【連載】佐野正弘のITインサイト 第4回
SIMフリーで加熱するスマホ「バンド」問題。問題解決にはメーカー側の努力も不可欠だ
ここ最近、携帯電話業界では「バンド」に関する問題への注目が高まっています。
バンドとは、携帯電話で通信をするのに欠かせない電波の周波数帯のこと。携帯電話会社は、国から通信に必要な周波数帯を使うための免許を取得し、モバイル通信サービスを提供しています。しかしながら周波数には限りがあるため、携帯4社に割り当てられている周波数帯がみな同じというわけではありません。
しかも、契約している携帯電話会社が免許を持つ周波数帯と、自分が使用しているスマートフォンが対応している周波数帯が一致していなければ、通信ができません。また、携帯電話会社がどの周波数帯でどのエリアをカバーしているのかは、各社の戦略によって違いがあります。
例えば、NTTドコモから購入したスマートフォンにauのSIMを入れて使用した場合を考えてみましょう。auが広域をカバーするのに用いている、いわゆるプラチナバンド(800MHz帯)に、スマホ端末が対応していなければ、他の周波数帯に対応していても利用できるエリアが狭くなったり、通信速度が遅くなったりするなどの問題が出てきてしまいます。これがいわゆる「バンド問題」です。
ただこれまで、日本でバンド問題を気にする必要はあまりありませんでした。なぜなら、以前携帯各社が販売するスマートフォンには、他社のSIMを挿入しても利用できないようにする「SIMロック」がかかっていたため、携帯電話会社を変えるならスマートフォンも買い替える必要があるというのが常識だったからです。
昨年10月、総務省が「SIMロック」に関するガイドラインを提示
ですが、SIMロックの存在を問題視していた総務省が、2021年10月にガイドラインを打ち出し、携帯電話会社が端末にSIMロックをかけて販売することが原則禁止となりました。ゆえに、それ以降に発売されたスマートフォンであれば、SIMを差し替えるだけで携帯電話会社を変えられるようになったのですが、そこで浮上したのがバンド問題です。
というのも、携帯各社が販売するスマートフォンは、自社が免許を持つ主要周波数帯にはしっかり対応させている一方、他社の主要周波数帯には対応させていないケースが多いのです。そのことが、「携帯電話会社が他社への乗り換えを阻止するため、メーカーに圧力をかけて対応周波数帯を絞らせているのではないか」といった疑念にもつながっているようで、総務省の有識者会議「競争ルールの検証に関するWG」で、改めてバンド問題に関して議論がなされることとなったわけです。
ですが、同WGの第27回会合で携帯4社から挙がったのは、携帯電話会社側からメーカーに対して、対応周波数帯の制限を求めてはいないとの声でした。確かに、総務省が同WGの第26回会合で示した資料によると、主要メーカーでいえばソニーやサムスン電子、FCNTなどは、提供する携帯電話会社以外のプラチナバンドに非対応としていることが多いですが、アップルやシャープ、グーグルなどは各社のプラチナバンドにしっかり対応させています。
圧倒的シェアを持つアップルだけでなく、国内メーカーであるシャープもがこのような対応を取っている現状を見れば、携帯電話会社が一律に圧力をかけているとは言い難いでしょう。であればなぜ、メーカーによってこれだけ周波数帯の対応に差が出てくるのかという点が気になりますが、それはコストによるところが大きいと見られています。
メーカーによって異なる、周波数帯への対応
そもそも、手のひらサイズのスマートフォンに、多数の周波数帯に対応するアンテナを搭載するのは非常に大変なことですし、周波数帯に対応してさえいれば快適に通信できるわけでもなく、各社のネットワークで最高品質で通信ができるようにするには、携帯各社での試験を通す必要もあります。それには全て手間とコストがかかるわけで、4社の主要周波数帯に対応することを義務化すればメーカー側の負担が増え、端末価格が上がってしまうなど、消費者にもデメリットをもたらしかねません。
ただ、4月25日に実施された同WGの第29回会合で、総務省が提示した資料によりますと、例えばソニー「Xperia」シリーズ最新フラグシップモデルの価格は、周波数帯に制約のある携帯各社向けモデルより、全ての主要周波数帯に対応するSIMフリー(オープン市場向け)モデルの方が安いとの結果が出ています。それを見て、「多くの周波数帯に対応した方がむしろ割安なのでは」という声も挙がっているようですが、そこで考慮が必要なのが携帯電話会社のビジネスモデルです。
というのも携帯各社は、長期間の分割払いで購入してもらい、途中で返却してもらうことで残債の支払いを免除、あるいは割安にする「端末購入プログラム」の利用を前提にして、端末価格を設定することが多く、一括払いでは利益が多めに上乗せされるため割高なのですが、端末購入プログラムで途中で返却すると割安な設定になっているのです。
実際、携帯各社が販売するiPhoneの一括購入時の価格は、Apple StoreでSIMフリーモデルを購入するよりも割高に設定されていることが多く、「一括で買うならキャリアよりApple Storeで買った方が割安」というのは以前から言われていたこと。販売価格の比較だけでは、コストの違いを見極められないのです。
また周波数帯対応へのコスト感は、メーカーによってもかなり違いがあると考えられます。例えばアップルの場合、高額で少数のモデルを世界各国に展開するというビジネスモデルを取っているため、最初から多数の周波数帯に対応した設計をした方が、逆にコストを抑えられるのです。
同様に世界的に高いシェアを持つメーカーであれば、海外で広く販売しており、なおかつ国内各社の主要周波数帯に対応する端末をそのまま投入すれば問題は解決できるでしょうし、実際に、オープン市場で販売されている海外メーカー製端末にはそうしたものも多くあります。ただその場合、FeliCaに対応しないなど日本向けのローカライズも省略されてしまうため、かえって使い勝手が悪くなる部分もあり得ることを、消費者も覚悟しておく必要があるでしょう。
一方で、世界的シェアが小さい国内メーカーの場合は、そうした策が取れないので、周波数帯対応を増やせば純粋にコスト負担が増え、端末を低価格で提供できなくなり競争上不利になってしまうでしょう。総務省が4社の主要周波数帯対応を義務化するとなれば、真っ先に追い詰められるのは国内メーカーになる可能性が高く、日本政府が日本企業を苦しめるという事態を招きかねないのです。
バンド問題の現実的な解決策とは
そうしたメーカー側、消費者側にかかる負担を考慮するならば、この問題の現実的な解決策としては、どの端末が携帯4社の主要周波数帯に対応しているかを分かりやすく示すことではないかと考えられます。実際に、先の「競争ルールの検証に関するWG」第29回会合では、MVNOの業界団体であるテレコムサービス協会MVNO委員会から、主要周波数帯に対応した端末を識別しやすくするマークを発行するという案が示されていました。
そしてもう1つ、バンド問題に関しては、メーカー側がある周波数帯に対応するのか、しないのかという説明に消極的な姿勢を取っていることも、携帯各社に対する消費者や行政などの不信感を呼び、問題の複雑化を招く要因になっていると筆者は感じています。
同WGの第29回会合では、メーカーへのヒアリングも実施され、メーカー側の具体的な声を聞けることを期待していたのですが、残念ながらその部分は経営上の秘密等の問題もあって非公開とされてしまいました。
それだけに、携帯電話会社側が周波数帯への対応をメーカー側に委ねているというのであれば、一層メーカー側がバンド問題に対して積極的な説明をしていくことが求められるでしょう。
総務省が、4社の周波数対応を義務化するなど強硬措置に走るのを避けるためには、メーカー側の努力も必要になるでしょう。