【連載】山本敦の発見!TECH最前線 第15回

天文初心者にも楽しんでほしい。Unistellar CEOが語るAR双眼鏡「ENVISION」誕生秘話

山本 敦

フランスのスタートアップ、Unistellar(ユニステラ)が、AR表示を重ね合わせながら天体観測などが楽しめるスマート双眼鏡「ENVISION(エンビジョン)」の正式発売に向けた最終段階に入った。

7月末に東京で開催されたENVISIONのプレス体験会に合わせて来日した、ユニステラの共同創業者兼CEOのロラン・マルフィシ氏に単独インタビューの機会をいただき、独自性豊かなENVISIONが生まれた背景を聞いた。

インタビューに応えてくれたUnistellarの共同創業者兼CEO、ロラン・マルフィシ氏

銀河まで見渡せるスマート望遠鏡を作るため、4人の天文好きが立ち上がった

ユニステラは、2015年6月にフランス南部の都市マルセイユに設立されたスタートアップだ。マルフィシ氏のほか、当初の共同創業者であるアルノー・マルヴァシュ氏、アントナン・ボロ氏らが少年時代に抱いた、星空への素朴な憧れが起業の原動力になった。

「私たちはそれぞれが小さな望遠鏡を持っていました。月や月面の山、土星の環を見たり、木星の衛星を発見したり、天体観測から様々な驚きと感動を味わいました。一方で、その時に所有していた望遠鏡の商品箱には色鮮やかな星雲や銀河の写真が載っていたのですが、実際に望遠鏡ではそれらをほとんど見ることができなかったことが悔しくて、この経験をバネにしてユニステラを起ち上げました」

ある夜、創業メンバーが集まり星空を観測していた際、その一人が「人間の目がデジタルセンサーのように数秒間光を蓄積できれば、銀河まで見渡せるのではないか」とアイデアを口にした。人間の目にその機能を直接追加することは不可能である。そこで、高感度センサーを望遠鏡に搭載し、網膜に光が届く前にデータを蓄積・画像化する発想が生まれた。さらにスマートフォンと連携させ、天体の自動認識や観測の簡略化を目指しながらアイデアをより具体に突き詰めた。

従来の天体望遠鏡は、目的の天体を探し出すまでに多くの時間を要する。しかし、忙しい現代人が一晩を費やして星を探すのは現実的ではない。そこで、デジタル技術を用いて現在地の星の配置やデバイスの向きを自動検出・調整し、目的の天体を迅速にとらえる「インテリジェントな望遠鏡」というコンセプトが確立された。こうして誕生したユニステラ初のプロダクトが、スマート望遠鏡「eVscope」だ。

UnistellarのYouTube公式チャンネルに公開されているスマート望遠鏡「eVscope 2」「Equinox 2」のイントロダクション

eVscopeには「自律型フィールド検出(Autonomous Field Detection/AFD)」という独自技術が搭載されている。本体に内蔵する高感度センサーによって望遠鏡が星を認識し、機体が空のどちらを向いているかを判定する。スマートフォンとインターネットに接続して楽しむコネクテッドな望遠鏡だ。

ユニステラの創業メンバーは、産業エンジニアのマルフィシ氏、画像処理エンジニアのアルノー・マルヴァシュ氏、光学科学者のアントナン・ボロ氏の3人だ。後にSETI研究所の天文学者フランク・マルキス氏が加わった。異なる専門性を持つ4人の中で、マルフィシ氏は技術を生活者の視点から魅力的な体験へと落とし込み、ユニステラのビジネスを発展させてきた人物だ。

筆者は今回初めてマルフィシ氏にインタビューできる機会を得たが、ENVISIONの操作方法やユニークな機能について質問すると、マルフィシ氏は目を輝かせながら詳しく説明してくれた。

4人の創業者たちは2017年のクラウドファンディングの成功を足がかりに、本格的な起業への一歩を踏み出した。NASAやSETI研究所との連携も実現し、ユーザーが取得したデータを太陽系外惑星、小惑星、彗星などの研究に役立てる観測コミュニティに発展させた。

現在、ユニステラは世界に2万5,000人以上のユーザーを抱え、ニコンとも光学設計や部品供給などでパートナーシップを結んでいる。スマート望遠鏡のプロダクトでは2018年と2022年に、そしてENVISIONは2025年にCESイノベーションアワードを受賞した。

ENVISIONは「肉眼で見える星空をARで読み解く」

スマート望遠鏡「ODYSSEY(オデッセイ)」は、現在のユニステラを代表するプロダクトだ。高感度のデジタルセンサーで微弱な光を集めて画像処理を施すことにより、肉眼では捉えることが難しい星雲や銀河の色と形を写真に浮かび上がらせる。モバイルアプリから天体を選べば、自動でその位置を追尾する。そしてアプリから撮影した画像も共有できる。

新製品のENVISIONは、このODYSSEYとは天体を捉える仕組みがまったく異なっている。ODYSSEYは天体をカメラで撮影して、デジタルデータを視聴して楽しむ用途を主としているが、ENVISIONは10倍の光学双眼鏡を通した現実のオブジェクトを肉眼視する。光学設計はポロプリズム方式だ。

世界初のAR表示に対応するスマート双眼鏡「ENVISION」

ENVISIONは単色赤色表示で、解像度は960×960ピクセルの透過有機ELマイクロディスプレイを右目の鏡筒内に配置している。光学像と重なるように表示されるARの画像情報は、右側の接眼レンズに至る光路に投影され、ガラスレンズを通る実視界の光と合成される仕組みだ。

