まだ双方の主張に食い違いもあり、解決には時間を要するかも

OpenAI、約1.5億円が懸かる数学の難問を解決と発表。別の研究者から物言い「独自の解法を利用された」可能性を主張

Munenori Taniguchi

Image:OpenAI

9月8日、OpenAIは数学における長年の難問のひとつであるナビエ・ストークス問題に未発表のAIモデルを用いて取り組み、わずか数日でその解決につながる証明を生成したと発表した。

この問題は2000年に米国のクレイ数学研究所が「ミレニアム懸賞」と題し、数学界における非常に重要かつ難解な7つの問題として発表したのうちのひとつ。問題のひとつひとつにそれぞれ100万ドルの懸賞金がかけられているが、これまでに解決された問題はわずか1問にとどまっている。

ミレニアム懸賞のナビエ・ストークス問題は、わかりやすく言えば流体の流れをモデル化し、気象パターンやかき混ぜられるコーヒーカップの中でクリームがどのように渦を巻くかといった現象を予測するために用いられるナビエ・ストークス方程式に関するもので、この問題の解法が正しいことが確認されれば、数学界にとって非常に大きな成果となる。

ただ、OpenAIが発表をした直後に、ニューヨーク大学の数学者トリスタン・バックマスター氏は、Anthropicの従業員でありつつ個人的な立場でこの問題に関する研究に取り組んでいたレベント・アルポーゲ氏らとともに、これまで約1年にわたり取り組んできた未発表の研究データや解決のための手法をOpenAIが何らかの方法で取得し、それを利用していち早く発表した可能性を示唆する声明を発表した。そしてこれに関して議論が巻き起った。

Image:Tristan Buckmaster/New York University

しかもバックマスター氏は、OpenAIがこの成果を発表する際に、この研究に関する功績を与えるべき人物からアルポーゲ氏を外すよう要求したとも述べ、OpenAIやその主要な研究者が非難されている状況にもなっている。

バックマスター氏はOpenAIの発表の直後に声明を出し、自身とアルポーゲ氏による取り組みが最近の数週間で大きく問題の解決に向けて前進したところで、それまでこの問題についてまったく取り組んでいなかったOpenAIが、突如として今回の成果を発表したと述べ、同氏らの研究成果をOpenAIが不正に取得して利用した可能性があると示唆した。

バックマスター氏はAnthropicの「Claude」や、OpenAIの「Codex」といったいくつかのAIツールを使って、約1年をかけてこの問題に取り組んで来た。そして、ついに解法につながる重要な成果を発見したところだったと述べている。

だが、バックマスター氏らがこの解法に関する論文の発表準備をすすめているさなか、突然バックマスター宛にOpenAIからコンタクトが幾度も入るようになったという。同氏は9月6日にはじめて電話に応じたが、その際にOpenAIの研究者数名と交わした会話から、OpenAIが未発表のAIモデルの一つを使ってナビエ・ストークス問題を解いたと主張しようとしていることを知ったとのことだ。

しかもその解法は、バックマスター氏とアルポーゲ氏が用いたものと全く同じアプローチによるものだったという。

またバックマスター氏は、電話のやりとりの中で、OpenAIのチームがナビエ・ストークス問題の解決策に取り組み始めたのは、「Anthropicがその問題の解決策を発表しようとしている」という噂を知った、9月1日のことだったと述べたのを聞き逃さなかった。

それは、その電話の日からほんの1週間ほど前のことであり、OpenAIはそこから研究者をかき集め、さらに同社は1000体以上のエージェントに50時間以上にわたりこの問題に取り組ませ、最終的には1万体ものエージェントを投入して、その過程で解決策を見出したと述べている。

さらに重要なポイントとして、バックマスター氏はOpenAIが、当初取り組んだ方法は異なるアプローチだったが、その後AIがバックマスター氏とアルポーゲ氏と同じ手法を持ち出して計算を行い、今回の発表となる成果を得たと聞いた。

バックマスター氏は、OpenAIが最終的に、同氏とアルポーゲ氏が突き詰めていたのと同じアプローチを採用したという点に、強い疑念を抱いたという。

同氏は、OpenAIの研究者に対して同氏が使用していたCodexでのセッション内容を同社のモデルに学習させたのか、あるいはそのセッション履歴にアクセスしたのかと尋ねた。すると、相手の研究者は、AIモデルはユーザーデータにはアクセスしていないと回答したと返答した。そこで今度は、AIモデルにどんな学習をさせたのかと改めて尋ねたが、その場では回答はなかったとのことだ。

