“言い切らない誠実さ”に驚いた

Apple Watch新機能「準備度」は“常に眠い”日本人に効くのか。開発者が明かした納得の設計

草刈和人

Apple Watchの新機能として登場した「準備度(Readiness)」について、アメリカで開発チームに直接話を聞く機会があった。準備度は、直近の活動量、バイタル(心拍やその変動などの体のサイン)、睡眠という3つの要素をまとめて、0〜10のスコアと4段階の分類で示す新機能だ。

0〜1が「休養」、2〜4が「無理せずに」、5〜7が「準備完了」、8〜10が「絶好調」。Apple Watch上のReadinessアプリと、iPhoneのFitnessアプリの両方で確認できる。なお、準備度は新しいセンサーを前提とした機能で、対応はSeries 12とUltra 4のみ。過去モデルへの提供はない。

準備度は0〜10のスコアと4段階の分類で示す新機能

はたして準備度は、身体的な疲れだけではなく、精神的な疲れは拾えるのか。そして、睡眠時間を削って頑張る傾向にある日本で、数字がどこまで意味を持つのだろうか。今回はApple Watchのスペック進化ではなく、そういった点を中心に伺ってきた。

心拍計測が60倍に。新センサーの中身を聞いてきた

話を聞いたのは、アップル本社(Apple Park)。Apple WatchおよびHealthプロダクトマーケティング担当のCait Dooley氏と、HealthおよびFitness担当ディレクターのCraig Bolton氏の2人だ。

準備度の土台にあるのは、センサー周辺の刷新だ。心電図に使う電極は表面積を広げて肌との接触を改善させ、光を受け取るフォトダイオード(受光部)はリング状に並べ替えて効率よく光を捕まえるようにし、LEDは大型化しつつ省電力化したという。

効いてくるのは計測の頻度だ。バックグラウンドでの心拍数計測は、Series 12で5秒ごとになった。Series 11以前は5分ごと、しかも体が静止していることが条件だったので、単純計算で頻度は60倍になる。

心拍数の計測は従来の5分ごとから5秒ごとに大幅改良されている

HRV(心拍変動。心臓が打つ間隔のわずかなゆらぎで、自律神経の状態を映す指標とされる)の測り方も変わった。従来から使われてきたoverall HRVに加えて、新たに「Recovery HRV」という指標が加わり、安静時なら最短5分ごとに記録される。

アップルは従来モデルと比べて最大24倍の頻度でHRVを測定できるとしている。同社の主張では、2つの方式を同時に測っているのはApple Watchだけだという。

この測定を支えるのが、新しいS11チップだ。CPU/GPU/Neural EngineはA20 Pro譲りの設計で、加えて新しい常時稼働プロセッサを備える。メインの処理装置を起こさずにセンサー処理を回せるので、計測頻度を60倍にしても電池が持つという理屈である。

肌に当たる部分のセンサーが大幅に改善されている

精度についても聞いた。アップルは2026年9月、自社で実施した心拍精度の比較調査を公開している。参加者1460人のうち有効データは1254人分となる。

基準となる胸ベルト型のPolar H10に対し、Garmin、Google、HUAWEI、サムスン、WHOOP、Ouraの各デバイスと比較。159件の比較のうち139件でApple Watchが統計的に有意に高精度で、劣ったのは2件のみだったという。もちろんアップル自身による調査である点は頭に置いておきたい。

スコアを見て人は行動を変えるのか

アップルは準備度のスコアを見た後、ユーザーにどう行動してほしいのだろうか。

Bolton氏の答えはシンプルだ。準備度が示す「準備完了」や「無理せずに」といった直感的な結果は、すでに自分が感じていること(今日は走るのにいい日だ、など)を裏付けてくれる場合もあれば、自分では気づいていなかったこと(夜間のバイタルの異常など)を教えてくれる場合もあるという。

たとえば、「今日のハードなトレーニングは、睡眠が良くなかったし夜間のバイタルも高めだから少し抑えよう」という判断に繋げられる。

身体の状況を数値で可視化することで、行動の判断材料になる

運動以外の日常の判断にも影響するのかと踏み込んで聞くと、Bolton氏は「その通り」と即答した。準備度は「走る人のための機能」ではなく、走らない日の方が多いユーザーにも向けられているようだ。

準備度は睡眠・活動量・バイタルの3要素を評価し、そのすべてが毎日のスコアに積み上がっていく。フィットネスレベルを問わず、マラソンを練習中のアスリートにも、仕事や家庭のストレスを抱える生活者にも価値があるように作っている、とのことだ。

