反対していることを明確に示す狙いがあるといえよう。

これまで競合側の会見はKDDI、ソフトバンク、楽天モバイルの代表が登壇していたが、今回の会見にはそれに加えて日本ケーブルテレビ連盟の村田氏が登壇、反対意見を挙げているのが3社に留まらない様子を示していた

そしてもう1つは、一般消費者へのアピールに重点を置いたこと。これまでの記者会見は主としてメディア関係者に向けて実施されていたが、今回は事前にKDDIのYouTubeチャンネルで広く配信することを告知。その内容を見ても、NTTが公社時代から整備を進めてきた特別な資産が、「電話加入権等の国民負担で構築された」ものと説明していたことが非常に印象的だった。

YouTubeでの会見の配信に加え、従来の会見ではあまり見られなかった「電話加入権」に言及するなど、一般消費者に馴染みのある内容を用いて訴えている点も今回の会見の大きなポイントだ

電話加入権とは、NTT東西のメタル回線の固定電話に加入するための権利であり、それを得るにはNTT東西に3万6000円の「施設設置負担金」を支払う必要がある。しかも、2005年以前の施設設置負担金は7万2000円と高額であったことから、電話回線を引くのにそれだけのお金を支払わされ、時代のニーズの変化とともにその価値も失われてしまったことに不満を抱く人は現在も多い。

この電話加入権に関する話を組み入れたのには、およそ1か月前の11月14日からSNSの「X」(旧Twitter)で携帯各社のトップらが繰り広げていた議論が影響したと考えられる。これは、楽天グループの代表取締役会長兼社長最高執行役員である三木谷浩史氏が、同日に自民党のプロジェクトチームが提言案をまとめたとされる報道を受け、X上で「国民の血税で作った唯一無二の光ファイバー網を完全自由な民間企業に任せるなど正気の沙汰とは思えない」などとポストしたことに端を発する。

楽天グループの三木谷氏が2023年11月14日にX上で投稿したポスト。このポストを機としてソフトバンクの宮川氏やKDDIの高橋氏らが意見を述べ、それにNTT側が反論するなどして議論が過熱することとなった

その後、ソフトバンクの代表取締役社長執行役員兼CEOの宮川潤一氏や、KDDIの代表取締役社長である高橋誠氏らがX上で三木谷氏の発言に同調。それに対してNTT側も、広報部のXアカウントを通じて反論を実施するなど、X上で通信各社による議論が急速に盛り上がった。その際、他のXユーザーからNTT東西の電話加入権に対する不満の声が少なからず挙がっていたことから、今回の会見では一般消費者へのアピールを強めるべく、不満の声が今なお多い電話加入権の話を盛り込んだといえそうだ。

会見における一連の変化を見るに、競合らはNTT法を巡る判断を覆すには “数” が必要と判断したといえる。自民党プロジェクトチームの判断を政治的に内側から覆すのは難しいが、一般消費者が当事者意識を持ってNTT法に対する問題意識を強め、疑問の声が大きく高まってくるようであれば、政府側としても無視するわけにもいかなくなってくる。とりわけ、X上での議論が大きく盛り上がっただけに、消費者に訴えかけ味方を増やし、外側からNTT法廃止を阻止する戦略に出たといえそうだ。

自民党が正式に提言を打ち出したことを受け、今後NTT法を巡る議論はメディアやSNSによる各社の主張の応酬から、総務省の情報通信審議会など、よりオープンな場に移っていくものと考えられる。このままNTTの思惑通りに廃止が進むのか、競合らが何らかの形で阻止するのかは、今後の日本の通信業界を大きく左右することになるだけに、その推移はしっかり見守っておく必要があるだろう。

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