7月、マイクロソフトのサティア・ナデラCEOは自身のXアカウントに投稿した記事で、AIサービスの利用者がAIモデルの使用料に加えて「利用者が独自の知識」までAIサービス提供者に明け渡さなければならない状況を警告した。これは、OpenAIやAnthropicといった最先端AI企業が、顧客のプロンプトやデータを学習に再利用し、それをもとに競合製品を開発していることを意味する発言とも受け取れる。

また、AIツール企業Palantirのアレックス・カープCEOは、CNBCのインタビューでOpenAIやAnthropicが顧客データは安全に保護され、モデルの学習にも使用されていないと主張していることに疑念を示し、「彼ら(最先端のAI企業)が自らのアルファ(競争優位性)を構築するために、なぜ顧客がデータへのアクセス権を渡さなければならないのか」、企業はAIモデルメーカーと提携するために自社の知的財産を手羽はすことを強いられるべきではないと主張した。

しかし当然ながら、OpenAIの研究者で今回の研究を担当したセバスチャン・ブベック氏は、OpenAIのモデルがバックマスター氏とアルポーゲ氏のCodex使用履歴といったデータにアクセスしたのではという質問について否定した。ブベック氏の主張では、「彼らのプロンプトや証明した内容を使用することはなかった」「研究者であれエージェントであれ、彼らの成果物が一般公開されるまで、われわれがそれらを目にすることはなかった」とされる

なお、OpenAIはユーザーの Codexのやり取りに基づいてモデルを訓練する権利を留保している 。しかし、ユーザーに対してこれをオプトアウトできることも示している。

一方バックマスター氏は、今回の発表前にブベック氏から2つの提案を受けたと述べている。

それは、「まずバックマスター氏とアルポーゲ氏がナビエ・ストークス方程式の部分的な解法に関する論文を発表し、その翌日にOpenAIが『同社のAIモデルがナビエ・ストークス方程式の完全な解法を見つけた』と発表、その発表のなかで、バックマスター氏とアルポーゲ氏が『この問題の解法に最も近づいた人間』として、ミレニアム賞受賞に値すると言及する」という案だった。

もうひとつの提案は、バックマスター氏が単独で論文を発表して賞を受け取る際、OpenAIの未発表モデルもその難問を解決したと公に認めること、そして(OpenAIのライバルであるAnthropicに所属する)アルポーゲ氏の名前を論文から削除するよう要求するものだったという。

バックマスター氏はその要求を拒否し、この件を公にすると主張したところ、ブベック氏がバックマスター氏に対して、「自分のキャリアを台無ししたいのか」「私からの親切を拒むなら、こっちももはやそう振る舞う必要はない」と、脅迫とも取れる発言をしたと述べた。

その後ブベック氏はXに自身の見解を投稿した。同氏は「現在、ソーシャルメディア上で私に対する一連の虚偽かつ扇動的な主張が流布している。はっきりさせておくと、私は学術的な規範に従ってこの議論に臨んだのであり、事態がこのような展開になったことを残念に思う。私を知る人なら誰でも、私が学術的な基準を何よりも重視していることを理解しているはずだ。詳細については後日改めて話したい」。とした。

そして同氏は、翌日の記者向けのブリーフィングで「レヴェント・アルポゲ氏とトリスタン・バックマスター氏による『アンフォースド・オイラー』に関する研究の重要性を我々が認識していること、そして彼らが成し遂げたこの画期的な成果に対して心からの祝意を表していることを、極めて明確にしておきたい。はっきり言っておくが、我々は彼らのプロンプトや証明を、当社のモデルへの入力やエージェントの指示に使用したことはない」と述べた。つまり、OpenAIの研究成果は、バックマスター氏らの成果とは異なるものだと主張した。

またOpenAIの数学者であるヴェン・チャンドラセカラン氏も両氏の解決策はOpenAIのモデルが生み出したものとは本質的に大きく異なると強調した。

数学界で最も重要な未解決問題のひとつを解決したという功績を誰が得るのかも気になるところだが、この問題で気になるもうひとつの点は、記事中でも触れたナデラCEOらの発言だ。本当に最先端のAI企業らが、ユーザーのAI使用履歴やその出力結果まで自社のモデルの改善や学習に利用し、それが結果として他の利用者の研究に影響する可能性があるとすれば、企業はうかつに機密に関する情報をAI企業のサービスで使用できなくなる。

今回の騒動は両者の意見に食い違いもみられるなど、すぐに収まりそうな気配はない。ただ将来的に、同様の問題が発生することは誰も望まないはずであり、今後の検証や事態の推移を見守りたいところだ。

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