断言しない、開発チームの誠実さ

身体の疲れは分かりやすいが、精神的な疲労は自覚しにくい。しかも日本では、精神的に辛くても我慢してしまう傾向が強そうだ。ワークアウトを一切せず、1日中ストレスの多い会議に出続けただけの日でも、準備度はそれを拾えるのかと尋ねた。

Dooley氏の答えは明快だ。身体と精神は繋がっていて、それはバイタルに表れる。ストレスの多い日に心拍が上がったり、Recovery HRVが下がったりするのは、身体がストレス下で回復力が落ちている状態、あるいは睡眠の質が悪い状態を示していることがあるという。

身体と精神は繋がっており、異常の検知はバイタルアプリに反映される

Bolton氏によると、精神的に追い込まれた状態を、準備度が実際に感知して反映する可能性はあるという。ただし「見ているのは活動量の低下や心拍の変化といった限られた要素であり、ストレスとの関連はあり得るが、確実に検知できると断言はできない。可能性があるというレベルだ」と、はっきり線引して答えた。

ストレス測定に対応するスマートウォッチは少なくない。しかし、Bolton氏は検知できると言い切らなかった。健康に関わる機能で、出来ることと出来ないことの境界を自ら明示する姿勢は、素直に信頼できると感じた。

日本の睡眠不足は考慮されているのか

文化の差も気になるポイントだ。準備度の土台となる心拍と活動の研究「Heart and Movement Study」は、主にアメリカ国内での研究である。睡眠、通勤、労働時間、飲酒の習慣は国によってまるで違う。

Dooley氏は、同研究がアメリカ国内のものであることを認めたうえで、機能開発では世界中の学術文献も参照していると答えた。「これらの機能は世界中の人々のためのものだと認識し、そのように開発している」そうだ。また、睡眠スコアは世界共通の設計で、睡眠時間、規則性、中断についての最新の臨床ガイダンスに基づいているという。

睡眠不足になりがちな日本人を含め、世界中の学術文献を踏まえて機能開発が行われている

日本は先進国の中でも睡眠時間が特に短く、休養や労働への価値観もアメリカとは大きく異なる。そういった場合でも正しいスコアは出せるのだろうか。

結論としては、慢性的な睡眠不足を「あなたの平常運転です」と肯定してしまわない設計になっている。そのために「その人の普段の傾向」と「客観的に見て適切な水準かどうか」の両方を見ている。

まずは本人のベースライン(普段の平均的な状態)に対して評価するが、仮にその人の睡眠が常に少なめでそれが本人のベースラインだったとしても、準備度は絶対値としての睡眠不足もきちんと考慮するそうだ。

準備度は“日本人に意味ある”設計だ

準備度は過去7日間のデータを使うが、出るのは1日単位のスコアだ。しかもアップルによれば、スコアが表示されるには7日間のうち毎晩少なくとも4時間以上の睡眠を、新しいセンサーで夜間バイタルデータとして計測する必要がある。寝るときに外していると、いつまでも「準備度が出ない」となりかねない。

Apple Watchを身につけることでこれまで知らなかった情報が可視化される

取材の最後には、開発者として理想のスコアが出なくて苛立つことはあるのかと、少し意地の悪い質問もしてみた。Bolton氏の答えは開発思想そのもので、事実に基づいた情報を伝えつつ、モチベーションや管理、アドバイスも兼ね備えることだという。準備度でも、ぱっと見て分かるシンプルさを目指しながら、深く知りたければより詳しく見られるようにしているようだ。

競合のスマートウォッチにも似た機能はある。GoogleのPixel Watchには「エナジースコア」、SamsungのGalaxy Watchにも「Energy Score」がある。OuraやWHOOPも同種の指標を先に育ててきた。だから準備度は、カテゴリーとしては後発だ。

それでもアップルの準備度が面白いと感じたのは、機能そのものより開発チームの構え方だった。ストレスを検知できると言い切らず「可能性がある」と線を引いたこと、そしてベースラインだけでなく絶対値としての睡眠不足も見ると明言したこと。この2つは、慢性的に寝不足な日本の生活者にとって、実はかなり意味のある設計判断だと思う。

この機能が教えてくれるのは、行動を強制することではなく、自分の体に目を向けるきっかけをくれることなのだと思う。今後、準備度によって自分自身の生活がどう変わっていくのか、今から少し楽しみになっている。

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