【連載】佐野正弘のITインサイト 第23回
円安だけではないiPhoneの高額化、消えた「ハイエンドモデル値引き」の功罪
日本時間9月8日に発表され、16日には早くも販売がスタートするアップルの新スマートフォン「iPhone 14」シリーズ。さまざまな側面から注目を集めたiPhone 14シリーズだが、中でも大きな注目を集めたのがその価格であろう。
今年に入って急速に進んだ円安・ドル高の影響を受け、7月には既存のiPhoneの大幅な値上げを実施。落胆の声が多く聞かれただけに、iPhone 14シリーズでの価格設定には高い関心が寄せられていた。
価格が注目された「iPhone 14」シリーズ
では実際の価格はどうだったのか。オンラインのApple Storeでの販売価格を確認すると、「iPhone 14」で11万9,800円から、「iPhone 14 Pro」で14万9,800円からとなっている。これを、1つ前の「iPhone 13」シリーズの発売当初の価格と比べた場合、「iPhone 13」が9万8,800円から、「iPhone 13 Pro」が12万2,800円からとなっており、大幅に値段が上がっている。
一連の価格は、1ドル当たり136円程度での計算となっていることから、既に1ドル当たり140円を超えている現在の状況を考慮すれば、そこまで上がらなかったとの見方もあるようだ。だがいずれにせよ、新iPhoneのラインナップ全てが10万円を超えてしまっただけに、元々高額なモデルが多いiPhoneとはいえ、購入しづらいと感じた人は多かったのではないだろうか。
それだけ高額になったiPhone14シリーズだが、上位モデルの「iPhone 14 Pro」シリーズは例年通り予約開始と同時に激しい争奪戦となるなど、人気は相変わらずのようだ。
ただ負担を抑えて購入するため、多くの人は長期間の割賦でiPhoneを購入し、途中で返却することで残債の支払いを不要にする、携帯各社のいわゆる「端末購入プログラム」を利用した人が多いことだろう。
しかも最近では、アップル自身も分割払いで購入してもらうことに力を入れており、後払いサービスの「Paidy」を活用して分割払いでの支払いがしやすくなる「ペイディあと払いプランApple専用」を提供している。さらにiPhone 14の場合、36回の分割払いにすることで、24ヶ月目にiPhoneを下取りに出して新しいiPhoneへと機種変更すれば残額の支払いが不要になる、端末購入プログラムに似た仕組みの「iPhone 36ヶ月分割払いオファー」も利用可能となっている。
ただ、各社が分割払いに力を入れるようになったのは円安以前からのことでもあり、それは政府によるスマートフォンの値引き規制の影響が大きい。携帯電話の通信契約とセットでスマートフォンを販売し、長期契約してもらう代わりにスマートフォンを大幅に値引くという、以前の販売手法を総務省が問題視し、2019年の電気通信事業法改正でセット販売そのものが禁止されて以降、スマートフォンを大幅に値引くことは困難になっている。
もちろん、2021年から見られるようになった、スマートフォン自体の価格を大幅に値引き、それに加えて通信契約に紐づいた値引きを法律上の上限まで適用することによって、「一括1円」など激安に販売する手法は現在でも存在する。
だがこうした値引き手法は、激安であることのアピールが目的なので、その対象となるのは元の値段が安いスマートフォン。iPhoneであれば、低価格の「iPhone SE」などを対象とすることが多く、元の値段が高いハイエンドモデルに適用されることはほとんどない。
それゆえ政府の値引き規制以降、日本では分割払いにしなければ高額なスマートフォンの購入が非常にしづらい状況となっている。当然、それは販売数にも大きな影響を与えており、さまざまな業界関係者に話を聞くと、ここ数年のうちにハイエンドモデルの販売比率は大幅に下がっているとのこと。肌感覚でその販売比率は、1割程度にまで落ちているとの声を聞くことが多く、3万円、最近では2万円台のミドル・ローエンドモデルが売れ筋というのが現状なのだ。
売れないハイエンドモデル、メーカー各社の対応は
それだけに今では、携帯電話会社が売れなくなったハイエンドモデルの販売自体を絞る動きも出てきている。
具体例を挙げると、シャープのハイエンドモデル「AQUOS R」シリーズは、2021年の「AQUOS R6」以降KDDI(au)からの販売がなされていないし、OPPO(オッポ)のハイエンドモデルの「Find」シリーズに至っては、2022年の「OPPO Find X5」シリーズが日本で販売されなかった。
OPPO Find X5シリーズは、独自開発の画像処理チップ「MariSilicon X」を採用し、カメラメーカーのハッセルブラッドと共同で開発したカメラを搭載するなど、OPPOとしても大きな勝負をかけたモデルとなっている。にもかかわらず、それが日本で販売されなかったのは、日本でのブランド力がまだ強いとは言えないOPPOが、ハイエンドモデル販売不調の割を食うかたちで、携帯各社に採用されなかったためではないかと考えられるわけだ。
円安は世界情勢が大きく影響しているだけに、長く続く可能性もあれば短期間で急速に収束する可能性もある。ただ政府の値引き規制は、法律で決められたものなので今後大きく変わることはない。それゆえ、円安が収束したとしても端末価格が従来水準に戻りはするだろうが、ハイエンドモデルの販売が回復することはまず期待できないだろう。
取り残される日本のモバイル通信技術
そのことで懸念されるのが、日本がモバイル通信の進化に取り残される可能性である。なぜなら、モバイル通信の新しい技術が投入されるのはハイエンドモデルからであり、その販売が振るわなければ新技術、ひいてはそれを活用したサービスの普及も進まなくなるからだ。
実際にそのことを示したのが、日本で5Gのサービスがスタートした2020年である。当時は、まだ5Gは対応する端末が少なかったのに加え、その多くがハイエンドモデルで値段も10万円以上するものが大半を占めていたのだが、それにもかかわらず、サービス開始したのがちょうど政府の値引き規制がなされた直後だったため、高額な5G端末の販売が振るわず普及が思うように進まなかったのだ。
その後、チップベンダーやメーカー各社の努力によって、安価な5G対応スマートフォンが増え、そうした状況は急速に改善されたのだが、それは日本が海外の多くの国に1年近く遅れて5Gのサービスを開始したからこそでもある。もしも、海外と同様に2019年から5Gのサービスを開始し、なおかつ端末の値引き規制がなされていたならば、5Gの普及遅れはより深刻なものとなっていた可能性が高い。
そうしたことを考えると、新技術を提供する際には値引き規制を一時的に緩和するなど、値引き規制はより柔軟な運用がなされてもいいように思える。だが総務省は、先の電気通信事業法改正の際にも、スマートフォンの値引きを「今後2年を目途に根絶することを目指す」とするなど、値引きを阻止したい思いがあまりに強く、対応が硬直化してしまっているのが現状だ。
かつて日本の携帯電話市場は、ハイエンド端末が大幅値引きで頻繁に買い替えやすかったからこそ、新しい通信方式がいち早く普及し、先進的なサービスを生み利活用が進む土壌となっていた。
そうした端末値引きのプラスの側面が、行政の措置で完全に失われてしまった今、ただでさえ世界的に決して存在感があるとは言えない、日本の携帯電話産業の成長の源が完全に失われてしまうことを、筆者は大いに懸念している。