ディスプレイモジュール自体は右目側だけに搭載しているが、両眼視の仕組みによって脳内で左目の映像と統合された自然な形のAR情報が認識できる。AR表示はオン・オフを切り替えることができ、必要な時に星図や進むべき方向をナビゲートしてくれる。

ENVISIONのアイデアは、マルフィシ氏が双眼鏡で夜空を眺めるたびに感じていた「不便さ」から生まれたという。

「双眼鏡でゆっくりと夜空を眺めていると、無数の星に圧倒されるだけでなく、一つひとつの星には色の違があることに気が付いたり、様々な発見が得られます。目が慣れてくれば、星雲や銀河の形も見えてきます。ところが双眼鏡の倍率を上げるほどに、視野は狭くなります。その結果、眺めていた星の位置を見失うことも珍しくありません。天体観察に慣れている方々でさえ夜空の中で迷ってしまうのです」

ENVISIONは2024年に試作段階で公開され、クラウドファンディングのKickstarterでは世界の約3,600人から約269万ドル(当時の為替レートで約4.2億円)を集めた。

本体のトップにAR表示のオン・オフを切り替えられるボタンなどが搭載されている

センシングと人間の視覚認識を組み合わせる「ハイブリッド方式」とは

ENVISIONを開発する際にぶつかった最大の難所は、肉眼視する星空の光学像とAR情報を正確に重ねることだった。

スマホやARスマートグラスの多くは、カメラが捉えた周囲の特徴点を追跡し、IMU(機器の正確な向きや動きを計測するセンサー)の情報と組み合わせることで表示位置のずれを補正している。

しかし夜空には、地上の風景のような明瞭な特徴点が少なく、一般的な小型カメラでは星をリアルタイムに、かつ安定して捉えることは難しい。加えて10倍の光学系では、わずかな角度の誤差や処理の遅れもAR表示の目立ったずれとして認識される。ハンドヘルドタイプの双眼鏡では手ぶれも発生してしまうため、これを素速く高精度に抑えることもまた困難だ。

そこでユニステラはカメラを使わず、ENVISIONペアリングされているスマホのGPSと、双眼鏡に搭載したIMUセンサーから集まる情報を統合して正確な向きを割り出す手段を採った。

専用のモバイルアプリをペアリングして本体設定などを行う

ところが地球の磁場は弱く、建物の金属やスマホなどユーザーが身に着けるデバイスの磁石にも乱される。「完全な自動補正機能」にこだわるほど、開発は行き詰まる。そこで、同社の開発チームは「人間の目と認知能力をシステムの一部として捉える」ことにした。

センサーによるオブジェクトの位置トラッキングと、人間の視覚的な認識を組み合わせる「ハイブリッド方式」のユーザーインターフェースは、ユニステラが特許も取得している機能だ。以下のように操作する。

まずはセンサーが取得した位置情報に基づき、マイクロディスプレイに表示される赤色の三日月のような「方向指示」に従って、サークル形状の照準を光学像の視野に収めるところまで導く。利用者は星の並び、あるいは「カシオペア」「アンドロメダ」のように表示される星座の名前も頼りにしながら、少しずつ目視と双眼鏡本体のハンドリングによりズレを補正しながら、光学像とAR表示を正しく重ね合わせる。

天文観察の初心者にもENVISIONを楽しんでほしい

マルフィシ氏は「天体に詳しい方だけでなく、星空に興味がある方や、週末に少し街を離れて自然の中で過ごす方たちもENVISIONを試してほしい」と呼びかける。

日本でENVISIONを購入できる最初の機会は、ユニステラの直販サイト経由となるが、今年の年末から来年初頭にかけて大手家電量販店にも展開できるように準備が進んでいるようだ。

ENVISIONには、本体のソフトウェアをアップデートすることによって新しい機能を追加できる。当面は認識できる星や星座など天体情報の対応を充実させる方針だが、星空だけでなく、昼間にも山や自然の観光名所などを調べて楽しめる機能を拡充する予定だ。

マルフィシ氏は人工衛星、航空機、船舶などの情報も追加したいと意気込む。さらに本格ローンチから約1年以内を目標に、外部のデベロッパやオーナーがENVISIONで楽しむアプリケーションを開発・追加できるように、SDKやAPIを公開する予定だ。

夜間だけでなく、昼の時間帯にも景色を見ながら山や湖などの情報をAR表示で確認できるDAY VISIONモードを追加する

筆者もマルフィシ氏が持参したENVISIONの実機を体験した。光学双眼鏡が映す本物の景色にARを重ねるというウィットに富んだ発想が、実機を試してみると想像していたよりもずっと楽しくて、のめり込んでしまう。筆者は天文には詳しくないので、ENVISIONで星空を眺めながら、AR情報を頼りに有名な星座の星を見つけることができるだけで気分が高まる。

ひとつ、リクエストしたくなったことがある。本機が搭載するレンズはズーム倍率が10倍に固定されているので、見つけた星を単体で捉えた後に、そこから一歩引いて、星座全体の形状を眺める楽しむスタイルにも対応してほしい。専用モバイルアプリと連携するような形でもいい。星空のキャンパスサイズを変更できる方が、より多くの天体観測のビギナーから興味を引くことができると思う。

独自の着想から生まれたスマート望遠鏡で、ユニステラは多くの人々の探究心に応えてきた。その経験と情熱をENVISIONにもつなぎ、今度はスマート双眼鏡という新たなカテゴリを開拓してもらいたい。

関連キーワード: