【連載】山本敦の発見!TECH最前線 第14回
ソニーの金融企業が「音と振動の没入型チェア」をつくる理由。プロトタイプを体験した
生命保険や損害保険、銀行を主力事業とするソニーフィナンシャルグループが、音楽とハプティクス(触覚提示技術)を組み合わせた異色のサービスを発表した。名称は「NOUS ARE(ノウスアレ)」。約7分のあいだに、心身の状態を意識的に切り替えるためのパフォーマンス・コンディショニングを提供する、内容もユニークなサービスだ。
同社が7月29日に開催した記者会見には、コクヨと共同開発を進める1人用チェア型のプロトタイプが展示され、集まった報道関係者にも体験の機会が設けられた。

金融会社がなぜアクチュエーターやスピーカーを内蔵するハードウェアをつくるのか。その背景をたどると、ソニーフィナンシャルグループが金融の枠を超えて、人々のウェルビーイングに深く踏み込もうとする成長戦略が見えてくる。
7分間で「本番前の状態」にコンディションを整える
NOUS AREのコンセプトは「本番前の状態設計」だ。アスリートやアーティスト、そしてビジネスパーソンがそれぞれの「本番」で持てる実力を発揮できるかどうかは、技術や経験だけでなく、直前の緊張や高揚、集中の度合いにも左右される。従来のコンディショニングは本人の経験則や、個人的なルーティンに委ねられる面が大きかった。NOUS AREは、ソニーが持つテクノロジーにより、ユーザーの状態設計を支援する。
ソニーが長年研究してきたハプティクス技術と音楽を組み合わせ、頭の中の雑念やプレッシャーから、いったん距離を置く体験をつくり出すというアプローチをNOUS AREは採用する。
ユーザーは気分や活力を高める「RISE」、緊張を鎮める「COOL」、および両者を交互に聞く「FLOW」という3つのモードから1つを選び、チェアに深く腰掛けながら7分間に楽曲を再生する。チェアには体験空間に合わせた専用スピーカーのほか、座面や背面、手元に抱えるクッションなどにアクチュエーター(振動素子)を搭載する。音楽に合わせてアクチュエーターが心地よい振動を生み出す。楽曲に合わせて振動を緻密に制御し、耳で聴く音を身体でも感じさせる仕組みだ。クッションには心拍センサーも組み込まれ、体験後の心拍の状態と、これを指標化した「スコア」が確認できる。

単純に「リラックスする」ためではなく、ユーザーが選んだモードに合わせて自身のコンディションを整えるためにNOUS AREを活用するイメージだ。
開発には、音楽と身体性を研究する東京大学大学院情報理工学系研究科の大黒達也准教授も技術指導として参加した。音と同期する触覚からの刺激により「まるで身体が楽器になったような一体感や、ライブ会場にいるような没入感を生み出すことを目指した」と、NOUS AREのプロジェクトを率いるソニーフィナンシャルグループ(株)の赤羽祐哉氏は語る。

ソニーのテクノロジーと金融サービスによる連携を広げる
ソニーフィナンシャルグループはソニー生命、ソニー損保、ソニー銀行を中核に、介護やベンチャーキャピタルなども展開する金融グループだ。2025年9月にはソニーグループからのパーシャルスピンオフにより東京証券取引所プライム市場へ上場し、経営の独立性を高めた。
一方で、ソニーグループとの関係を完全に断ったわけではない。記者会見に登壇したソニーフィナンシャルグループの執行役員 成長戦略室 デジタル戦略室担当の長潟嘉一氏は「むしろ独立した金融グループとして成長するうえで、ソニーが持つテクノロジーやクリエイティビティを事業の各所に活かすことに力を入れていきたい」と、意気込みを語る。

同社は「感動できる人生を、いっしょに。」というコーポレートビジョンを掲げている。経済的な健全性を表す「資産寿命」、生きる土台となる「健康寿命」に加え、自分らしく感動しながら生きる時間を「感動寿命」と定義する。
人生100年時代に顧客へ長く寄り添うには、事故や病気、資産形成に備える従来型の金融サービスだけでなく、様々な形でウェルビーイングを提供できることが、金融サービスを展開する企業の存在価値にもなる。NOUS AREは、金融の外側にある日常的な体験から、健康寿命や感動寿命を支える同社の新しい試みに位置付けられる。
ソニー独自の「音楽と連動するハプティクス」
NOUS AREのプロジェクト責任者を務める赤羽氏は、ソニー(株)のクリエイティブ・インキュベーション部門に在籍していた当時に、新規事業としてNOUS AREを立案した。当初はボトムアップの小さな活動だったプロジェクトが、やがて技術者や研究者を巻き込みながら「音楽と連動するハプティクス」の研究開発に発展していったという。

今年の4月には赤羽氏がソニーフィナンシャルグループに移り、プロジェクトも同社の側に引き継がれた。今回の記者発表会では、文具やオフィス家具を展開するコクヨと共同開発する、チェア型のプロトタイプも披露したが、NOUS AREはハードウェアそのものを販売することだけを目指していない。
アクチュエーターやスピーカーなどのコンポーネントと、ソフトウェア、体験のデザインをパッケージにして、様々な企業とのコラボレーションにより、NOUS AREのコンセプトである「本番前の状態設計」を広く展開することにも挑戦する。同社の長潟氏も「将来的には保険や福利厚生、従業員のメンタルケアなどと組み合わせて、新しい顧客価値をつくる可能性も探りたい」と話す。
つまり、NOUS AREにとってハードウェアは体験を生み出すための入口なのだ。これをソニーフィナンシャルグループが展開する金融サービスの中に組み込み、付加価値として届けるための様々な手法を検証する。展示したプロトタイプについても、まだ商品化の時期や価格の見込みなど、具体的なマイルストーンは定められていない。

プロトタイプを体験。振動はやや強め
以上を踏まえたうえで、同社とコクヨが共同開発するチェア型プロトタイプのインプレッションを報告しておきたい。
プロトタイプは、一人掛けのチェアを背の高いシェルで囲んだカプセルのような未来的なデザインだ。身体をやさしく包み込む座り心地はとてもゆったりとしており、周囲の視線やノイズから切り離される。腰掛けてすぐにリラックスできて、集中力も高まる手応えがあった。

専用のモバイルアプリで動作モードと楽曲を選ぶ。この日は気分を高める「RISE」と、クールダウンできる「COOL」をそれぞれ3分半ずつの楽曲で体験した。印象的だったのは、アクチュエーターの動きが単なる低音の振動ではなく、楽曲のリズムや音色に正確に同期していたことだ。座面、背中、抱えたクッションから異なる刺激が伝わり、全身で音楽を楽しめる。
振動の強弱、音楽のボリュームはアプリから調整できるが、チェアの内部全体が動くためか、振動がやや強めに感じられた。コンディショニングに活用するためには、本機を何度か使って刺激に慣れて、自分に合うモードや強度を探る必要がありそうだ。



NOUS AREのプロトタイプは現在、NPBの横浜DeNAベイスターズと連携して競技現場での活用を検証している。ブルペンと2軍の練習施設を合わせて、計3台が稼働しているそうだが、選手たちの反響も気になるところだ。
NOUS AREが心身の健康維持や能力発揮にどこまで貢献できるのかは、まだ研究開発と実証の途上にある。心拍などの変化が確認できても、それが中長期的なウェルビーイングや仕事の成果へどうつながるのか、より踏み込んだスタディや、ユーザー体験の向上にもつながるインターフェースの練り上げが欠かせないだろう。
赤羽氏によると、今後は心拍やメンタルコンディションの解析をさらに深めるとともに、脳波をはじめとする関連する生体データも取り入れ、より豊かな体験の実現を目指しているという。今後の展開が楽しみだ。
